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休憩を終え少し進むと急峻な稜線を渡る道になった。
ナイフエッジとまでは言わないが踏み外せば死ねる気がするので足元をしっかり見ながら渡っていく。
すると突然リロ氏が立ち止まった。
「ほら、見ろよ」
リロ氏が指差す方向を見ると眼下に広大な畑、そして鏡で出来た道のようなジロ河が見えた。
「おお!」
ちょっと感動したが強めの風が吹いて怖くなりしゃがみ込む。
「リロさん、早く渡ってしまいましょう」
「渡っちまったらよく見えねえぞ?」
「充分見ました。感動です。早く行きましょう」
山を行くのは前途多難だ。
昼食を食べ、午後になると霧が立ち込めてきた。
「雲に入ったんだ」
リロ氏が言う。
確かに霧が来ては晴れ、来ては晴れる。
雲ってそんなに低いんだっけ?
いや待てよ、前世の小学校の何年生かに地元の600m程度の低山に遠足で登った時も雲に入って喜んでたよな。
そうか、あれくらいは登って来たんだ。
でもあの時、こんなに辛かったっけ?
違う違う、昨日丸々一日歩いたからスタート時の疲れが違うんだ。
そういえばやはり小学校の頃、親父に誘われて「歩こう会」とかいうバカみたいなイベントに付き合わされたことがある。
10キロ歩こうみたいな、ただ歩くイベントで小学生の脚にはかなり辛かった記憶がある。
前世から俺は歩くのが苦手だったのだな。
違う身体だけど。
取り止めのない記憶の旅に精神を飛ばしているうちにリロ氏が小枝を拾って歩いているのに気がついた。
「焚き木集めですか?」
「いや、お前も見つけたらなるべく真っ直ぐな枝を拾ってくれ」
「長さは?」
「長くても短くても。お前の指より太いのはいらない」
「分かりました」
歩く以外にやることがあるのは気が紛れて良い。
しかし先行するリロ氏に枝は拾われてしまうので俺はあまり集められなかった。
日が傾き、本格的に疲れてきた。
するとリロ氏が立ち止まった。
「今日はもう休もう。面倒だが少し戻ろう」
確かにさっき平らで開けた箇所があったが、戻るのは面倒だ。
「寝るなら平らな方が寝心地が良い。戻るぞ」
嫌そうなのが顔に出てたかな。
俺は頷いた。
戻るとそこは平らだったが地面が湿っていた。
引き返した場所なら乾いてたのに。
するとリロ氏は地面に拾った小枝を敷き詰め始めた。
なるべく密に、重なり合わないように。
「ほれ、お前も敷け。これが寝床になる」
そう言って小枝の半分を渡された。
「オミお前、斜めの床で寝たことあるか?」
「そういえばないですね」
「辛いぞ? 足元に引き摺られるみたいで熟睡できない。逆でも頭に血が登る感じがして辛い。横に斜めだとなんか不安定で眠れない」
そういうもんか。
ありそうだな。
俺もなるべく平らそうな場所に枝を並べ始めた。
しかし、枝ってのは曲がりくねっていて折れ曲がってサイズもバラバラ。
節があったら折り、曲がりが邪魔だったら折る。長すぎても折り、隙間に短いのを入れる。
かなり簡易度の高いパズルだった。
地べたにしゃがみ込んで1時間ほど難解なパズルに取り組みなんとか満足のいくベッドになると毛布を敷いて晩飯となった。
「これをやるのは時間が掛かるから早めに決めなきゃいけないんだ。うかうかしてると斜めでぬかるみみみたいな最低な場所で寝る羽目になる。人数が多いと尚更な」
ああ、土地が少なくて場所が選べない状況もあるのか。
俺なんかどんなパーティでも下っ端だろうからこの枝敷きパズルは得意になっておいた方が良さそうだ。
食事が終わるとリロ氏は徐にスクワットを始めた。
「まだ動けるんですか? 元気ですね」
そう声を掛けるとリロ氏は違う違うと否定した。疲れたからやるんだと。
「歩くのって脚をほとんど曲げないだろ? 本来は楽な運動なんだよ。だから身体としては放っておいて大丈夫と、こう思う」
「ふむ」
「深く曲げるのは負荷の高い運動だから回数は少なくても身体はこれはちゃんとケアしよう、と考える。疲れが取れるし筋肉はムキムキになる」
「なるほど」
確かに、歩くだけでムキムキになるなら、一日中羊を追い歩いている羊飼いの脚はムキムキになる筈だがそうではない。
筋肉系YouTuberの先生もフルストレッチしろと言っていた。
格闘系の友人たちは乱取りでヘロヘロに疲れてから整理体操といって筋トレをさせられると言っていた。
奴らはムキムキだった。
そういうことなのだろう。
俺も立ち上がって一緒にスクワットをした。
意外にもちゃんとやれた。
しかし死ぬほど疲れた。
お茶を忘れてた、とリロ氏がまたフレイムピラーを立てた。
疲れたしお腹も温まったし良く寝れそうだ。




