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甲板に上がると竜巻は何処かに消えていた。
長官が魔術で消してしまったんだろうか。
数人がセールに乗りマストの様子を見ている。
下から見た感じ折れたり曲がったりした感じはないが、ちゃんと確認するのだろう。
そして、そこいらじゅうからガンガンと船を叩く音が聞こえてくるが、かなりの人数が船腹に取り付き船体を叩いていた。
木槌で叩いて緩んでいる場所とかがないかチェックしてるのだろう。
ブリッジでは士官たちが小さな単眼鏡の下に分度器と定規が付いたような機械で太陽を覗いていた。
船の位置を確認しているのだろう。
日付と時刻と太陽の高さを照らし合わせて経度が分かるんだっけ?
そういえば船に乗って初めて見たな。
ひょっとして迷子になっているとか?
俺は四方八方見渡してみたが、竜巻襲来の前まで見えていた陸地が見当たらなかった。
遭難してるんですか?
そうなんです。
そんなベタな駄洒落が頭を過ぎったが、まあ大丈夫だろう。
船長は優秀そうだったし、食い物も沢山積んでいるし、長官も居るし。
するとメインマストの上の方から声がした。
「駄目です! 陸地、確認できません!」
「監視を続けろ!」
「了解!」
結構切迫詰まってる声色だな。
ヤバイのかしら?
長官は何処だろう?
自室に戻ってるのかしら?
そこへ副船長が通りかかったので聞いてみた。
「あの、バルゲリス長官は?」
「海佐は魔力切れを起こして自室で休まれている」
マジか。
「様子を見に行っても?」
「許可する。行け」
俺はすぐさま作戦室に向かうとドアをノックした。
俺の部屋でもあるのだから黙って入っても良いのかもしれないが着替えていたりしてラッキースケベな展開になっても困るから一応ノックだ。
すると白衣を着た長身の男がドアを開けた。
船医なのだろう。
そんな悪いのか。
魔力切れは下手すりや死ぬって言ってたもんな。
「キミは?」
「あ、バルゲリス長官の小間使いです」
「チッ、お前がか」
船医は舌打ちした。
「海佐は弱っておいでだ。何もさせるなよ」
何も、ところをやけに強調して言うと船医は半歩退いた。
頭を下げて横を通り過ぎたがもの凄い勢いでメンチを切られた。
地味に傷つく。
ベッドに近づくと長官がこちらを見た。
「おお、来たか、、、。お前は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「そうか、、、」
なんだよ、マジで死にそうだな。
大丈夫なのか?
「あの、魔石になりかけの吸魔石がありますけどお使いになりますか?」
「ああ、お前の腰に付いてるやつか、、、。いや、いい、、、。吸魔石から魔力を取り出すのには魔力が要る。今は無理だ」
そう言うと長官は目を閉じた。
「僕にできることは?」
「いや、ない。気にするな。これくらいでは死ぬことはない」
本当かしら?
船医を振り返ると船医は肩をすくめた。
どういう意味?
「ハンモックに移られますか?」
「必要ない、、、いや、一応吊っておいてくれ。腰が辛くなったら移る」
俺は頷いて今朝物入れにしまったハンモックを取り出し、移りやすいようベッドの近くに吊った。
昨日教わったように先に梁にロープを掛け、それをハンモックの端に結びつける。
高さは膝の高さだ。
「用意できました」
「うむ、後ほど使わせてもらう」
「他に僕にできることは?」
「ない。皆を手伝ってくれ」
「はい、では」
俺は長官に頭を下げて踵を返した。
部屋を出ると船医も着いてきた。
何か言われるのかと思ったら、
「では早速、私の手伝いをしてもらおうか」
そう言ってずんずん先を歩き出した。
「水魔法が使えるそうだな?」
「はい、少し」
「清潔な水が足らない。手を貸してもらうぞ」
甲板を経由して前寄りの昇降孔から降りると、医務室なのだろう。そこには大量にハンモックが吊られ10人近い患者たちが眠っていた。
「その樽に真水を出せるだけ出してくれ。さっきの嵐で倒れて空になってしまった。くれぐれも樽を壊すなよ?」
俺は言われるがまま樽に水を入れ始めた。
船乗りはみんな兵士だから水魔法くらい使えるはずだがみんな船の修理で大忙しだ。
俺は船なんか直せないから適材適所ってヤツだな。
樽を水で満たすのは得意だ。
俺は村で何万回もやったように球にならないウォーターボールを打ち込んでいった。
詠唱はなしだが身体が感覚を覚えている。
昨夜魔力のコントロールの感じも少し解ったので多めに出す。
途中で気付いて俺の手に触れないよう離れたところから水になるようにした。
俺の手の雑菌が入らないよう、今更だけど一応ね。
黙って樽に水を落としていると船医が覗きにきた。
半分ほど水が溜まっているのを見ると目を見開いた。
今は蛇口を多めに捻ったくらいの水量を出していたところだ。
「お前、その勢いで出してて大丈夫なのか?」
「はい」
「、、、、そんな出し続けるって、どんな詠唱を使うんだ?」
「あ、詠唱はいらないです」
「なんだと?」
「昨日、長官から魔術のコントロールを少し教わりまして」
船医は暫く俺の手元を見つめていたが、すぐに焦ったように止めた。
「もういい! それだけあればここは充分だ」
「はい」
船医は俺の手首を取って懐中時計を見ながら脈を測り出した。
「普段からこんなに魔力を消費しているのかね?」
「そうですね、普段はもうちょっと細切れですかね」
「頭痛や倦怠感、息切れは感じないかね?」
「あ、大丈夫です」
船医は俺を見定めるように俺の目をじっと見つめてきた。
なんだか恥ずかしい。
船医は面長ではあるが中々のイケメンなのだ。
長身の白衣のイケメンとなったら、俺にはそっちのケはないが、強く求められたら断れないかもしれないじゃないか。
「今まで魔力切れを起こしたことは?」
「ありませんね」
「初めての時は良く分からないまま魔力切れを起こす事がある。くれぐれも無理はしないように。自分の体調と相談しながらだ」
「わかりました」
そこに別の男が割り込んできた。
「先生、診察中に邪魔して申し訳ない」
「おおロッコ、構わない。どうした?」
「厨房の樽に海水が入っちまったんだが、こっちはどうだ?」
「今溜めてもらったところだ、これを半分ほど持って行くといい」
「すみません助かります」
「水ならまだ出せますよ?」
人助けのつもりで申し出たが、コックには馬鹿にしたような目を向けられてしまった。
「ありがとうなボウズ。だが皿を1〜2枚洗おうってんじゃねえんだ」
「いや、ロッコ。こいつはこの量を、ものの10分で出したんだ」
ロッコ氏は目を見開いた。
不精髭を生やした肉厚な顎が逞しく割れており、着ているタンクトップは筋肉で押し広げられて今にもはち切れそうだ。
頭はキレイに剃り上げられた坊主頭。
これまたソッチ系では需要がありそうなタイプだが俺はちょっと勘弁だ。
壊されそうで怖い。
「マジかよ、まだイケるか?」
「大丈夫です」
「そりゃ助かる。水を運ぶのは骨が折れるからな。名前は?」
「オミクロン。オミです」
「よし、来い。オミ」
ロッコ氏に着いて医務室を出て行こうとすると船医に呼び止められた。
「おい、キミ。オミクロンか。くれぐれも無理は禁物だぞ」
「わかりました」
俺まで魔力切れを起こしたら大変だからな。
俺は一礼をして医務室を後にした。




