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船に小麦粉やら精米した米やら積み込んで過ごしていたらバルゲリス長官とロンド船長が戻ってきた。
「オミ、わたしの部屋へ」
「はい!」
ひと月ぶりに会う長官は少しやつれて見えた。
「どちらまで行かれていたんですか?」
「カイエンの基地だ。東方統括司令部がある基地だよ」
「おお、長官の本拠地ですね?」
「ああ、謀られた。二人いる副長官に留守を任せていたんだが、わたしの居ない間に二人とも異動させられていてな。ちょっと面倒なことになった」
「え、弾劾ですか?」
「いや、そこまでじゃない。ネチネチと軍の上層部や有力貴族に告げ口されただけだ」
「ああ、責任者がサボってばかりで現場に居ませんと」
「まあ、そうだ」
「どうするおつもりで」
長官はどっかりと椅子に腰を下ろすとため息を吐いた。
「それだけじゃない。オミ、お前のことも問題になった」
「と言いますと?」
要約するとこうだ。
俺が船に乗った時点で体調を崩している船乗りが数名いたため、この基地で何人かは船を降りると予想していたそうな。
しかしうまい具合に全員復調してしまったため、数合わせの現地徴用という名目で俺を雇う言い訳が立たなくなったと。
確かに一人降りたが、それは長官の知らぬ間のこと。既に基地から補充が来ているらしい。
「もう乗せてしまったと言っても、ならば帰りに下ろせば良いでないかと、こう返されてな」
「ははあ」
「どうする、帰りたいか?」
それって一時帰村とかじゃなくて、長官のお付きとかセイレーン号の船員であることを諦めろって話だよね。
「ええと、婚約者を待たせている身ではあるんですが、まだ早いかと、、、会って事情を説明したいのは山々なんですけども」
「だよな。聞いたぞ、わたしの居ない間にサナ語を習得したらしいな?」
「習得といっても、生活に困らない程度ですよ」
「どうだ、外の世界は面白いだろう?」
長官は心配事を忘れたかのように満面の笑みを浮かべた。
俺はちょっと苦笑い。
「まだほんの少ししか見てませんが、確かにサナは面白かったですね。プロポーズされましたし」
「なんだって!? 、、、ああ、織り子の少女と知り合ったのか。多分それ本気じゃないぞ?」
「どうでしょうか、唇まで奪われてしまいましたが」
「チッ」
舌打ちが聞こえたがまあ仕方ない。
「まあ、そこでだ。カイエンの少し北東にあるポリオリで暫く過ごさないか。わたしの生まれ故郷だ」
「ほう」
「お前はここで捨てたことにして、わたしの故郷で匿う。あそこなら軍と関係ないわたしの手の者たちが多くいる」
「なるほど、了解です。僕はそこで何をして長官を待てば良いですか?」
「これといって特に。客人として優雅に待っておれば良い」
長官は領主の娘。
領主のお貴族さまの世話になって貴族階級の世界を垣間見るのも良い経験になるかも。
「ポリオリまでは自力で?」
「いや、カイエンまでだが付き添いを用意できそうだ。あれだよ、わたしの留守の間に船を降りたリロだ。奴はカイエンに妻と子が暮らしているはずだからな」
「出発はいつ頃になりますか?」
「明後日だ。セイレーン号はロンドにまかせ明後日出航する。それに合わせる」
「長官は?」
「わたしは暫くはカイエンに詰める。まあ、また逃げてくるさ」
「では船の皆に別れを告げ、リロさんに挨拶しておきます。リロさんは基地に?」
「ああ、受付で呼び出せば手配してくれるだろう。ヤツは少尉だ。基地ではそう呼び、敬語を使えよ?」
「わかりました!」
俺はたまに見かける敬礼ってやつをやってみた。




