25
フラフラと船長室に戻るとバルゲリス長官は居なくなっていた。
代わりに副船長が待ち構えていた。
「お前に服をあてがえとのことだがこの船には子供服なんぞない。しばらくこれでも着ておけ」
渡されたのは頭陀袋に頭と腕を出す穴が開けられただけの服。
奇しくも嫁とペアルックになってしまった。
「それと、それもつけとけ」
指差す先を見ると俺のフンドシが落ちている。
どうやら俺は全裸フルチンで尻を突き出しゲロを吐いていたらしい。
いそいそとフンドシを巻くと戸口に別の男が立っていた。
白髪まじりの髭を生やした、ザ・船長という感じの初老の男だった。
全体的に四角くてどこに触れても硬そうだ。
背は低いが全身からパワーが漲っている。
「船長! こ奴が例の小僧です!」
ほら、やっぱり船長。
「名は?」
「はい! オミクロンと言います!」
「ふむ、バルドムが天才を見つけたと言ってた奴か。読み書き計算を4日で習得したクセに魔術が使えないとか」
「おい、答えろ!」
「はい! その通りです!」
「ふむ、天才なのなら船の仕組みや航海術にも興味があるのだろう。働け。教えてやる」
「はい! ありがとうございます!」
「よし、乗船を許可する! 後は任せた」
船長は踵を返すと部屋を出て行った。
おいおいなんでこうなった?
なんか空気に呑まれて船乗りになっちまったよ。
誰があそこで「仕事は嫌です村に帰りたいです」と言えただろうか?
むりむりむり。
そんなこと言える感じじゃなかった。
てか、長官の小間使いてのはどうなった。
魔術トレーニング編が始まるんじゃなかったの?
そんな俺の思いを他所に副船長は俺を連れてデッキへ出た。
「聞け! コイツが新入りのオミクロンだ。バルゲリス海佐の直属となるが陸に上がるまでは皆と働いてもらう!
、、、そうだな、キコ。お前が面倒みてやれ」
甲板に居たのは10名ほど。
乗船した時にはもっと居たから大半は中で休んでいるのかもしれない。
キコと呼ばれた男は20代前半くらいのシャツの前をはだけた眠そうな目つきの細身の野郎だった。精神的な太々しさを感じる。、
もっと若い船員もいるから下っ端ということではなくサブリーダーという感じなのだろう。
「よろしくお願いします!」
「ああ、1度目のタッキングがそろそろだから手短に説明するぞ」
「タッキング?」
「チッ、そこからかよ、、、」
嫌な顔をされてしまった。
異様な早口で説明されたことによると、タッキングとは方向の切り替えのことらしい。
理屈はよく分からんがとにかく今は帆を動かして進行方向を切り替えるのだそうな。
「ようし、引け!」
当てがわれたロープを懸命に引く。
ギュウと引っ張るのではなくてクルクルと滑車を回していく。
動きは渋くかなり重い。
そしてどんだけ続ければ良いのか分からない。
腕がパンパンになって握力も無くなってきたころ、
「よし!」
と声が掛かり、帆がボンと大きな音を立てて風を受け、船が傾いだ。
見上げると2本のマストに張られた帆の角度が変わっていた。
さっきまでは右側が前に出ていたが今は左側が前に出ている。
マストって回転するんだ、、、!
俺はそんなことすら知らなかった。
帆はぱんぱんに風を孕んでいる。
帆は向かい風を横に逃がすように受け、船首は風の来る向きに対して45度くらい開いているが、これを繰り返せば確かに風上に向かって航行していることになる。
ジグザグ航行って感じだな。
思えばずっと不思議だったのだ。
風だけを頼りにどうやって行きたい方向に船を進められるのか。
そうか、逆風でも前に進めるんだ!
至る所にあらゆる方向に無数のロープが張られているが、これら全てに意味があって全員でこれらを操作して船を操っているのか。
なんだか凄い乗り物だな。
きっとアホみたいな顔で帆を見上げていたのだろう、
「どうした? 船は初めてか?」
キコが聞いてきた。
「はい! 初めてです! 帆船って凄いですね!」
アホみたいな返事をしてしまったが本当にそう思ったのだ。
キコは鼻で笑うと日陰に腰を掛けた。
「次のタッキングまでたぶん1刻はあるから日陰に居ろ」
「はい」
いろいろ聞きたいことはあったのだがキコ氏は目を閉じて寝てしまった。
他の船員はと見回すと、みな自分の持ち場は離れずその場で休んでいる。
風向きや海流の突然の変化に対応するため、2時間も空きがあってもその場に居なきゃならないのだろう。
中々に大変な仕事だ。
そういえば船酔いはさっき吐いたせいか治っている。
船は相変わらず揺れているが大丈夫だ。
すでに克服したのかもしれない。
この世界の俺の身体は優秀だな。




