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話によると、長官はダンジョン攻略で各地を回っていた頃、エルフの世話になっていたのだとか。
というのも攻略されていないダンジョンは北に多く存在しその幾つかはエルフの森の中にあったからだそうな。
エルフは集団で訪れる人族は歓迎しないが単独で乗り込む人族に対しては割とフレンドリーなのだそうだ。
その感じなんか分かる。
外国人旅行者とかに対してもそうだよね。
ひとりの旅行者なら助けてあげたくなっちゃうけど、ツアー客に親切にする気にはならない。
そして意外な話。
各地にあるダンジョンの中心にある神殿の塔は異世界人の召喚の為に使われていたのではないかと長官は考えているというのだ。
「エルフの世話になってからというものエルフの文明に興味を持ってな。色々と文献を漁っているのだが神殿にある様々な魔法陣や、何かの機能を持っているであろう構造の建築の説明が全く見つからない」
「ははあ。資料を処分して北へ向かったのですね?」
「おそらくそうだ。我々人族に使わせたくなかったのだろう」
とっさに俺は、エルフを拷問して聞き出すのが早いのではないかと思ったが、流石にそれはヤバイよな。
「先人達も塔には何らかの機能がある事には気付いていたのだろう。塔に残っていたエルフの僧に塔の使い方を言わせようと拷問にかけたらしい」
ゲッ。マジでやったのか。
「しかし誰も口を割らなかった。彼らは全員死んだそうだ」
ええと、嬲り殺したのかな?
「軍の記録には病死か老衰とあるが、口を割らない僧を嬲り殺しにしたのだろう。軍のやりそうな事だ」
人族ヤベエな。
「既に、40あった塔の多くは失われてしまった。使い方を知らぬものが魔法陣に魔力を注ぐと塔が壊れるよう仕掛けがしてあったのだ」
ああ、自爆装置ってヤツね。
「エルフの作った街は塔を中心に作られている。地下にも複雑な迷路や水を流す仕組みがあってそれら全てが一瞬にして崩れ落ち、住み残っていた人族もろとも地下深く呑まれてしまったそうだ」
マジか。エルフもやることがエグいね。
「崩れた街はそのまま地下に埋もれ、ダンジョンとなった」
あ、そういう流れなんだ。
「あの、長官がダンジョン攻略したのってエルフの遺跡を調べて塔の機能を探ってたのですか?」
「いや、とにかく家に居たくなかったというのと、魔眼持ちで軍の魔術教練を終了した私がどれだけのことができるのか試してみたかったのだ。その結果、彼らが捨てた文明に興味を持ったのだ。そこからは本を読んでばかりの日々だ」
長官があまりブリッジに居ないのはずっと本を読んでいるからか。
「長官、ひょっとして誰にも邪魔されない書斎が欲しくてこの船を造られたんですか?」
長官はニヤリと笑った。
「まあ、そんなところだ。軍も国もやたらと煩くてな。皆わたしに金儲けをさせたがるのだ。一応仕事として成果を出しつつ、かつ奴らからなるべく離れるには船が一番都合が良かったのだ。幸い金ならあるしな」
「そういえば昨日、長官はあちこち冒険ができればそれでいいと言ってましたね」
長官は背中を椅子の背もたれに預けた。
「そう。世界は不思議な事ばかりだ。この地球は球状でずっと東に向かえば同じ場所に戻ってくると教えてくれたのは異世界人だったという。はじめ誰もそれを信じなかったが、そ奴は太陽や星の動きでそれを証明したとの事だ」
めっちゃ優秀な人だな。
「そのひとは今でも?」
「いや、イリス教の者の手によって暗殺された。イリスの教えに背く邪教としてあっさりな」
俺はぞっとした。明日は我が身だ。
いや、俺は地動説を偉い人に証明できるほど優秀じゃないから大丈夫か。
「そ奴のおかげで季節の巡りも、標のない海洋の真っ只中でも自分の居場所が分かるようになったというのに」
「というと、時計を作ったのもその方で?」
「お、流石に察しが早いな。しかし時計を作ったのは別の異世界人だ。そ奴はまだ存命だ。お前の目の前に居る」
えっ?
「そうだ、ワシも異世界人なのだ」
「マジすか船長? 凄いですね時計作るなんて!」
「それもその筈、ワシは前居た世界で時計職人だったのだ」
「ははあ、、、!」
「しかしラクでは無かったぞ? この世界の言葉も分からなければ、見渡せば異形の者ばかり。死ぬかと思ったわい」
「船長はドワーフに拾われ炭鉱で働いておった」
「そこでお嬢様に出会い、今度はお嬢様に拾われたのだ」
長官は子供の頃、炭鉱で働かされてたんだっけ?
「わたしは魔力溜まりや魔石の位置は魔眼で見えるのだが地盤の事はわからん」
「お嬢様が『あっちにいっぱいある』と言えばそちらに掘り進み『そこは空っぽ』と言えばガスかもしれないからそこを避け、主に魔石を掘っていたのだ。お嬢様が10歳になる頃には石炭や錫鉱石なんかも魔力の通り具合で見極められるようになっていた」
「炭坑の深部となれば幾日も泊まり込みだ。ドワーフ共はみな酔っ払ってすぐ寝てしまう。ロンドは酒を飲まないから唯一の話し相手になってくれていたのだ」
やっぱりドワーフは酒飲みなんだ!
こういうお決まりの設定がちゃんと守られてるとなんか安心するな。
「退屈な真っ暗闇の中でロンドが話してくれる科学の話が面白くてな。月からは地球が月と同じように満ち欠けしているのが見えるとか、摩訶不思議だが納得する事も多くてな。だから、わたしが個人で召抱えたのだ」
おお、男らしい。
「するとロンドは自分が異世界人だと言うではないか」
「それを知ると、お嬢様は馬より早く走る箱を作れとか、空飛ぶ装置を作れとか無理をおっしゃって、、、」
「異世界人はそういうことを言うものと聞いていたのでな」
「ワシが時計しか作れないと知ると随分と落胆してらした」
「風が無くとも進む船とか、遠い場所にいても話が出来る装置とか、とにかく異世界人というとどうにもロマンのある話が多くてな。期待してしまったのだ」
なんだか俺らの感覚でいう宇宙人みたいだな。
「しかし時計が作れるとなると、もの凄い利権なんじゃないですか?」
「まあ、先に大型の振り子時計はあったからさほどでもなかったがな」
「しかしこやつが作ったのは懐中時計。揺れる船上にあっても狂わないというのは革新的な技術だった。それを己だけの物とせず、ドワーフたちに作り方を教え込んだ」
「我が城下の鉄鉱石はあらかた掘り尽くされていたから職のないドワーフが溢れていたのだ」
「ドワーフ得意の技術も盛り込み、贅を尽くした宝飾で飾り付けて王に献上したら話題になってな」
「名だたる貴族が列をなして注文してくるもんだから、量産体制を先に作っておいて本当に良かったわい」
俺はなんだか申し訳ない気持ちになり始めていた。
「長官、船長、先に謝っておきます。僕には特別な技術も役に立つ知識もありません。ただ異世界で暮らした記憶を少し持ってるだけのガキなんです」
長官は穏やかな目で俺を見つめた。
「幼い頃、ロンドに言われたよ。あれこれ噂に聞いた異世界の道具を作れと我儘を言うわたしに、
『お嬢様は毎日パンを食べておいでですがパンを小麦から作れますか? 毎日お召しになっている服を綿花や蚕の繭から作れますか?』とな。
お前は既にわたしの可愛い部下たちの命を救ってくれたではないか。それに報いなければならないのはわたしのほうだ」
船長も深く頷いた。
「医務室に寝ていた連中は陸に戻ってからでは回復が見込めない所まで症状が進んでおった。それがもう立ち上がっとる。お前のおかげだ、礼を言うぞオミクロン」
俺の眼から涙がこぼれた。
あれ、40年も生きてると涙腺が緩むのかな?
いや、そうじゃない。
俺はいままでこんなに人に感謝されたことなどなかったのだ。
成すべきことがあり、認めてくれる人がいる。
たったそれだけのことが、どれだけありがたいことか。
俺はこの世界に生まれ変わって本当に良かった。
今の瞬間、俺はそう思ったのだった。




