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船長室の振り子時計の目覚ましが鳴って、夜に鳴るのは珍しいなと思ったらもう朝だった。
俺は眠るまで結構転々とするタイプなのだが昨夜は瞬殺だったらしい。
こんなに一瞬で朝を迎えるとなんだか損した気分だ。
頭はスッキリと冴えてるが良く寝た記憶がないからイマイチ満足感がない。
さておき、俺は真っ直ぐに厨房に向かうことにした。
俺が晩飯をやってる時も朝はロッコ氏がやってくれていたのだ。
体調があまり良くないという話だったのにどうしたことなのか。
俺が食べに行くといつももう既にロッコ氏は厨房にはいなかったから挨拶できてなかったのだ。
「おはようございます!」
「お、おう、、、お前か。どうした?」
「どうも何も、朝はいつもお任せしちゃってすみません。お身体はもう大丈夫なんですか?」
「ああ。いや、俺の方こそ午後の飯をお前みたいな子供に任せちまって申し訳なく思ってるよ、、、」
「何を言うんです、お互いさまですよ」
ロッコは何故かこちらを見ない。
なんか怒ってるかな、、、?
「それに、みんなお前の飯のほうが良いみたいだしよ、、、」
おっとその問題があったか。
ヤベエ、なんにもフォローを考えてなかった。
「初心者が適当にやったらたまたま上手く行っただけですよ」
「いや、ベーコンとドライトマトを刻み込んだ奴は2日続いたが2日とも美味かった。昨日の塩粥風のもしっかり旨味が入ってて、しかもフレーク状にした魚の身を振りかけるなんて手間の掛け方は初めて見た。、、、教えてくれ! いったい何処であんな料理を学んだんだ?」
「僕の村は食べるものが魚と貝くらいしかなかったから、、、」
本当は魚のアラがメインのごった煮しか食べてないけどね。
「ぬう、、、恥を偲んで言うぜ。お前の料理を、レシピを、俺に教えてくれないか!」
そんなことかい。
「全然いいですよ? 教えるだなんてそんな。一緒にやりましょう?」
「いいのか? お前の持つレシピをお前だけの秘密にすれば長官専属の料理人になれる。いや、なんなら王城の料理人だって目指せるぞ?」
いや別になりたくないな。
それに俺の料理なんて、あとはチャーハンくらいでアイデア終了だ。
「美味い食い物はみんなでシェアするべきです。料理法もしかり、みんなで共有すれば毎日が美味しくなります」
「おお、なんて含蓄のある言葉だ。お前本当は40歳くらいなんじゃないのか?」
おい、ドキッとすること言うなよ。
「まさかそんな。ちなみに朝は何時から支度してるんですか?」
「船長の部屋の時計の音で起きたらすぐここに来て火をかければ間に合うな」
「今日はもうやっていただいた感じで?」
「ああ、じきに炊き上がる」
「じゃあ今朝はこのままお任せします。夜に使う魚を取り込んできますね」
「魚を取り込む?」
「甲板に干してあるんです」
「魚を?」
「ああ、見てないですよね。じゃあ一緒に行きましょう」
俺たちは甲板に上がると洗濯紐にぶら下げた魚を紹介した。
「こちらが魚です」
「乾かしてあるのか?」
「はい、開いて骨を外して塩水に一晩漬けて一昼夜風に当てて干しました」
「そうするとどうなる?」
「塩味が付いて余計な水分が抜けて旨味が凝縮します。干し肉と同じですよ」
「はあ、魚の干し肉か」
「今日はこれを焙って、昨日のような魚フレークにしましょう」
「これを全部か?」
「はい、我々2人がチカラを合わせればなんとかなるでしょう」
「よおし!」
「ひとまず、今は朝食を提供しましょう。僕は魚を回収しておきます」
「おい、お前ら! もう粥はできてるから、みんな勝手によそって食ってくれ!」
豪快かつ適当だなあ。
まあ、厨房仕事を独りでやらなくていいだけ気が楽だけど。
俺たちは魚を取り込んで桶に入れていった。
「魚の骨を避けて肉だけ切り取ってるのか、、、凄い技術だな」
「いえいえ、僕は魚は捌けますけど、鶏や獣はやったことがありません。慣れの問題かと」
「鶏が居なかったのか?」
「居ましたけど主に卵を取る為で、たまに死んだ鶏を食べる時も丸ごと茹でて冷ましてから手で身をほぐして分け合ってましたね。そうしないと村人全員に行き渡らないんで」
「貧しい村だったんだな」
「そうですね、主に食べるのは軍に納品しなくて良い、魚のアラと貝類、後はナマコとかですかね」
「貝を食うのか?」
ロッコは嫌な顔をした。
そもそも海に忌諱感があるんだっけ?
ナマコに至っては何のことかもわかないのだろう。
「ええ、砂浜に住んでる貝なんかは簡単に採れて良い出汁が出ましてね」
「ほう、昨日の塩粥みたいな?」
「もっと濃くて力強いですね」
「ふうん、、、肉汁みたいな?」
「肉とは違う旨味ですね。いつか食べさしてあげたいですね」
「おお、食べてみたいぞ」
「とりあえずこの飛魚を焼いてしまいましょう」
「よし」
俺たちは厨房へ降りて魚を1匹1匹焼き始めた。
竈門が一口しかないから仕方ない。
身に火が入り皮は焦げないくらいの焼き加減をロッコが覚えたらそちらは任せて寸胴に水を溜めていく。
ロッコにはこないだ無詠唱を教わったって言ってしまったけど食堂には朝食を食べに来ている者が何人かいたので念のため口の中でゴニョゴニョ言ってからにする。
「臭えな、何の匂いだよロッコ?
「魚を焼いているんだ」
「ええ? 晩飯は魚なのか?」
「文句は言わせねえぞ、物凄い美味いからな」
「魚が美味いなんてあり得ねえよ」
「ふん、言ってやがれ」
魚嫌いが結構居るんだな。
村であんなに出荷してたから人気食材なのかと思ってたのだが、やはり魔力回復のためのポーション的な役割なんだな。
そんなやりとりを聞きながら昆布を昨日より多めに割りとって寸胴に沈める。
「それは何だ?」
「これは昆布っていう海藻です。天日に当てて乾燥させたものです。旨味が出ます」
俺は昆布の端っこを少し折ってロッコに渡した。
「む、確かに味があるな」
「気をつけて味わわないと気付かない程度の旨味ですが、他の具材が持つ甘味とか旨味とかと合わさると仕上がりに大きく違いが出てきます」
「スープに少し酢を効かせるようなもんか」
「おお、さすがロッコさんは料理人だけあって理解が早い」
「フフフ、そうか?」
見ると飛魚はまだ10枚ほどしか焼けてない。
桶にはまだ山盛りの飛魚が入っている。
これは全部この調子で焼いてると晩飯の準備が間に合わないパターンだ。
魔術で焼けたら早いだろうな。
なんなら洗濯紐で吊った状態で魔術で焼いてしまえば良かった。
さすがに桶に入ったままでは焼けないだろうな。
でもまあ、どうせフレークにするなら多少焼きが荒っぽくてもなんとかなるか?
焦げた所は除けばいいし。
よし、やってみよう。
「ロッコさん、このままだとちょっと間に合わなそうなんで魔術で焼いちゃいますね」
「お? そんなことできるのか?」
「分からないですけどやってみます、下がってください」
ロッコが下がるのを待って俺は詠唱を始めた。
「火の精霊よ、ここに立つ者が見えるか、ここに立つは盟約を結んだ者、盟約が汝に命ず、汝の力によりこの獲物をパリッとかつしっとりと焼き上げよ、遠くより来たる赤き炎よ、ファー・インフレイド(遠赤外線)!」
桶の中に魔力をある程度満たし、焼き上がりをイメージして精霊に呼びかけた。
どれくらいの魔力が必要か分からなかったので吸い出されるに任せたが、さほど魔力は必要なかったようだ。
見てみると、一番上のだけ焼けてて後は生焼け。
そんな上手くはいかないか。
「ダメか。でかいコンロ使うか?」
「あるんですか?」
「もちろんあるぞ? 陸に上がったときは盛大にバーベキューをするからな」
ロッコは奥の壁面をガバッと開けた。
そこが倉庫になってたのか、気付かなかったぜ、、、。
ロッコはコンロを組み立て、炭を入れてファイヤーボールで火をつけた。
炭だとファイヤーボールの火力でちょうど全体に火が回るようだ。
今度俺も試してみたいな。
バーベキューコンロだと一度に10匹ばかし焼けるので効率がいい。
ロッコもこういうのは慣れてるようでドシドシ焼いてくれる。
頼もしい。
俺はさりげなく焼けた魚を魔術で冷ますと手でほぐし始めた。
そこにパラディーノ医師が顔を出した。
「すごい匂いだな。医務室まで匂ってる来るぞ?」
「おお、良いところに。パラディーノさんも手伝ってください。皮は剥がして身はほぐし、骨は全て除くんです」
「おっ、昨日の魚フレークか。よしそういうことなら手伝おう。構わんのかね?」
調理方を見せてってことだろうか?
「もちろんです。全然構いません」
それからは俺たちは無言で飛魚をほぐした。
しかし小骨を取り除くのは困難を極めた。
取ろうと思えば取ることは出来るのだが何しろ飛魚は小骨が多い。
こんなのも魔術でなんとかなるのだろうか?
俺は硬い小骨をイメージし、桶を魔術で包み精霊に寄り分けてくれるよう頼んだ。
すると小骨は全て除かれて桶の端に置かれた。
すげえ。
こんなことまでできるとは。
精度を上げていけば空気から酸素だけ集めたり、水から水素を寄り分けたりできるようになるかもしれない。
なんなら電気分解とかその逆もやれそうだ。
きっと、どうイメージし、どう精霊に呼びかけるかが問題になるのだろう。
「お、こっちの桶のは小骨がないな。これなら早く終わりそうだ」
「この辺から捌くのに慣れてきたんですかね?」
「キミにもそういうことがあるんだな」
「この魚は初めてでしたからね」
「なるほど」
流石に小骨を除けるのに魔術を使ったのがバレたらエルフの詠唱って嘘ついても疑われそうだ。
内緒にしておこう。
「全部焼き終えたぞ?」
「ではロッコさんもこっちを手伝ってください」
「おう」
俺たちは黙々と魚をほぐした。
「やれやれ、やっと終わったな」
「3人がかりだと流石に早いですね」
「少しもらっていっていいか? 回復が遅い患者に与えたいんだ」
「どうぞどうぞ、ガバッと持っていってください」
「助かる。あと昨日言っていた海藻も見せてもらえるかい?」
「あ、コレです。どうぞこれもお持ちください。小さく折り取って飴がわりに舐めても効くかもしれません」
「アメ?」
ヤベエ、この世界には飴がないのか?
「硬くて噛めないんで口の中で遊ばしておくんです。そうするとじんわり味が出てきます」
「ほう、試してみても?」
「どうぞどうぞ」
「俺もさっきからずっとしゃぶってるぞ? じわじわ味が出てきて旨い。そろそろ噛めそうな感じだがどうすればいいんだ?」
「噛んで飲んじゃっても大丈夫です。出して捨てても構いません」
ロッコはゴリゴリと昆布を噛んだ。
あんま戻ってないんじゃないか?
「噛むとまた味が強く出るな。美味い」
俺は寸胴に入れといた昆布を引き揚げた。
「こんな風に戻りますね」
「げえ、グロい! 見るんじゃなかった!」
「ええ?」
「こんな分厚くて長いのが草だと? なんなんだ? しかもなんか糸引いてるじゃねえか、キモっ!」
確かにそう言われるとエイリアン味があるかもしれないな。
「オミ君、これは大発見かもしれんぞ?!」
急にパラディーノが大声を出した。
「凄い魔力量だ! そして軽くて薄くて、しかも乾いているから保存が効くだろう? 魔術兵が携帯するのに最適じゃないか!」
「あ、そうですね」
「オミ君、陸に上がったら僕と王都に行かないか? 大臣に謁見して効果を確認して貰えば勲章ものだぞ?」
「え、イヤです」
「は? 何故だね?!」
「イヤなものはイヤなんです! 、、、それよか生息地をある程度特定しておいた方が良いのではありませんか? 軍に納めるなら大量に必要になりますよね?」
「ふむ、それもそうだな」
「昆布を網で引き揚げたのは一昨日の事でしたから位置を航海士に聞いておいたほうがいいんじゃありませんか?」
「うむ、そうしよう!」
パラディーノは飛魚フレークと昆布を引っ掴んで慌てて出ていった。
「なんでイヤなんだよ、いい話じゃねえか?」
ロッコが聞いて来た。
「うーん、なんででしょうね?」
「自分で分かんねえのかよ?」
「村にフィアンセを待たせてますし、長官のお側にも居たいですし」
「、、、ちっ!」
舌打ちされてしまった。
確かに色男発言だったな。
でも確かに不思議だな。
とっさにイヤだと答えたけど、別に王都に行きたくない訳でもパラディーノが嫌いな訳でもないのだ。
自分の気持ちをしっかり考えておく必要があるな。
ただ無意識に怖気づいたのであればチャンスを逃すことになる。




