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「さて、じゃあまだ少し早いが寝るとするか」
長官と同衾てのはさっき聞いたけど、、、
まさか本当にソッチのアッチもナニする感じなのだろうか?
「これをそこの梁に下げると良い」
ハンモックを渡された。
安心して欲しい。
俺の貞操は守られたよ、イータ。
ここでもまたロープワークか。
と、もたもたしていると長官が手伝ってくれた。
「ハンモックは初めてか? 先に梁にロープをかけて、ここはこう結ぶと長さが調整し易い」
「あ、なるほど」
なんとなくだが、ハンモックって胸の高さくらいに張るイメージだったのだが、長官は膝の高さくらいに吊ってくれた。
こうするとベッドの乗り降りと同じ感覚で使えて便利だし、落ちる恐怖もない。
簡易的な椅子の替わりにもなるし非常に快適だった。
「あー。縦に使うのもいいが、横に使ったほうが寝やすいぞ?」
ハンモックの方向に沿ってバナナ状に寝ていた俺を見て長官がアドバイスをくれた。
確かにハンモックに対し横方向になると身体が真っ直ぐ伸びてベッドに近い寝心地になった。
しかも端が少し持ち上がってちょうど枕くらいの高さになる。
完璧だな。
色々試すと、縦に使ってロープの結び目に寄ると背中が立ってソファのような座り心地になる。
これはひょっとして読書やゲームに最適なガジェットなのではないか。
俺が初めてのハンモックで遊んでいるうちに長官は壁面に収納されていたベッドを引き出した。
壁側が蝶番で止めてあり逆側は鎖で壁に吊ってある。
「ハンモックの方が船の揺れを消してくれるから本当は良いのだ。自室持ちの士官以外は全員ハンモックだから慣れておけ」
「はい、ありがとうございます!」
長官の口振りだと普段は長官もハンモックっぽいな。譲って貰っちゃって申し訳ないな。
そう思いながらもナイスなポジションを見つけてしまった俺は眠りに引き込まれていった。
◇
目が覚めた。
寝返りを打とうとしても身体が転がらない。
転がろうとしても中央に転がされてまた仰向けに戻されてしまう。
しかし俺は横向きになりたいのだ。
その場で反転しようにもハンモックの布が吸い付くように身体に密着して中々上手く反転できない。
手や足で踏ん張って腰の辺りを浮かせようとしても身体の動きに合わせて布も動くのでどうにも身動きが取れないのだ。
今まで知らなかったが俺は寝返りを打つ人間だったのだな。
どうにも辛くなってハンモックから脚を下ろして起き上がった。
すると長官もベッドに腰掛けて起きている。
「どうしたんですか?」
「お前こそどうした?」
「いやあ、ハンモックは寝返りが打てなくてなかなか辛いっすね」
「そうか、じゃあ替わろう。お前はベッドで寝ろ」
「すんません」
「よい」
俺たちは寝床を交換してまた寝に入った。
ベッドは確かに船の揺れが伝わり頭がゆっくりと上がり、と思うと今度は下がりと落ち着かない。
しかも船腹を打つ波やマストに受ける風までが伝わってきてほぼ常に細かく振動している。まるで列車のようだ。
そうだ、この感覚は寝台列車だ。
ゆったりと大きな揺れと細かな振動。
俺は子供の頃、寝台列車で旅がしてみたくて親にわがままを言って夏休みに北斗星号に乗って北海道に行かせて貰ったことを思い出した。
苫小牧まで行って朝飯を食って戻るだけの退屈な旅に親父は付き合ってくれた。
貴重な休みをそんなわがままに費やしてくれて、思えば優しい親父だったんだな。
もの悲しいような、それでいて胸が温まるような気持ちになっていると、長官の深い寝息が聞こえてきた。
ハンモックは長官にとっては安眠アイテムなのだろう。
長官の寝息を聞きながら俺は寝返りを堪能し、深い眠りに落ちていった。




