48
「部屋に飯だけ置いてあるからひとりで食えという事かと思ったぞ」
「すみません。長官がいらっしゃらなかったので舵の仕組みを見させてもらってました」
「ほう、どうだった?」
「木製の歯車を想像してたのですが、ロープ稼働だったので驚きました」
「ふむ」
「しかし簡単な仕組みで修理がしやすく、また余計なチカラが逃せるので歯車より優れていると思いました」
俺はふたりぶんの粥をよそいながら答えた。
よそいながら火魔術で温め直す。
「飛魚フレークはお好みで振りかけてください」
「うむ」
長官はフレークをかけずに粥だけ口に入れた。
「ふむ、確かに淡いが旨味がある。これが昆布とやらの味か」
「はい。塩粥より塩気が少なくしてあります」
「魚をかけるからか」
「はい」
長官はフレークを一口ぶんだけかけると軽く混ぜ口に入れた。
なんというか、品のある食べ方よな。
やっぱ育ちが良いんだ。
俺も食事マナーはちゃんとしないとな。
「うむ、美味い。なんというか、しみじみと美味いな。脂ぎった肉のような派手な旨さはないが、初めて食べるのに昔から知っていたような、そんな旨さだな」
「ありがとうございます」
「作戦中に食べれるものとしては最高ランクだ」
「そんなですか?」
「通常はカビの生えた乾燥パンと干し肉の組み合わせが多いな。あとはドライフルーツとナッツ程度だ」
「喉が渇きそうですね」
「ああ、急いで食えるものではないな。それにカビをナイフで削って食べねばならないから、飯となるとそこいらじゅうでカリカリと音がしてな」
「隠密行動中は気が気じゃないですね」
「ああ、敵に聞こえる訳は無いのだが、それでも気にはなるな」
でも粥は火を使わなくちゃならないし、日持ちもしないもんな。
おにぎりにしても日持ちは乾燥パンには及ばないだろう。
「お前の世界では行軍中の兵士は何を食べるのだ?」
「ええと、あまり詳しくないのですが料理をする部隊が同行して野外で食事を作ってるイメージがありますね」
「我々と同じだな。行動食はどうなのだ?」
「やはりビスケットやナッツ類、あとはドライフルーツとかじゃないですかね?」
「ふむ、どの世界も一緒か」
「兵隊さんが食べるかどうかは知りませんが、お湯をかけるだけで食べれる麺とか米とかは非常食としては一般的ですね」
「ほう、作り方はわかるか?」
「麺は大量の油で揚げて作るのだと思いましたが詳しくは、、、」
「値が張りそうだな」
「こちらでは油といったらバターや獣脂ですか?」
「そうだな、木の実を絞って作るものもあるが、いずれにせよ高価なので日常使いできるのは貴族だけだな」
そうかロウソクが灯りの主流だと食用には回らないのか。
欧米人のクジラの乱獲はロウソク用の脂が欲しかったからなんだっけ?
魔術があるのに無駄なこったな。
でもあれか、あまり魔術を広めないのはある意味で銃規制みたいな側面もあるのかもしれないな。
国民みんなが魔術を使えるとなると暴力事件とかクーデターとか起きると厄介そうだ。
そうだ、灯りといえばキコが使ってた光魔術を聞こうと思ってたんだ。
「長官、こないだキコさんが光を産み出す魔術を使ってたんですが、あれはどういう魔術ですか?」
「ほう、キコが? どれくらい明るかった?」
「馬鹿みたいに明るかったですね」
「ほう、そうか。怪我をしてなかったか?」
「怪我はどうでしょう、、、魔力切れは軽く起こしてたみたいですけど」
「詠唱は覚えていないのか?」
「なんとなく、、、ちょっとやってみて良いですか?」
長官は少しだけ考えた。
「先に言っておくと、あれは発動してからの魔力の調整が難しいのだ。発動ポイントは身体からなるべく離して指先は守りつつ、発動ポイントには惜しみなく魔力を注ぎ込むのだ」
「え、難しいそうですね。できるかな、、、?」
「指先が熱かったらすぐ消せば良い」
「なるほど、では、、、、精霊よ、光の精霊よ。我ら盲の目に標を与えたまえ。闇を払う強き標を、ルチェ・ソラレ!」
久しぶりに詠唱をしたが、これは面白い体験だった。
魔力を予備的に出すとか指先で溜めるとかそういった魔術のプロセスが自動的にコントロールされている感じだった。
指先から離れて光が生まれているがそれでも熱い。熱いから発動ポイントを離そうとすると光が弱まる。指先を守っている魔力を強めて発動ポイントを近づけていくと明るさが増した。
これは魔力をぐんぐん使うな。
特に指先を守る魔力と指先からの距離をコントロールする部分に魔力に多く使う。
いや、光そのものにも多くの魔力が消費されてるな。
今までの火魔術みたいに出したぶんをパッと使うんじゃなくてずっと引き出される感じだ。
「おい、オミ!」
長官の声で光を消した。
「そんなに長く出すものではない。明るいうちに足場や出口を確認しておいて消してから行動するのだ」
確かにキコも光らせてたのは数十秒だったかも。
みんなが部屋を出るまで照らしてくれる感じでもなかった。
倉庫でも断続的だったな。
「なるほど凄い消費しますね」
「普通ならぶっ倒れているぞ? むう、目がチカチカして良く見えんな」
俺も視界の中央に黄色い光の球が残って物がよく見えない。
対向車のライトを見つめたり太陽を見つめた時の感じだ。
しかも近かったから範囲がデカイ。
下手すりゃ失明しそうだ。
「すみませんでした」
「いや、構わん。魔力の残量はどうだ?」
特に疲れや息切れなどはない。
しかし確かに下腹部が軽くなっている感じがある。
頑張って何回も自己処理した時の感じと似ている。
「ちょっと下腹の辺りがスースーする感じはありますけど、もう2〜3回ならやれそうですね」
「どうする、やってみるか?」
ぶっ倒れるまでやってみて魔力切れの感覚を掴んでおくのもきっと大事よね。
「先に片付けと筋トレをやってからにしましょうか?」
「ふむ、構わんがお前は一体歳は幾つなのだ? 常に先のことを考えていて老成しているように思えるな」
「前世では、、、二十歳でした!」
咄嗟に嘘をついてしまった。
前世で32年今世で10年の42歳とバレたらキモがられそうじゃない?
きっとこの10歳の見た目だから長官は可愛がってくれているのに違いないのだ。
「ふむ、こちらと合わせて30年か。それだけ生きればそれくらいの分別はつくか、、、」
「ええ、そうですとも。どうぞ食べてしまってください」
「ふむ、オミよ。ところでお前、前世で妻は?」
「結婚はしておりませんでした」
「ハタチで?」
「ええ、私の世界では男は30歳くらい、女性は25歳くらいが結婚適齢期などと言われていました」
「随分と晩婚なのだな」
「そうですね、寿命も女性は86歳とかだったかな? 長生きなので生き急がないのだと。。。確か初産の平均が30歳とか?」
「それは良いな。私は来年21歳なのだがそれまでに結婚させようと実家の方では大騒ぎだ」
マジか、年齢不詳だとは思っていたがまさかの未成年だったとは。
幾つに見える?
などと聞かれたら本心は28と思いながら25と答えていただろう。
危ないところだった。
「長官も13歳でアカデミーへ?」
「そうだ。アカデミーの話を聞いたか」
「ええ、さっきパコさんから」
「あいつと経歴は一緒だ。13で合格して15で卒業した」
「そうだったんですね。卒業後はすぐにダンジョン攻略へ?」
「ああ。親には卒業できたことを黙っておいて旅に出た。アカデミーの近くにほぼ攻略済みのダンジョンがあったから一緒に卒業した先輩たちと記念に潜って小遣い稼ぎをしたのだ」
「ほぼ攻略済み?」
「ああ、攻略できているところまでの地図が売られているから比較的楽に進める。出てくる魔物の種類がわかれば対策と準備ができる」
とはいえ地図の先に進んでみないと終わりが近いかどうか分からないよね?
「地図の先は直ぐ終わりだったのですか?」
「3層先で終わりだった」
「それってひょっとすると凄いのでは? 未知のダンジョンを一度に3層も進むのは結構大変ですよね」
長官はいつものコップを黙って差し出した。
俺も何も言わず水と氷で満たす。
これもいつか辞めさせた方がいいな。冷たい水は内臓が冷えて体調不良の原因になる。
坂道系のアイドルは冷水を飲まないとネットニュースで見たんだ。
確かな情報だ。
「そうだな。しかし我々は宝物には手を出さないから、まあどうと言うこともなかったな」
「宝物を持ち帰らないとお金にならないじゃないですか」
「いやいや、正確なルートや罠の位置などの情報はギルドが買ってくれるのだ。実はこれが一番金になる」
ああ、なるほど。
「ダンジョンマスターとも戦わずそのままだ」
「え、それで攻略したことになるんですか?」
「当たり前だろ? ダンジョンマスターの討伐は討伐の懸賞金が掛けられてから武闘派の連中がやる仕事さ。我々シーカーは安全なルートを見つけるのが仕事だ」
「へー、そんな分業があるんですね。長官たちは何人のパーティーだったんです?」
「4人だ」
「少ないんですね」
「シーカーのパーティーとして普通だな」
「やっぱアタッカーとかヒーラーとか役割があるんですよね?」
「いや、ない。前衛2名と後衛2名だ。これを休憩ごとに入れ替えるだけだ」
ふむ、なんか思ってたのと違うな。
「全員兵士の訓練を受けているのだから分業するメリットがないだろう? いわゆる冒険者は各々の能力が低いから分業する必要があるだろうがな」
なるほどそういうものか。
「質問なのですが、アカデミーの卒業記念にダンジョンに挑むのはよくある風習なのですか?」
長官はぷっと吹き出した。
「そんなわけないだろう。ふははは!」
何か変なこと聞いたかしら?
この世界は魔術といい、ダンジョンといい、俺が知ってる異世界とはなんかちょっとズレてるんだよな。
そんな不満げな思いが顔に出ていたのだろう。
長官は俺をみて笑いを引っ込めた。
「む、すまんな。こちらの常識なぞ知る由がないな」
「いえ、良いんです。教えてください。普通ではないのですね?」
「うむ。というのもな、アカデミーに入学する子供の半分ほどは貴族の家の子、残りの半分は継ぐ家業のない者たちだ。小作人の子供、商家の次男三男、旅暮らしの冒険者の子供。それが兵士というエリート階級になれる切符を手に入れたのだ。貴族の子、平民の子どちらにせよ、あえてダンジョン攻略などと、死ぬ危険を冒すのは普通じゃないだろう?」
ああ、そういうことか。
そりゃ確かにそうだ。
「そもそもダンジョンに群がる連中というのは何らかの事業を失敗した者がほとんどでな。だって、考えてもみろ。死体だらけの廃墟を掘り起こして、弔いもせず家財道具を盗み出す稼業なのだ」
言われてみりゃそうか。
こないだダンジョンの成り立ちを聞いたばかりだった。
エルフと人が住んでた街が沈められたものだったな。
「考えてみればそうですね。へんなことを言ってすみませんでした」
「いいのだ。ダンジョンに潜ろうだなんて思う方が不謹慎なのだ」
「でも結構良いお小遣い稼ぎになったんですよね?」
「ああ、ギルドに提出した踏破ルートが認定されて報奨金が出た」
「どれくらい貰ったんですか?」
「10万だ。4人でな」
ひとり2万5千円。
学生の小遣いには充分か。
いやまてよ、この国の貨幣が分からない。
「僕が見たことあるのは大銅貨までなんですが、どれくらいの価値なんですか?」
「大銅貨は10ラーミ。大人の一日の一般的な給料くらいの価値だ。
では10ラーミが1万円と仮定すると10万ラーミは、、、一千万円?
「え、、、10万って物凄い金額なのでは?」
「そうだな。と言ってもひとり金貨2枚と銀貨5枚だから特に何が出来るって値段でもないな」
250万円って、まあ確かに小型車1台くらいの値段か。
家は立たないし、事業を始めるにも心許ないか。
「長官は何にお使いになったんですか?」
「この船の頭金にした」
「ああ」
「そしてロンドを呼び寄せ残金を持って来させたのだ」
「ちなみにこの船のお値段は?」
「金貨30枚だ」
ええと、3万ラーミになるから、、、三千万円?
高いのか安いのか分かんねえな。
「えっとそれはお得な買い物で?」
「私も船大工に内訳を訊いたのだが、10人掛かりで1年掛かるという話だったから10人分の1年間の給料2万4千ラーミと材料費6千ラーミと考えると妥当な金額だと思った」
ええと、人件費が2400万円で材料費が600万円か、いちいち換算しないと実感が湧かないな。
ひとり毎月20万円払って10人が12ヶ月で2400万円か。
更にどでかい竜骨や真っ直ぐなマストやセール、無数のロープに巨大な帆。あとは櫂やら大砲4門もか。確かに材料費だけで600万円は掛かりそうだ。
なるほどね。
高くも安くもない妥当な買い物か。
「流石ですね。若い娘だからと足元見られたりとかしなかったんですね」
「いや、はじめは個人発注で船の建造なんて前例が無いって相手にされなくてな。結局、材料の買い付けから毎週の給与の支払いから実作業まで全部ロンドに仕切ってもらった」
「それは大変でしたね」
「船そのものの知識がなければ航海中の修理維持もままならんからな。ロンドに船長になってもらうのに必要な経験だった」
何かちょっと勘違いしてたな。
長官は魔眼持ちで領主の娘だからあれこれ上手く行ってるだけの小娘かもと思っていたけど、違うんだ。
もの凄く頭が良いんだ。
なんとか自由を手に入れる為に入念に考えて行動してるんだ。
「船を作っている間は?」
「まずは新兵は必ずブートキャンプを経験しなければならんからブートキャンプだ。それで参加中、魔眼が新兵訓練に大変効果があると認められて魔術教練の指南役に抜擢されてしばらくはその役目を全うしていた」
「ほうほう、それで?」
「、、、オミよ、わたしの昔話に興味を持ってもらうのは嬉しいことだが光魔術はどうする? また今度にするか?」
いかん、すっかり忘れてしまっていた。




