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そういえば今更だけど、セイレーン号の面々の姿について触れていなかったのでここで少々。
船長や副船長とブリッジの方々、いわゆる士官は海軍らしい白い軍服を着ている。帽子は村での式典以来、被っていない。
足元は編み上げのブーツだ。
士官の何人かは見習いの子供を従えているが、子供達は半ズボンに赤いチョッキというのが制服のようだ。
脛にはゲートルを巻き、靴はモカシンだ。
ほかの面々一般兵士は動きやすそうな緩めのパンツの裾を捲り、上半身はこれまた緩めのシャツ。前合わせが深く、紐で結ぶタイプのシャツだ。これを胸元ははだけて袖を捲り上げラフに着ている人が多い。
足元はライトな革靴を着用してるのが多いが裸足も結構いる。
多分ボタンというものは高級品なのだろう。ボタンは士官の上着とその子供のチョッキでしか見られない。
髪型はほぼ全員長髪だ。結んでいるのもいるが多くは肩に垂らしている。長さが似通っているところを見るに就航時は全員短く整っていたのが伸びたのかもしれない。
ヒゲは士官は無精髭が多く、一般兵はモジャモジャが多い。もちろんスタイルはそれぞれで、顎ひげだけ濃かったり口髭をねじっていたりと各々個性がある。
キコやカッロは歳が若いからか髭は薄い。
パコに至っては激薄だ。
パラディーノ医師が士官の髭を剃っているところを見かけた気がするので士官だけは剃ってもらえるのかもしれない。
理容室の赤青白のシンボルは元々は動脈静脈と包帯で医師のシンボルだったんじゃなかったっけ?
だとすれば医者が髭剃り担当なのも納得である。
パラディーノが白衣でロッコがタンクトップ、俺がズタ袋なのは前述した通りである。
パラディーノは革靴、ロッコはサンダル、俺は裸足だ。
俺はこの世界に生まれてから一度も靴を履いた事がない。
村ではギルド員だけが編み上げのブーツを着用していて村人は全員裸足だった。
バルドムが言っていたが、この世界の靴は全てオーダーメイドなので靴屋で注文するか、あとは流しの注文取りの靴屋というのがいて、各地の村々を周り注文をとって1年後に完成した靴を届けてくれるのだとか。
だからしっかりした革靴は大人だけのもので、足サイズが成長する子供はサンダルや比較的簡単に作れるモカシンみたいな袋状の皮に靴底を貼り付けたみたいな簡易な靴を履くのだそうだ。
もちろんウチの村には流しの靴屋は来なかったし、子供用の靴ですら魚の塩漬けの樽1個分の料金がかかると聞いてひっくり返って驚いたものだ。
足を守るだけの物の為に何日もの働きの稼ぎを使うなんて馬鹿馬鹿しいと笑っていたのだが、しかしその実、前世の記憶を取り戻す前の俺は靴に対し強烈な羨望があった。
子供用のモカシンやあるいはサンダルでいいからいつか履いてみたいと思っていた。
なんだろう?
村の生活をしていると半日くらいは海や川に足を浸しているから全然必要ないのだが、妙に羨ましかったのだ。
規則正しく交差する靴紐、細やかな縫い目、頑丈な革、ガツガツと音を立てる踵、そして硬そうなのにしなやかに曲がる靴底。
今思えば、村で目に入る物の中で一番精密に作られた人工物だったかもしれない。
高価なものといえば代表は鉄製品で農具やナイフ、あとは縫い針なんかがあったが、どれも古びていてあまり魅力は感じなかった。
油で手入れされ、鈍く光るブーツは文明の象徴といえる存在だった。
前世の記憶を取り戻した現在は靴に対して特にどうと言う気持ちはないが、それまでの熱い羨望の残り香のようなものが少しまだある。
ジロのマーケットでまともな服と靴を手に入れることができるかもしれない。
その淡い期待が燻ってはいる。
しかし前にも書いたが、俺はジレンマを抱えている。
フンドシのジレンマだ。
フンドシの隠しポケットに仕舞われた吸魔石はジロに着く頃には価値のある魔石になっていると思われるが、それを取り出すにはフルチンになってフンドシを切り裂かなければならず、果たしてサナの服屋はフルチンのガキに服を売ってくれるか?
という課題だ。
普通に考えてこの世界の商売は先払いだろう。
そして猥褻物陳列罪のような法律はなくともフルチンで買い物をすることを許すような寛容な文化はあまり聞いたことがない。
ちょっと本気でどうするか考えないと靴どころか服も手に入らない。
いつかタイミングをみて長官に相談してみよう。




