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三日歩いた。
温泉でリフレッシュしたとはいえ、やはり歩くのは辛かった。
特に下り坂は膝にくるのだ。
つま先も靴の中で一歩一歩押されて痛い。
しかし、もう目の前にカイエンの畑が見えている。
ところで道中怖い話を聞いた。
リロ氏にゲートルを巻く意味を聞いた時だ。
「冬にはあんまり居ねえけど、ヒル避けだよ」
「ヒル?」
「そんな靴だとよ、くるぶし辺りが気付けば血まみれよ」
「何それ、怖い!」
「ゲートル巻いて、長ズボン履いてればまあ上まで上がってくる事はめったにない。本当はシャツもズボンに入れて着たほうが良いんだ」
「ひーっ!」
俺は腹に張り付くヒルを想像して震え上がった。
「お前の村、ヒル居なかった?」
「居ませんでした。漁村ですし、木は無いし」
「へー、今更だけどお前、海育ちか。泳げんの?」
「泳げますよ」
「海で?」
「海で。セイレーン号から釣りのボートまで泳いで渡りましたよ」
「え、外海だろ? 絶対無理!」
「泳げないんですか?」
「泳げるよ。カイエン育ち舐めんな」
「??」
「底まで見える透明な海ならまだしも。だってお前、海には人を食う化け物や毒のある生き物がうじゃうじゃいるんだぜ?」
「うじゃうじゃは居ませんよ」
「それに砂浜を裸足で歩くと寄生虫に侵されるって言うじゃねえか」
「そんなの居ませんて」
そういえば波打ち際にいると小さな虫か何かがたかってきてちょっとかゆかったけど気にした事はない。
しかし、この世界人々は海に忌避感を持つひとが多いって確かパラディーノ医師が言ってたけど結構根が深いな。
まあ、海育ちと山育ちは分かり合えないってことか。
そんなやりとりがあってカイエンの畑には入ったけど、ここから市街まではもう一日掛かるだろう。
日はまだ高かったが、俺たちはここで野営することに決めた。
温泉以降、俺たちはあんまり頑張れないのだ。
◇
寒い。
盆地は冷えるって言うけどこんなに寒いの?
目を開ける。
東の空はやや明るいが起きるにはまだ早い。
寒い。
寝てられないので身体を起こして毛布を身体に巻き付ける。
寒い。
ちょっと火でもおこすか。
幸い、地面が湿ってた時のために拾った小枝がある。もう使う事はないだろう。
小枝を積んでキャンドルで火を点ける。
別に暖かくねえな。
煙いだけだ。
リロ氏が起きた。
「火い焚いてんのか」
「はい、寒くて」
「熱の反射板とか立てて狭い所で焚かねえと意味ねえぞ、、、ゴホゴホ」
「あ、煙が。すみませんもう消します」
俺は水袋の水をかけて火を消した。
蒸気は暖かかった。
うん? 遠くから怒鳴り声がする。
見ると街の方から馬が走ってくるのが見えた。
「コラー! 俺の畑で何やってんだ!」
火を点けたのが不味かったらしい。
俺たちは起き上がって毛布をリュックにしまって片付けた。
追い立てられても直ぐ移動できるようにだ。
「おい、お前ら俺の畑で何やってんだ!」
「お前の畑じゃねえ。ここは道だ」
「はあ?! てかお前リロじゃねえか!」
「おう。帰ったぜ」
「何年ぶりだよ。久しぶりだな!」
「四年だよ」
「そうか、四年か。そっちは連れか?」
「ああ、客人だ」
「そうか。それじゃこうしちゃおれんな」
男は馬から降りる事なく戻っていった。
「行っちゃいましたね」
「ああ、皆に知らせてるんだろ。で、多分あいつは馬車で迎えに来るだろう」
堅パンだけの朝食を摂り、歩き出すと馬車がやってくるのが見えた。
さっきの男だ。
名前をリルケというらしい。
俺たちは端に寄って道を譲る。
リルケは俺たちを通り越すと、何も植っていない畑に突っ込んで大回りにUターンした。
そうか、馬車って初めて見たけどUターンの半径がすげえデカいんだ。
そりゃそうだよな。馬と車体合わせて7メートルほどあるだろうか。
リムジンかよ。
「乗れよ。送ってくぜ」
「ありがたい。お前は後ろな?」
そう言ってリロ氏は御者台の隣に座った。
俺は慌てて後ろから荷台に這い上がる。
「よろしくお願いします。オミクロンと言います」
「おう、俺はリルケだ。よろしくな」
馬車の荷台は何もなく真っ平。
幌も何もない。
俺は荷物を肩から降ろして胡座をかいて座った。
田舎のおじさんの軽トラの荷台に乗せてもらった気分だ。
そんな親戚居ないけど。
歩けば一日という距離かなと思ったが、昼には市街に入ることができた。
馬にとっての何ともない軽い速歩くらいのペースでも人の歩行の倍くらいのスピードが出ている。
速い。
馬車の乗り心地?
はっきり言って悪い。
サスペンションもなくクッションもないので、地面からの振動がダイレクトに伝わってくる。
その振動に半日さらされると、そうだな、なんか内臓が疲れる。
しかし歩くのはもうこりごりだったのでそれでも快適ではあった。
カイエンの街はとても興味深い。
全ての道が直角に交わり碁盤の目のように理路整然としている。
土地が限られ、人の出入りが少ないことが関わっているのかもしれない。
土地の増やしようがないから揉めないように分かりやすいように区分けしてるんだろう。
俺はそう推察した。
街に入るとリルケは全ての住人と友達かってくらい止まってリロが帰ってきた後ろに座ってるのは客人だと説明し、説明された側はもちろんリロと俺の顔をしっかり見るので、いちいち挨拶をする羽目になる。
俺の村みたいな五十人程度の規模ならそういうのあるかも知れないけど、カイエンはぱっと見一万人規模の都市なのだ。
そんなんなる?
郷にいれば郷に従え、と受け入れるべきなのかリルケ氏の頭がちょっとアレなのか判断に迷う。
挨拶のとき名乗ったほうが良いの?
頭下げるだけで良い?
誰か教えて欲しい。




