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まもなくすると八点鐘となり俺たちはオールを漕ぐスペースに降りてきた。
天井は低く、収納されたオールが桟のように張り巡らされて、俺たちはそれらを跨ぎながら所定の位置に付いた。
「次のタッキングは取り舵だからこっち側の櫂は下に流してこっち側を漕ぐ。いいな?」
櫂の数は片側4本ずつ。
タッキングの方向転換の手助けに片側だけ漕ぐ手筈なのだろう。
なるほど、風と舵だけではあれほど早く方向を切り替えることはできなかったのか。
確かに最初のタッキングの時は風が切れてたから、もたもたしてたら船が止まってしまっていたかも。
あれ、逆かな?
帆が張ったままだと逆風で失速しちゃうから櫂で漕ぐのかな?
尋ねてみようかと見るとキコはまた寝てしまっている。
見回すと他の船乗りも全員が櫂に寄りかかって寝ていた。
船乗りってのは良く寝る連中なんだな。
風と日差しとハードワークで疲れるのか、それとも停泊中も揺れて寝れないとかあるのかな?
確かにここは狭いし暗いし、櫂を出す窓の隙間から見えるのは海面だけで退屈だし、ここでは寝るのが正解なのかもな。
そう思い、俺も目を瞑った。
と、突然の怒号に目を覚ますとタッキングの合図があったらしい。
両側のオールを下ろすと片側だけに取り付いて櫂を漕ぐ。
もうどちらが進行方向なのかも分からないが1本の櫂に二人が付いて必死に漕ぐ。
オールは太く重く、操作しづらいことこのうえない。
なにしろ外もロクに見えないから進んでるのかどうかも分からない。
オールの先が海を掴んでいる感覚だけが頼りだ。
そして8人が動きを合わせないとお互いの櫂がぶつかり合ってしまう。
焦り過ぎず急ぎ過ぎずテンポを合わせて漕いでゆく。
「よーし、やめ!」
ブリッジからようやく合図があった時には全員が汗だくであった。
俺たちは会話もなく、櫂にもたれて息を整えた。
「ふう。これで今日のタッキングは終いだ」
「あ、そうなんですか?」
「ああ。暗くなる前に必要なだけ陸に近づいたら後は停泊準備だ。上にあがろう」
梯子を登ってデッキに出ると全員が同じ方向を見ていた。
ブリッジの連中は単眼鏡でだ。
そちらを見ると航行跡のような海面の裂け目が目に入った。
ただ、船は無い。
「なんです、アレ?」
「アレはウミヘビだ」
「ええっ、デカくないですか」
「ああ、あの感じだとこの船の2倍はあるんじゃないか?」
「マジすか」
すると上の方から声がした。
「報告! 連中、こちらに気付いてないようです!」
連中、てことは複数なの?
気付くとバルゲリス長官が隣に立っていた。
無言で単眼鏡を渡してくる。
受け取って覗いて見ると、超巨大な長い生き物が数頭絡み合うように泳いでいるのが見えた。
お互いがのしかかるように上を取り合っている感じだ。
ウツボを超巨大にしたような見た目をしている。
凶悪な顔、太い胴、趣味の悪いまだら模様。
海水浴中に絶対に出逢いたくない生物ナンバーワンだ。
「アレ、何してるんです?」
俺はバルゲリス長官に単眼鏡を返した。
「分からん。仲間同士のグルーミングに見えるがな」
「グルーミング?」
「お互いの身体を擦り合わせて寄生虫を取ってるのではないかと思うんだがお前はどう思う?」
「ああ、確かにそんな感じですね」
「だろう? アレに気づかれると同じようにジャレ付かれて船は粉々。船員は全員食われる」
船にのしかかってくる巨大ウミヘビを想像して俺はぞっとした。
その死に方だけは勘弁願いたい。
「海佐の魔術でも退治は無理ですか?」
隣にいたキコが質問した。
「1頭2頭くらいなら切断できると思うが、奴らがミミズみたいに暴れたらどうする?」
あのサイズ感の生き物がつままれたミミズ並みにビチビチしたら、それこそひとたまりもない。
俺は改めてぞっとした。
「試してみたいとは思わんな」
俺とキコは唾を飲み込み深く頷いた。
長官はニヤリと悪い笑顔を見せると踵を返し船室へ戻っていった。




