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テントに案内され、自己申告票なるものを書かされる。
名前、年齢、出身地、武術の経験など。
それ以降はチェックシート方式だ。
読み書き、計算、乗馬、魔術、得意な魔術などなどさまざまな項目をチェックしていく。
それが終われば次のテント。
こちらは健康チェックだ。
予め王子に聞いていたから驚かなかったが、全裸になって尻の穴まで見られる。
何でそんなことを?
と王子に聞いたら割礼の有無や男色の傾向、性別の偽装などをチェックする必要があるとのこと。
世が世ならハラスメントだぞ。
これでアカデミーにおいては『お前、女だったのかー!』のパターンの芽は摘まれた。
男装の令嬢というのはロマンだというのに。
ちなみに俺の設定は、ポリオリの農家出身の孤児で試しに文字を教えてみたらあっという間に覚えたので才能を見込んで城に召し上げられたという事になっている。
大量発生したコウモリの襲撃から身を挺して王子を守ったのを評価され叙勲したと。
仕方ないとはいえ心が痛む。
何がって父さんや母さんに申し訳ない。
僕は孤児ってことになってしまいました。
それらが終わると今度は渡された受験票を持って校舎へ向かう。
ここからは王子とは別個になった。
先ずは面談だ。
時計が読めるかとか簡単な算数とか、渡された文章の音読とか。
以前ルカにやられたのと同じ感じ。
そういえばルカは教師代理だったもんな。
今回違ったのは試験官が音読した文章を書かされたこと。
なるほどね。
確かにこれは当てずっぽうにはできないわ。
次は外で魔術。
これも王子に予め指導されている。
下手にデカい魔術を使うとアカデミーを飛び越えて実戦投入されてしまう危険があるためウォーターボールやテンペストで誤魔化しておけとの事だった。
しっかり詠唱して普通の威力の魔術を見せる。
テンペストもしっかりと教わっておいて良かった。
お次は剣術だ。
皮の防具を身にまとい頭の禿げ上がったおっさんが試験官だった。
他の試験官がきっちり軍服を着ていたので流石に剣術は実技試験なのだなと思わされる。
いつもやっている型の練習があったらやって見せろというので、王子に教わった型をみせる。
すると好きな木刀で掛かって来いと言われたのでダガーサイズの短い木刀を選び、試験官と相対する。
試合開始の掛け声と同時に木刀を弾き飛ばされた。
いきなりの本気である。
びっくりした。
「さあ、どうする?」
と上段に構えた状態で問われたので遠慮なくタックルさせていただく。
流石に自分の倍ほどもある巨漢の試験官を簡単に転がす事はできず膠着した。
すると上から首を取りに来たので何とか逃れて逆の膝を取り直してようやくテイクダウン。
それで終わりかと思いきや上体を起こして足を抜いて来たので慌ててマウントを取る。
それでも両手でこちらの腰を押して抜いて来たのでそれ以上寝技に付き合わずにさっき落とした木刀を拾い上げて、起きかけていた試験官の首を狙う。
それも足を払われ腕を掴まれ止められてしまった。
なんとか有利ポジを取られないよう奮闘するが流石に体重差があり過ぎる。
力ずくでねじ伏せられ腹の上に膝を乗せられ首筋に木刀を押し当てられて固められてしまった。
それでも試験官は満足気に笑った。
「いいぞ、お前は良い兵になれる!」
「ありがとうございます!」
「戦場においてはな、剣の勝負は倒されてからが勝負なのよ」
「はい」
「お前の駄目なところは周りを見てないところだ。お前は自分の味方がこうして転げてたらどうする?」
「助けますね」
「そうだろ? お前、組み合って顔が地面に押し付けられてる時に目を瞑ってるだろ」
「はっ、そういえば」
「地べたで転げてると目に砂が入るから目を閉じたまま相手の動きを感じて動くのは間違いじゃない。ただこれが戦場だと命取りになってくる」
なるほど。
マジでそうだな。
「ありがとうございます!」
「よし、お前は合格だ」
そんなペラペラ喋っちゃって良いの?
「後は何の試験だ?」
「後は乗馬ですが、今日は馬を連れて来ていないので明日にでも受けようかと」
「騎馬武術じゃなくて乗馬?」
「下手くそなので乗るのがやっとなんです」
「騎兵を目指すんじゃないのか」
「はい、魔術兵が向いているかと」
試験官は俺の手の短い木刀をチラリと見てから机に置いてあった受験票を手に取って改めて見た。
「ポリオリ王子の付き人とあるが?」
「はい」
「戦場で、、、いや授業や演習で主を守らなくて良いのか?」
「あ、、、、」
そうか、普通はずっと一緒に授業受けてお側で守るか。
場合によっちゃ敵対国から意図的に怪我をさせられたり、なんなら殺されかねないか。
本当の主従関係ではないし、お守りするように言いふくめられている訳でもないが常識的にはそういう役割だよな。
「知らんのかもしれないが、魔術兵というのは拠点防御が主な配置になるのだぞ?」
そうだよね。
でも王子が魔術兵がいいんじゃないかって言ってくれたんだよな。
どうしたもんか。
「お前、今日の午後に乗馬の試験を受けに来れるか?」
「大丈夫だと思います」
「じゃあそうしろ。俺が見てやる」
「え、あの」
「今から騎兵を目指せるかどうか見てやる」
「あ、はい」
「宿は近いのか?」
「東街にあります」
「じゃあすぐだな」
「あの、甲冑とか防具とか持ってないんですけど」
「構わん。そのままで来い」
なんだか思ってなかった方向に話が転がって行くな。
王子やロレンツォさんとも相談しなければ。
校舎に戻ると王子がベンチに座って待っていた。
「時間が掛かったな」
「すみません、みっちり見てもらいまして」
「ふむ。では行くか」
「あの王子、僕は今日の午後に乗馬の試験を受けることになりました」
王子が片眉を上げる。
「試験官の方が、僕が今から騎兵を目指せるかどうか見てくださるとの事で」
「ほう、気に入られたのか」
「そう、、、なのかも知れません。あの、王子も僕が一緒に騎兵の授業に出れた方がいいですよね?」
王子が意外そうな顔をする。
「まあ、、、、、、普通ならそうなのだが、、、、」
「え、何か」
「あー、我にもちょっと軽々には答えられんな」
「ひょっとして機密に関する何かですか?」
「いや、そんなんじゃない。まあロレンツォと話そう。奴の方が説明がうまそうだ」
校門へ戻るとロレンツォは木陰で立ったまま待っていてくれていた。
「どうでした?」
「上々だ。問題ない」
「流石でございます」
「それは良いのだが、、、、」
歩きながら先程の顛末をロレンツォに聞かせる。
「なるほど、もちろん我々としてはありがたいのですが、、、、」
「やはり姉君に相談か」
「どういう事です?」
尋ねるとロレンツォの歩みが少し遅くなった。
「オミ殿はバルゲリス家に忠誠を誓っている訳ではありませんよね?」
お、そういう話か。
「オミ殿はあくまでもリサ様のお客人な訳です」
「でも王子も以前『我を一人で戦地に行かせる気か』みたいな事を言ってましたよね」
「それは我も迂闊な発言だったと反省している。しかしお主を最前線に引き摺り出そうなどとは思わぬのだ」
ん、どういう違いがあるのだろうか。
「王子はもちろん王族ですから戦場に出て負けても捕虜になるだけで殺されることはまずありません」
ああ、俺は殺されるのか。
「我々は王家に忠誠を誓っておりますから命を投げ出す事も厭いませんが、、、」
なるほど、俺が決めなきゃいけないのか。
武士とは死ぬことと見つけたり、か。
昨日アウグストに思ったことが自分に返ってきてしまったな。
「まあ、、、とりあえず乗馬の試験を受けますね。それで駄目だったなら今決断しても無駄になっちゃいますから」
王子もロレンツォも無言で頷いた。
ずっと流されるままに来たけど、これはちょっとした正念場だな。
お供したい気持ちはもちろんある。
ただ、命ってそんなに簡単に賭けて良いものだろうか。
そもそも俺は何のために生きているのだっけ?
なんだか根本的な問いが出てきてしまったな。
誤字報告ありがとうございます!
感想もありがとうございます!
みなさんのおかげでやっていけます!




