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アルトマンたちに見送られ宿を出ると市内を抜けて北東にある門へと向かう。
岩場に囲まれている関係上、門は二箇所しかないのだそうだ。
途中でパンや食材を購入していく。
こないだポリッジを食べたパン屋で三日分のパンをドサっと買ったら女将は目を丸くしていた。
旅をする集団の買い物の仕方に慣れていないのかも知れない。
他にも塩漬け肉やチーズを手に入れた。
旅も終盤に差し掛かり、懐具合に余裕がある事が見えてきたのだそうだ。
確かに長雨で停滞だとか、貴重品を失って買い直したりみたいなトラブルはなかったもんな。
むしろ盗賊の馬を接収したので臨時収入すらあったほどだ。
そしてこの先は王都まで大きな都市や国はなく、小規模な村しかないとの事。
門の手前で出国手続きをする。
「この門の先にもスラムが?」
「いや、ここは農家の出入りが多いからスラムはない。こっちに辿り着いた自由民も南のスラム街に連行されるのさ。アイツら、少しでもリンゼンデンに流れてくれれば助かるんだがな」
「この先、魔物は?」
「出るのは猪だけだ。出会したら退治してくれると農家に喜ばれるぞ。肉も分けてやれば野菜を山ほどくれるだろうさ」
うーん、なんだか平和だ。
野菜たっぷりの猪鍋とか食いたいな。
「世話になった」
「良い旅を」
門をくぐり、岩壁の通路を抜けて街道に出れば、道の両側に農地が広がっていた。
広大とは決して言えない広さだが、道端のところどころに掘り出された木の根が放置されているのを見るに、頑張って少しづつ拡張してはいるようだ。
今まで、抜かれた木の根というのをあまりまじまじと見た事がなかったけどかなり大きいんだな。
これを抜くのは大変な労力が要ったことだろう。
農地が広がらず、石高が上がらないというのも頷ける。
となると農作物はさぞかし高額なのだろうな。
普段の買い物の財布はロレンツォが握っているのであまり国ごとの物価の違いを気にしてこなかったが、やはり違うのだろうか。
ロレンツォに訊いてみる。
「ディーヌベルクはやはり物価が高かったですか?」
「そうですね。ポリオリも高い方だと思いますが、それでもパンひとつとっても倍はしましたね」
「倍?」
「食料品に限ればバルベリーニの三倍以上ですね」
そんなにか。
王子とアウグストも目を丸くしている。
「王都と近いこともあって王都価格なのかも知れません」
「あ、王都もお高いんですね?」
「全ての物資が周辺国から集まりますから安くなりそうなもんですけども、これが中々」
都会の物価が高いのは何処も一緒だな。
「それはそうと、気をお引き締めください」
後ろを振り返ってロレンツォが急にそんな事を言うので驚いた。
つられて後ろを見てみると、何人かの冒険者っぽい武装集団が岩壁の通りを抜けてきたところだった。
ああ、身代金目当ての追い剥ぎか。
「馬が居ないのは助かりますが、この調子で農地が続くと森に入ってやり過ごすことが出来ません。少々急ぎましょう」
俺たちは馬を走らせた。
ちょい早めの速歩くらい。
暫く歩を進めてから振り返って見ると、追い剥ぎを振り切ってゴマ粒ほどになっていた。
「大丈夫そうですか?」
「馬は人よりも早いですが、それにしたって休憩が必要ですからね、、、」
「夜間行軍する感じですか?」
「必要であれば、あるいは」
「本当に追いつくのか? あいつら歩いておったぞ?」
さて問題です。
Aくんは時速10kmで進みますが一時間ごとに10分の休憩をします。
Bくんは時速5kmで休憩をせずにAくんを追いかけます。
Aくんは六時間後に長い睡眠休憩を取ろうと思いますが、Bくんは何時間後にAくんに追いつきますか?
ええっと、我々が六時間で進むのは50km。
追い剥ぎは30km。
そこで寝るとすると四時間後、我々が夢の中にいる頃に追いつくのか。
彼らは歩いても追いつく事を経験的に知っているのだろうな。
残業必至のキツイ仕事だが、寝込みを襲ってしまえば相手が騎士でもどうということもない。
成功すれば馬を奪うだけでも大儲け。
王族の身代金までせしめる事ができれば底辺職からの早期リタイアが可能だ。
なるほど、良い仕事だ。
俺もやろうかな。
「追いつきますね。普段通り日が落ちて野営すると、夜中になる少し前に追いつかれます」
「計算したのか?」
「ええ。ざっくりとですが」
「ふむ。ならば待ち伏せして迎え撃たねばな」
確かにそうなのだけれどもさ。
でもなんか、やる気満々で少し嬉しそうな王子は武闘派ヤンキーみたいになってきたな。
行く末が心配だ。
「後発が居ないとも限りません。なかったとしても十名程のように見えましたからできれば避けたいところですが、、、」
ロレンツォは穏健な意見を出した。
確かに戦力が二倍を超えるのは幾らなんでも危険だよな。
向こうがどんな手を使うか分からないし。
王子は馬の背に揺られながら頭を捻った。
「ふむ、十名から二十名といったところか、、、なあオミ、フレイムピラーを横向きに撃ち出すのは可能か?」
「え?! やった事ないです!」
物騒が過ぎる。
二十人を一息に殺そうとしないで欲しい。
「もし雨が降ったならテンペストで地面に転げさせて濡らしてからライトニングが良いのだがな」
「いやいやいや。それ、濡れ具合によっては僕らもヤバいですって」
「ある程度離れれば大丈夫だろう? 魚だって死なずにまた泳ぎ出すのだ」
「危な過ぎですって!」
王子は不満げな顔をした。
「オミの良くないところが出ているな。悪人というのはそれ相応の報いを受けさせんといつまで経っても改心せんのだぞ?」
いやいや、殺すつもりでしょ?
「だからって王子を危険に晒しては、、、」
「我が誰だって?」
「え? 、、、あ、、、クーゲル卿?」
「そう。そもそもはオミが迂闊に我を王子などと呼ぶから危険が迫っておるというのに自衛をするななどと言うのはどういう了見なのだ」
「え! 僕が王子を王子と呼んだからではなくて牢屋でロレンツォさんとアウグストさんが身分をバラしてゴネたからでしょう?」
ロレンツォとアウグストが気まずそうに顔を背けた。
「まあ、何にせよだ。あらゆる可能性を前もって想定しておれば不慮の事態に遭っても落ち着いておれるだろう?」
「ぐぬ、、、」
なんだか良いように言いくるめられた気がする。
「オミ殿のフレイムピラーを見ればそこらの冒険者なぞ、腰を抜かして逃げ出すに決まってますよ」
アウグストが安直な提案をして、それを王子が嗜めた。
「この辺りを火の海にしてどうする?」
さっき横向きフレイムピラーとか言ってなかったか?
「あ、良い案を思いついた。オミのウォーターボールで野盗を水浸しにして、我がそこにライトニングを落とせば良いではないか」
「お、それは良い案ですね。被害は最小限。それなら死者も出ないでしょう」
ロレンツォがそう同意して手を打った。
まあ、確かにこっちが感電することもなく、畑に火が着くこともない。
まあ、そもそもこの辺りは野菜畑で、乾燥させている麦や稲がある訳ではないのだが。
「一網打尽で全員を気絶させられなくとも数を減らせられれば迎え撃てますね!」
アウグストが物騒な事を明るい声で言った。
「では、その線で行きましょう。時間はたっぷりあります」
ロレンツォがそう話をまとめて、追い剥ぎを迎え撃つのに適した場所を探す事になった。
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