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船長は自室に帰り、俺は長官と二人で飯を食った。
話がかなり長引いたから粥はすっかり冷め切っていた。
むしろ冷たいという感じの粥を口に運ぶ。
しかし、ふと見ると長官の粥は湯気が立っている。
「あれ、長官。温め直したんですか?」
「あ? ああ。オミも温め直すと良いぞ」
「ええと、どのように、、、?」
「水を凍らせたり蒸発させるとのおなじだ」
なるほど。
俺は粥を魔力で包み『水の精霊よ火の精霊よ、少しばかりこの粥を温めてくれないか』と頼んでみた。
すると人肌くらいに温まった。
おお、ありがたい。
だがもう少しだ。
俺はもう一度同じことをすると良い感じの温度になった。
温かいがバクバク食えるくらいの温度だ。
やはりベーコントマトは美味いな。
明日は昆布と飛魚の中骨の出汁で作る予定なのだがみんなの口に合うかはちょっと予想がつかないんだよな。
「オミよ、今どうやって温めた?」
「どうって、水の精霊と火の精霊にお願いしました」
「へー、そんなやり方があるのか。それで2度やったのか」
「はい。長官はどうやるんですか?」
「どうなって欲しいか、結果をイメージするんだ」
「ほう」
俺は粥に魔力を込めて、さっきの冷たい粥をイメージしてみた。
「あ、なるほど。できますね」
今度はさっきよりも少し熱めにイメージしてみる。
「あっつ! 確かにこっちの方が手間がすくないですね」
「うむ、だが精霊に委ねてしまうという選択肢があるとは思わなかったな。何かの時に役に立つかもしれん」
バイトを使うのと似てるかな?
『そこ頼む』
で通じる奴もいれば、
『そこに落ちてるゴミを箒で集めて捨ててくれる? でもモップで拭くとこまではやらなくて良いよ』
と言わないといけない奴もいる。
しかし精霊様をバイト扱いしても良いものか。
「長官、魔力とか精霊って何です?」
「お前ら異世界人の方が科学的に説明できるんじゃないのか?」
「いや、まさか。魔法って言うくらいだから科学では説明がつかんでしょう」
長官は粥を口に運ぶ手を止めて考え込んだ。
「古いエルフの言い伝えによると、この世界はエーテルという物質で満たされているのだそうだ。そのエーテルに作用するのが魔力なのだとか」
「では魔力とは? 長官には魔力が見えてるんですよね?」
「うむ、湯気や雲のような、定形や重さのないものだ。それが人の意思で動きエーテルに作用し空中から水を出したり、温度を変えたりする」
説明になってるようで何も説明になってないな。
「なんにも分からないですね」
「うむ、では聞くが、そもそも空気とは何だ? 風がある時には気づくがそうでない時には意識もしない。呼吸はしているのにだ。そして温度とはなんだ? なぜ太陽の光は何かに当たるまで暖かくないのだ?」
うーん。
確かに全然わからん。
いや、空気には重さがあるとか、太陽光には赤外線が含まれてるとかそういうことは知ってるよ?
でもそれが何かっていうとやっぱ平易な言葉にはならないよね。
、、、なるほど質問の仕方が悪かったか。
「さっき魔力は湯気や雲のようなものと言ってましたが、魔力は人から発生したものなのでしょうか?」
「いや、人からも発生するが元々自然のものだろう。雲と同じように空を流れ、時には霧のように森に立ち込め、そしてそもそも海というのは魔力が大変多く含まれている」
お、いいぞ。
そうよね、わかるところから聞かないとね。
「長官は先日魔力切れを起こしてらっしゃいましたが、そういう時に海水に浸かったりすると治りが早かったりしますか?」
「いや、海に溶けた魔力は皮膚からは吸収せん。いざとなったら飲むという荒療治もあるらしいが塩分が強すぎて死ぬこともあるという。むしろ推奨されているのは魚を食うことだ」
なんかちょっと見えてきたぞ。
そして聞き流しそうになったが生体濃縮があるのか?
「では魔物などはもっと魔力を多く含んでいるとか?」
「いや、必ずしもそうではないな。魔石を持っていることは多いが肉に魔力が多く含まれている訳ではない。むしろ魔物の肉には栄養が余りない」
うーん、やっぱりよく分からんな。
「これも異世界人が言っていたことらしいが、空気にはオキシジェンとかいう成分が含まれていて、それは草木が作り出しているとか。オミは聞いたことあるか?」
「ああ、あります光合成ですね。植物が太陽の光を浴びて二酸化炭素を酸素に変えるとか」
「それと同じような感じなのではないか?」
「魔力とオキシゲンが?」
「そう。普通は見えないがそこいら中にあって水にも溶けているのだろう?」
「たまたま長官にはそれが見える」
「そう。普段からそこここに存在していて何かと何かが加わるとチカラを発揮する」
なるほどねえ。
普通の気体と同じように水に溶け、でもって結晶化もすると。
「なんで長官には見えるんですかね?」
「さあな、渡り鳥には方位方角が目で見えているというではないか」
「なるほど長官は鳥ですか。まあコウモリは音で獲物を見るそうですしね」
「む、そうなのか?」
それは知らなかったのか。
「人間には聞き取れない高い音を立ててその反射で地形や獲物を捕らえるのだそうですよ?」
「それで真っ暗な洞窟の中を飛べるのか。薄気味が悪いな」
「長官はコウモリが苦手で?」
「あんな生き物が好きな者がいるか。未踏のダンジョンとなると大抵は天井にはコウモリが貼り付いていてその下はフンが堆積していてな。酷い有り様なのだ。お前も見れば分かる」
ああ、なんかドキュメンタリーで観たかも。
しかも未知のウイルスの媒介をしたりするんだっけ?
そんな映画も観たな。
「そしてあの不細工な顔。尖った耳。薄い膜の羽。死体に群がるあの姿。全てが気色悪いではないか!」
「おや、こちらのコウモリは肉食で?」
「異世界では違うのか?」
「ネズミくらいの大きさで虫を食べて生きていると」
「それなら可愛いものだな。夏に窓を開けて寝ていると家畜や人間のかかとを噛んで出血させると滴る血を汚らしい舌で舐めとるのだ。想像してみろ。ふと夜中に起きると足先にコウモリが鈴なりなのだぞ?」
「それは嫌ですねえ、、、しかも屍肉を喰らうのですか」
「コウモリに血を舐められると酷い熱が出るのだが、それで死ぬと食われるのだ」
いわゆる吸血コウモリがこちらの主流か、それは本当に嫌だな。
エアコンとかないだろうしな。
そもそもガラス窓を見たことがない。
ランプや瓶はガラス製の物をいくつか見たが、板ガラスを作るのは大変なのだろうか?
「ああ、寒気がしてきた。飯を片付けて寝るぞ」
「はい」
俺たちはとっとと粥を掻き込んで皿を片付けた。
長官はハンモックに潜り込んだが、俺は今日からまた筋トレだ。
腕立て、腹筋、スクワットをそれぞれ上らなくなるまでやる。
さほど回数がこなせるわけではないがこういうのは継続が大事なのだ。
4日ほどサボったがそんな直ぐには筋肉は落ちないだろう。
「面白いことをやっているな」
「筋トレですよ。太い腕、厚い胸板、割れた腹筋、キュッと引き締まった尻。男のロマンです」
「む、尻が引き締まるのか?」
長官はムクリと身体を起こした。
「スクワットは太ももと尻を引き締めます。そしてどちらも人間の身体の最大の筋肉ですから脂肪を燃やす効果も期待できます」
長官はハンモックから降りてきた。
「どれ、教えろ」
「両足を肩幅に開き爪先は前、膝が前に出ないように腰を落としていきます。そして膝が直角になったらゆっくり立ち上がっていきます。膝は少し曲げたまま真っ直ぐに伸ばさずにまた腰を落としていきます」
「それだけか?」
「まずはゆっくり10回やってみましょう。はい1、、、2、、、3、、、」
「そんなにゆっくりでいいのか?」
「ゆっくりの方がフォームが崩れず筋肉に効くのです。5、、、6、、、7、、、」
「くっ、、、」
「8、、、9、、、はい10回です。お疲れ様でした」
「確かになかなか効くな」
「そうでしょう。本当はこれを3回繰り返すと良いのですが」
「お前はやっていなかったではないか」
「本当はやったほうがいいのです。一緒にやりますか?」
「無論だ」
俺たちは無言でもう2セットのスクワットをこなした。
3セット目ともなるとかなりキツイ。
一人ではなかなかここまで追い込めないが一緒にやると頑張れる。
筋トレは長官を巻き込んで習慣にしていこう。
俺は勝手にそう決めた。




