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カイエンへ降りていく道中に温泉があった。
湯治場としての宿もある。
ちょっとした温泉街である。
冬もそろそろ終わろうかというこの時期は寒さにあちこち不調を覚える人も多いのか賑わっていた。
農閑期である冬しか人は来ないとのこと。
「ここで暫く休もうぜ」
「そうしましょう、そうしましょう」
宿を決めると簡易な服をレンタルし、着ていた服を洗濯に出す。靴は陽の当たる場所に干してもらう。
そして湯である。
湯船は地中に埋められた木製。
広い。
源泉はこの地に数ヶ所しかないらしく、宿から温泉までは移動しなければならない。
それでもやはり気持ちいい。
この10日ほどの垢を擦り落とし、湯船に浸かれば極楽である。
疲れがお湯に少しずつ溶け出していく感じがする。
「ああー、、、」
「お前、子供のクセに風呂が好きなのな」
「いやあ、生まれて初めて湯に浸かりましたが最高ですね」
「うん、そこに異論はねえ」
風呂から出れば飯である。
宿で出されたのは、イリス湖で取れた魚の塩焼き、猪肉と根菜のスープ、もっちゃりと炊いた粥。
そこは白米であって欲しかったが文句はない。
なにしろ温かくて湿り気のある飯は十日ぶりなのである。
ああ、このどっしりと腹にくる満足感。
猪の脂も美味かった。
腹が満たされれば後は寝るばかり。
布団はないとの事で、寝台に毛布を敷いて寝る。
靴を脱いで寝て良いって最高!
屋根があって壁があって最高!
寝床が完全な平らって最高!
まだ空は明るいってのに俺たちは深い深い眠りに引き摺り込まれていった。
◇
翌朝、寝台に座ってぼうっとしているとリロ氏が何処からか帰ってきた。
朝湯を決めてきたらしい。
立ち上がると腰がメリメリと音を立てた。
太腿の付け根も痛い。
やはり一晩の風呂と睡眠だけでは完全復活には程遠いか。
「おいオミ、お前路銀に余裕はあるか?」
「藪から棒になんですか? ギャンブルですか?」
「違えよ。なあもう一泊しねえか?」
「、、、いいですねえ」
ここの宿賃は食事を入れて銅貨3枚だから約三千円。
高くはない。
長官から大銅貨数枚を路銀としていただいてるし、魔石を売った稼ぎの残りもある。
懐に余裕はある。
じゃあ俺は酒だ、とリロ氏がまた何処かへ出て行ったので俺は飯にする。
この宿は朝飯は付かないので台所を借りて飯を炊く。
生米持って来てたからな。
途中、重くて何度か捨てようかと思ったけど。
鍋を火にかけて宿から出てみると向かいの商店で野菜を売っている。
直ぐに食えるものはないか聞いたら青菜の漬物ならあるというので買ってきた。
小銅貨一枚だった。
百円。
炊き立ての飯にカブの葉っぱを塩で揉んだだけと思われる漬物。
粗末だが美味かった。
皿に盛り、フォークで食ったので減点1点。
茶碗と箸が欲しい。
その日は後は風呂入って寝て、飯食って風呂入って寝た。
晩飯は昨日と同じ焼き魚と猪の汁。
汁は昨日の温め直しかも。
味が染みてて美味かった。
◇
翌朝、腰も膝もスムーズに動く。
昨日の夜はリロ氏は何処かに行っていたので多分、娼婦の所に行っていたのだろう。
宿がある所に娼婦あり。
また人生を考え直しても知らないぞ。
また飯と青菜を食べて出発だ。
リロ氏が白米を美味いと言っていた。
そうだろう、そうだろう。
洗濯屋から戻って来たサナ服はパリッと清潔になった。靴も完全に乾いている。
あと三日も歩けばカイエンに入るらしい。
、、、、あと三日も歩くの?




