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 それから暫く経った。

 毎日の剣術の試合はカッロに相手をしてもらい、パコの相手はキコがしてくれた。

 基本的には近い年齢の相手と行うのが通例らしいがパコが初心者の相手をするのは不適切であることが初回で露呈したからか、試合を仕切る船長や副船長は何も言わなかった。


 カッロはキコに達人と言われていただけに、ハチェットとレイピアだけでなくソードや槍、ナイフなど色々な長さ・間合いの得物を使って俺に対処法を教えてくれた。


 彼が言うには俺はカウンター型だそうで、無理に攻めないことが肝要らしい。


 相手の攻撃を受けて逸らして、相手がヘマをやるまで焦らずにじっくり待ち「その時」が来たらメイスの一撃で相手を戦闘不能にし、引き倒すか固めるかしてナイフで留めを刺す。

 というのを目指すと良いらしい。


 しかし、これには但し書きが付く。

 そうしたカウンター型の戦闘法は1対1でしか通用せず戦場ではやはり先手必勝のガンガン行こうぜ型が有利なのだそうだ。

 なので、ゆくゆくはスタイルを変えなければいけないとの事。


 そうだよな。

 戦国時代のお侍さんは合戦でも名乗りをあげて1対1の戦いをして相手の装備をぶんどり、首を落として持ち帰ってたんだもんな。

 剣道ってそういう精神を引き継いでるのだろう。

 

 ちなみに、1対1で戦うなら薙刀が圧倒的に強いのだとか。

 リーチがある上に両手で扱うため、全ての攻撃が速く強く、受けることも逸らすことも難しい。

 ただ、薙刀は乱戦になると長すぎて扱い辛いのだそうだ。


 では、同じくリーチの長い槍はどうかと言うと、これは密集陣形で運用されるとヤバイらしい。

 ソードやレイピアでは太刀打ちできないので、弓で対処する他ないらしい。


 色々あるんだなあ。

 聞けば聞くほど戦争には行きたく無くなる。

 生き残れるイメージが全然湧かない。


 魔術が吹き荒れ、矢が飛んできて、槍に突っつかれ、剣で斬られ、引き倒され、ナイフで刺される。

 全然無理。

 ダメ絶対。


 しかし目下の敵はパコである。

 カッロにもそろそろやってみろと言われたのでさっき宣戦布告をしてきた所だ。


 食堂に来たところを捕まえて「パコさん今日の剣術の試合。相手をお願いします」とお願いしておいたのだ。

 すると奴はニヤリと笑ってこう返してきた。


「やっと準備ができたのかい。良かったよ。ひょっとしたらキミに一生拭えないトラウマを与えてしまったかもしれないと思っていたからね。本当に気の毒なことをしたと思っているんだよ?」


 全くもって白々しい。

 申し訳なく思ってたなら謝りに来ればよかったじゃないか。


 そんな訳で、剣術の時間である。


 今日は副船長などの幹部も乱取りに参加し人数が多く、なかなか順番が回って来なかった。


 しかし幹部連中は幹部だけあって見どころのある戦いを見せてくれた。

 やることは同じであっても、そこは経験の差なのか攻撃のバリエーションが豊富で、更に各々が勝ちパターンを持っているようで、練度が高いというか洗練されているというか、見ていて飽きなかった。


 カッロとトロンボが戦い、他の船員の試合が終わり、いよいよ俺とパコの番である。


 パコは相当自信があるようで緊張した様子は一切なかった。


 船長の合図で二人して円状の人垣の中央に歩み出る。パコはそのまま構えを取り、俺は一礼をした。


 まだかなりの間合いが開いているが、パコはクルリと回転しながら一閃。

 バックハンドの横薙ぎを放ってきた。

 これは踏み込みと同時に回転することで一気に距離を詰めることができる技で、突き中心のレイピアの間合いにバリエーションを与え相手の距離感を狂わすことができる非常に有効な技だ。


 しかし俺のような「待ちの姿勢」にとってはさほど困る技でも無い。

 ほぼ確実にバックハンドで繰り出されること、ほぼ確実にこちらの目元を狙ってくることが分かっているので落ち着いてメイスの腹で受け止めることができる。

 これをバックステップやスウェーで逸らしてしまうと相手に追撃の隙を与え、しかも距離感を狂わされてしまう。


 俺はカッロに教わった通りに回転斬りをしっかりメイスの腹で止めるとそのまま大きく踏み込んだ。

 パコは慌てて下がろうとする。

 そう、レイピアは距離を取らないと有効な攻撃ができない。

 しかもパコは盾を持つ左腕を後方に、身体が完全に開き切り無防備な格好だ。


 パコは半回転するようにバックステップし、盾で上半身を庇いつつ剣を持つ右手に力を貯めた。

 ここからスタンスを戻し盾の陰から突きを放てばこれまた距離が長く、相手からすれば見えにくい予測しにくい攻撃だったはずだが、俺はコレを待っていたのだ。


 鋭い突きが盾の陰から放たれると同時に俺はさらに踏み込みつつ、木刀メイスで攻撃を逸らす。

 突きは数センチ逸らされただけでこちらの身体には当たらない。

 この体重がしっかり乗ったパコの右足に、俺は渾身の右のインローを蹴り込んだ。


 レイピア使いのフェンシングのスタイルは右手で剣を持てば右足が前に出る。

 これはキックボクシングで言うところのサウスポーのスタンスで、キックボクシングではサウスポーの相手にはインロー(相手の膝の内側を狙う下段蹴り)を狙うのは常識なのだ。


 パコは一瞬驚いた表情を見せたが、俺が追撃してこないのを見て引き攣った笑みを浮かべた。

 余裕を見せたいのだろうが焦っているのは明確だ。

 近距離遠距離の攻撃を織り交ぜてこちらを翻弄する予定だったのに落ち着いて踏み込まれ自分が翻弄されてしまったのだ。


 奇襲的な攻撃が上手く行かなかったパコはそこからは安全にチクチクすることにしたようで、しっかりとフェイントを入れたスタンダードなフェンシングスタイルで反撃してきた。


 俺は嫌がるように人垣のリングに沿ってジリジリと左回りに下がっていく。

 当たりそうな突きが来たらそれを右に逸らし左へステップ、つまり相手の右手側に回り込んでいく。


 俺が反撃しないのを見てパコは自信を取り戻したようで緩急を付け突きを放ってくる。

 こちらが嫌がるように下がっていくので調子に乗ってきている。

 下がるのに合わせて追撃、そして追撃。


 いやあ、パコ本当に素直だよな。

 俺を追うのに夢中になっていつのまにか自分がリングを背負わされてるのに気づかないんだもんな。


 あ、気付いた。

 ギョッとして後ろを確認して慌ててサイドステップで距離を取ろうとしたところにまたもやインローを一閃。

 今回は足が浮きかけていたので足を掬われたような格好になったパコはバランスを崩したが、そこは流石、追撃を警戒しリング中心に飛びすさり、片膝立ての状態で盾で防御を固めた。


 俺は追撃はせずに立ち上がるのを待つ。


 パコは追撃してこない俺を見て警戒しながらも立ちあがろうとして、、、顔を歪めた。


 効いてる!

 2発のインローで膝がやられているのだ。


 すかさずズイと近寄るとパコは慌てて立ち上がり不完全な体勢で突きを放ってきた。

 ステップを使わない腕だけの突きなぞ、どうと言うこともない。

 俺はその突きを掻い潜るように素手でかち上げそのまま胴に腕を回し腰を入れ一気に投げた。


 突きの勢いのままパコの体重は俺の腰に乗り、跳ね上げられ、甲板に叩きつけられる。

 

 そして何が起きたのかわからないという表情のパコに俺はすかさず跨がり完全なマウントポジションを取った。

 そして喉に木刀の切先をグイと押し付ける。


 俺はお前と違って敗者に無意味な追撃などしないよ、という無言の圧力である。


 おおというどよめきが起き、俺はパコから離れた。

 多分ここまでで1分も経っていない筈である。


「どうだ、まだやれるか?」

 審判を務めていた副船長がパコに声を掛けた。


「もちろんです!」

 パコが副船長に答え、始まりの合図も待たずに俺に猛然と木刀レイピアを振るってきた。

 上段からの打ち付けの連打。キレた子供のようなめちゃくちゃな攻撃である。

 こんなのレイピアの戦いでも剣術でもない。


 レイピアを想定した細い木刀はあっという間に割れ飛び散った。


 パコは残った柄の部分を俺に投げつけるとそのまま飛びかかってきた。

 掴み合うような格好になると突然しゃがみ込み脚に抱きつかれた。


 あ、マズイ。

 これはタックルだ。


 気づいた時には仰向けに倒されてしまっていた。

 そのままのしかかってこようとするパコの腰の辺りを手で押し戻し、尻に敷かれそうになっていた足を抜き、手を封じて一気に横に引き倒した。


 引き倒した勢いでこちらは起き上がり、先ほどとは上下が反転した。


 柔術だったらこれでもテイクダウンにカウントされ、さっき倒された分と引き換えるとポイントはイーブンである。


 そんなことを考えながら改めてマウントポジションを取ろうとすると俺がさっきやったように腰を押し戻し脚を抜いてきた。


 あれ?

 まさかコイツ寝技できるの?


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