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翌朝、宴会の後片付けをしなければならないだろうなと想像しながら上がってくると思ったよりも片付いていた。
みんな見かけよりも酔ってなかったのかもしれない。酒は薄かったし。留守番だし。軍だし。
厨房を見ても鍋も油もキレイに片付けられていた。ロッコも流石。プロだな。
いつも通りに粥を炊けば良いのかなと思案しているとロッコも厨房にやって来た。
「おうオミ、今日は米炊かなくていいぞ。基地でパン買ってくる」
「買えるんですか?」
「昨日ウチらのぶんを注文しておいたからな。付き合え」
ロッコと連れ立って基地へと向かう。
衛兵に挨拶をし、受付を通り食堂らしき場所へ。厨房のカウンターでパンとハムとマスタードを受け取った。
パンは四角い食パンが2斤繋がったものを6本。ハムはロースハムを丸々1本。マスタードは小さな樽1個。
船に戻るとパンを切り、ハムを切り、手早くサンドイッチを作っていく。
切って挟むだけとはいえこの量を作るのは正直めんどい。ロッコは鼻歌交じりにこなしているが、やはり流石としか言いようがない。
作業台に並べられるだけ切ったパンを並べ、切ったハムを2枚置きマスタードを塗る。そこにパンを重ねて半分に切り、切断面を上に、紙を敷いたトレーに乗せていく。その繰り返し。
簡単なのだが工程が多くて面倒臭い。
粥は大鍋ひとつの面倒を見ればいいからどうにかなったがサンドイッチは一人分ずつ手がかかる。
独りでは絶対やりたくない。
「あれ、そういえば数少なくないですか?」
「士官クラスは全員基地に泊まってるから。飯も向こうで食う」
「なるほど」
「それより誰も飯食いに来ないな」
「そうですね、もういい時間なんですけど」
「俺はお茶淹れとくから、オミちょっと見て来い」
「はい」
様子を見に甲板に上がると陸の方から話し声が聞こえた。
見下ろすと1人の話を皆が聞くように集まっている。
「あれ、皆さんもうお揃いで? あの、サンドイッチできてますんで、よかったら、、、」
「あ、オミか。うん、じゃあ後は食いながら聞くか?」
「そうしよう」
話を聞くと、1人の中堅兵がこの街の高級娼館に行ってきたらしいとのこと。
それで軍を辞めることにした、と。
どういうこと?
ところで、サンドイッチは作るのは面倒臭かったが後片付けが楽だった。
皿に乗せず勝手に手で持って行かせ、洗い物は紅茶を淹れたデカいポットとコップだけ。
重めの粥がこびりついた皿を洗うのと比べると断然ラクだ。
総合してどちらが楽かジャッジが難しいところだ。
ロッコはサンドイッチ派らしい。
辞める決心をした男の話をキコに聞くと、稀にある例なのだという。
良い娼婦というのは顔が良いとか身体が凄いとかではなくて話が上手く、話を聞くのも上手いとのこと。
コトが終わってつらつらと身の上話をしているうちに過去の失敗や将来の不安などの相談になっていき、そこで的確なアドバイスもらい心に響いてしまうと今回のようなことになるらしい。
「奥さんも子供も居るなら帰ってあげなよ、、、」
「もう4年だ。今更帰っても鬱陶しがられるだろ」
「もしそうなら別れて軍に戻ればいいじゃない」
「しかしそれでは元の部隊には戻れない」
「大丈夫だよ。別の所でも上手くやれるさ。それに軍でなくてもギルドに勤める事だってできるんだろ?」
「まあ、それもそうだな、、、」
そんなやりとりがあったとか。
男に言われたら飲めなくても、女に言われれば飲めなくもない。
そんなアドバイスだってあるよな。
その兵士はバルゲリス長官に会ってもし引き止められたら心が揺らぐと言って基地の上官に除隊申請を提出し、任期の残りをこの基地で雑務をこなして消化することになった。
話したこともない兵の進退について特に思うことはない筈なのだが何となく物寂しいような気持ちになるのは何故だろうか?
リロという名を今知ったその男は少ない荷物を持って船を降りた。
軽く片手を挙げただけ。
別れの言葉も特になかった。
兵士の別れってのは実にドライなんだな。




