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前を見ると、明らかに俺たちを待っている人が居た。
往来に立ちキョロキョロと周りを見渡す。
手を胸の前に組み、期待とか不安とかそういうのがごちゃ混ぜになってそうな女性ナンバーワンの称号をあげたくなるくらいだ。
その女性がこちらを見、少しの間をおいてこちらに駆け出した。
リロも馬車から飛び降りて駆け出す。
二人は往来の真ん中で抱き合った。
これで大円団、と思いきや女性がリロを引き剥がすように離れた。そしてスカートや前髪を直す。
もしかしてリロが帰って来たと聞いて慌てて一番良い服に着替えたりしたのかもしれない。
まあ、あれがリロ氏の奥さんだろう。
見ていると、きっとリロ氏がお前は相変わらずキレイだなとか、待たせたけど今でもお前を愛しているぜとか言ったのだろう。
改めて二人は抱き合い熱いベーゼを交わした。
いやあ、良いものを見た。
セイレーン号に戻ったら皆に話して聞かせたいリロ氏の人生のハッピーエンドだった。
そして、ああいうシーンでは駆け出すべき。
そう心のメモに書き記した。
俺なんか気が利かないから馬車に乗ったままぼうっと待ってしまいそうだ。
二人がこちらに歩いてきたので、これはちゃんと挨拶したほうが良い流れかなと馬車を降りる。
御者台の横まで来てリルケを見れば、滂沱の涙を流していた。
号泣と言って良い。
奥さんはリルケにここまで連れてきてくれてありがとうと言い抱き合い、俺にもわたしの旦那を連れてきてくれてありがとうと抱きしめてくれた。
キレイな人だった。
ではこの後は夫婦水入らず、と宿を探しに行くむねを申し出ると三者から止められた。
リロと奥さんはうちに泊まっていけと、リルケ氏は親子三人で過ごすべきだからうちに泊まれと。
詳しくリロに聞くとカイエンには基本、宿がなく、予約すれば教会に泊まれるが一般大衆が泊まるところではない。それに客人を招くのはカイエン人にとって生涯の誉れなので泊まっていってくれとのこと。
俺もリロに今日くらいはせめて親子水入らずで過ごして欲しいのでリルケ氏と相談して今日はリルケの家に、明日はリロの家に泊まるということになった。
御者台に登るとリロがリルケ氏に、こいつはこう見えてバルゲリス長官の密命を受けた兵士で長官の懐刀だと告げた。
するとリルケ氏の俺への目が変わった。
重要人物を家に匿うことが嬉しいのかもしれない。
リルケ家に着くと、おじいちゃんおばあちゃん奥さん子供たちに紹介され、晩飯には俺のために鶏を潰して振る舞ってくれた。
おばあちゃんと奥さんが作ってくれたクリームをたっぷり使ったシチュー。
めっちゃ美味かった。
やはりカロリーは正義。
◇
翌朝にはリルケの畑、家畜、昨日の晩ごはんの鶏のお父さんとお母さんも紹介してくれた。
馬車に乗って出掛けると街の案内。
イリス湖、イリス教会、それらが一番美しく見えるポイントなど。
それらが終わってやっとリロ氏の家に連れて行ってくれた。
リロ家に着くと奥さんがケーキを焼いて待っていてくれた。
ブルーベリージャムを挟み込みホイップクリームをたっぷり塗られた豪勢なケーキである。
この世界に来てから初めてのガチのスイーツである。
ケーキを堪能していると昨日のうちにリロ氏が基地に連絡を入れてくれていたのだろう、バルゲリス長官が訪ねてきた。
長官もケーキにお呼ばれする。
リロは緊張でガチガチになっている。
船ではあまり接点がなかったのかな。
長官はまず奥さんに感謝の言葉を述べた。
「長いこと家長を連絡も取れぬ海に連れ出して申し訳なかった。お陰で念願だった東側航路を確立することができ、東方統括部長官にまで押し上げられた。深く謝罪すると共に深く感謝する」
奥さんは舞い上がってとんでもございませんと手を振る。
そして今度はリロにだ。
「リロ。セイレーン号が危機に瀕した時、お前が必ず不安がる皆を励ましてくれていたと聞いている。心より感謝する。これからは家庭を一番に日々を大切に過ごしてくれ」
リロ氏は涙を堪えて口がきけないようだ。
長官は高級そうな小袋をテーブルに置く。
「これはわたし個人からの礼だ受け取れ」
リロが中身を取り出すとそれはシンプルな懐中時計だった。
「そんな、、、受け取れません!」
「お前の名はもう彫り込んである。北極星を見失わない為のお守り程度に思ってくれ」
「あ、ありがとうございます!」
長官はそのあと奥さんとリロに、もしケーキ屋を営む気があるならまた連絡をするようにと言い置いて帰っていった。
今は雑貨屋だが、これはゆくゆくはケーキ屋だな。
確かに美味い。
俺は抱き合って咽び泣く夫婦を尻目に、勝手にもう二切れケーキを切り分けた。
ひとつは自分に、ひとつは話の分かってなさそうな五歳の息子くんにだ。




