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「バーゼルか、、、雪が多い所でよ、、、」
「そう。一年の半分は雪に覆われてるな」
「恐ろしく貧しい所よ。山の中でよ。仕事なんて木こりか猟師しかねえんだわ」
「あと養蜂な」
「そうそう」
「あ、皆さんバーゼルで?」
「そう。戦後に王都がバーっと大きくなってった時期は木材も蜂蜜も高値で飛ぶように売れて儲かったらしいんだが、それもあっという間にお終いよ」
なんか日本の高度成長期の山村のような話だな。
「養蜂は各国でみんな始めちまったし、新しく建物を建てれる土地にはもう全部建てちまった」
うへえ、辛い話だ。
「確かバーゼルにはダンジョンもある筈だが」
「最北のな。そりゃもう雪と氷でカチンコチンよ」
「ごくたまに物好きな連中がやって来てはカンカンやってるが、まあ良い話は聞かないね」
「夏でも溶けないのですか?」
「夏は湖みたいになってるよ」
「恐ろしく冷たい湖な」
「ああ、、、」
そりゃ無理だわ。
ほぼ手付かずの宝の山があるってのに恩恵が何もないな。
潜水服や水中ボンベが作れればその時は活況を取り戻すだろう。
「そういや、何でそんなバーゼルに案内が必要なんだよ」
「そうだよ、やっぱダンジョンか。魔術で水を取り除くとか?」
訊かれると王子はロレンツォと視線を合わせた。
何か内緒の話があるらしい。
ロレンツォが頷いた。
それを見て王子が意を決したように話し始めた。
「特に隠されている話ではないのだがな、、、しかし内密にして欲しい」
「大丈夫だ。俺たちには紐は付いてねえ」
「頼むぞ、、、我の姉を知っているようだったが、姉がエルフの魔術を習ったという逸話は聞いておろう」
「ああ、有名な話だ」
「それはバーゼルの少し北の辺りでのことらしいのだ」
今度はアルトマンたちが視線を交わした。
アルトマンは腕を組み、眼を閉じて顔を空に向けて黙り込んだ。
こちらも秘密があるらしい。
「あー、、、折角? 内密な話を腹割って話してくれたんだ、、、なあ、おい?」
了解を取るように顔を見合わせる。
確認が取れたように頷くとアルトマンは続けた。
「そうなのよ。バーゼルはエルフと繋がってる」
なるほど。
これは両者ともに内緒にしたいわな。
誰もがエルフの魔術やダンジョンの仕組みを知りたがっている。
王都などはダンジョン化する前のドームの機能を使い続けていると聞く。
どんな犠牲を払ってでも手に入れたい情報をエルフは持っているのだ。
しかし下手に手を出せば王都を丸ごと沈められかねない。
手が届く位置に居るのに手を出せない存在。
それがエルフなのだ。
人類にとっては突然自分たちを捨てた憎むべき相手でもある。
何万人もが地に呑まれ、その後の混乱期でも数多の血が流れた。
その原因を作ったのがエルフであるという認識が広く共有されているのだ。
もちろん俺から見れば自業自得という奴なのだけど、ほら人族ってのは都合が悪い事は他人のせいにする他責癖があるからさ。
そのエルフと何らかの繋がりを持っているとなれば、あらゆる勢力がそれをあらゆる方向で利用しようとするだろう。
それが平和を求めるものであれ、対立を助長するものであれ。
「その繋がりがどういうものか聞いても?」
ロレンツォが控えめに尋ねた。
「いや、ゆうても細々と農作物のやり取りがあるだけだと思うぜ? 俺らも詳しくは知らないんだ」
「そう。定められた農家だけが決まった時期にだけ取引をしてるらしくてよ、気軽に行き来してる訳じゃねえんだわ」
「そうそう。俺らが山に入ってて、うっかり北に寄りすぎると無言で矢で射られてよ。慌てて逃げ出すんだ」
「お前が言ってる案内ってのがエルフと繋げって話なら無理だぜ。王家とエルフ両方を敵に回す事になる」
王子は深く頷いた。
「それは大丈夫だ。はっきり言おう。王都を経由せずにバーゼルにキャラバンを送りたいのだ」
「ポリオリから?」
「いや、、、、、、シュトレニアからだ」
「あ、、、そりゃあ、、、いや、、、。あー、うん、、、はいはい、そういう事ね」
「別に戦を目論んでいる訳ではないぞ?」
「いや、分かる。確かにこりゃあ、おいそれと口に出来ねえな」
「頼むぞ」
「分かってるって。こりゃ成功すれば叙勲ものだな」
「バーゼルとシュトレニア両方からな。求めればポリオリからも出すぞ」
アルトマンは大きくため息を吐くと、掌で自分の額を打った。
「参ったね」
「怖気付いたか?」
「まさか」
王子は不意に俺の方を向いた。
「オミにも隠していて悪かったな」
「いえいえ、そんな。隠し事は知ってる人が少ない方が安全に決まってます」
王子は安堵しつつも微妙な顔をした。
何かまだ内緒があるのだろう。
「大丈夫ですよ。僕にだってクーゲル卿に秘密にしていることがありますからね」
本当はもう前世と今世を併せると四十路だとか。
それなのに女性経験がないとかね。
「なるほど、楽しみにしておこう」
王子は挑むように笑った。
期待しないで欲しい。
なんだか恥ずかしいので明かす事はないと思う。
それに大体、取引の想像はつく。
イリス教を国教とし各国と併合して産まれたアーメリアは、人族優勢主義と多民族との融和路線とのあいだで揺れ動いている。
王子の婚約者であるキアラ王女のシュトレニアは獣族の多い西寄りに位置している。
ドワーフの国であるポリオリと獣族の多いシュトレニアは融和派なのだろう。
人族優勢主義派との直接対立は避けながらもエルフと交流を持ち、販路を広げようとしているのに違いない。
販路拡大は工業国にとって大事だもんな。
技術交流まで行けたら王都だってひっくり返せる可能性すらある。
そうした国家の機密に類する水面下の工作なぞには関わらないに越した事はない。
そういうのは鋼のメンタルを持った政治家や忍者、あるいは二十四時間働けるビジネスマンの仕事だ。
凡庸な十三歳の少年である俺が知ったところで機密漏洩の危険しかないのだ。
君子危うきに近寄らずである。
俺は中身が大人だからそういう判断ができるのだ。
ああ、大人で良かった。
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