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ガチョウレストランは正しくはレストランではなかった。
テイクアウトがメインの店で、通りに出してある卓でその場で食べても良いという感じのようだ。
もちろん給仕も居ないのでカウンターで主人に直接注文する。
「二羽だ。付け合わせも有りで。皿とカトラリーも貸してくれ。あと水も。コップは八個だ」
「取り皿も使うのかい?」
「あー、取り皿も頼む」
「じゃあ合わせて大銅貨三枚だ」
「おい、そりゃどういう計算だよ」
「見りゃ分かんだろ。忙しいんだよ。皿とカトラリーを全部返せば一枚返してやるよ」
「しゃあねえな。ほらよ」
「まいど。ほれ、持ってけ」
待たされるのかと思ったら直ぐに渡された。
ブリキらしき四角いバットに入ったガチョウ丸ごと。
鳥の周囲には皮を剥いていない根菜が乱雑にカットされゴロゴロ入っている。
どちらもこんがり焼けていてめっぽう美味そうだ。
「アチアチアチ、、、退け退け!」
アルトマンたちが肉を受け取ったのでその他を受け取り席に着く。
「ちょっと面倒臭えが折角だから切り分けるか。胸も美味いんだが脚も美味えのよ」
手早く各部位を解体していく。
手慣れたものだ。
しかし考えてみればKFCの部位を考えれば俺にもできるかも知れない。
ああ、そうそう。胸肉の真ん中には仕切りみたいな軟骨が入ってるんだよな。
各部位の骨から肉を剥がして骨を端に寄せていく。
肉と野菜を適当に取り分けて準備完了である。
するとアルトマンは路地に居た少年に目配せをした。
少年が駆け寄ってくる。
「骨、欲しいか?」
少年が頷く。
「じゃあ、パン買って来い。八個に切ってもらえ」
少年に小銭とバットを渡すと少年は駆けて行った。
「さ、食おうぜ。神に感謝だ」
「神に感謝」
先ずは取り分けられたニンジンを口に入れればガチョウから流れた塩気と脂を吸ってカロリーの味がする。
美味い!
肉には塩気はあまり入っていないが、皮目と一緒に食べればちょうど良い。
確かに鶏と比べると味が濃い。
身はかなり赤みが強いので鴨に近いのカモ。
胸肉もパサついたりはせずムッチリとした噛みごたえ。
胸は皮が分厚くねっちりしてこれがまた美味い。
「まあ、そうがっつくな。パンが来るから野菜を先に食ってろ」
なるほど。
それもそうか。
「さっきの少年は骨が欲しいんですか?」
「まだ肉が残ってるからな。アイツらにはご馳走よ。残った骨は骨で農家に売れる」
「農家に?」
ラーメン屋とかじゃなくて?
「砕いて肥料にするのよ。野菜に使うと強く大きく育つ」
ああ、そういえば聞いた事があるかも。
骨粉入り油かすとかホームセンターで見たことがあるような気がする。
「なるほど。それでこの野菜たちも立派で味がいいのですね?」
「そうそう。お前らの国じゃ使ってなかったのか?」
「果樹園では使ってましたね」
「へえ、果物か。効くのか?」
「実が大きくなるのだとか」
「ふーん。オレンジ農家の奴に教えてやるか」
そこへさっきの少年が帰ってきた。
全力疾走だったらしく息を切らしている。
「よし、入れ物持ってきな」
少年はまた駆けていき、パンが配られた。
パンはデカい丸パンで、それをケーキを切り分けるように切られている。
豪快だ。
柔らかいところをちぎり取って肉の脂を吸わせて口に入れる。
不味いわけがない。
次はカリカリの皮目に肉を乗せて食べる。
もちろん約束された美味さだ。
あまりの美味さに衝撃を受けていると少年が手に桶を持ってが戻ってきた。
アルトマンが桶に骨を残った油ごと移してやる。
「旦那、ありがとう!」
「おう」
少年はまた駆け出し、日陰に座っていた犬が付いていった。
おこぼれを狙っているのか飼い犬か。
「この辺りは鶏よりもガチョウを飼う事が多いのですか?」
「鶏も飼うよ。でもガチョウを飼ってる率は他所より高いかもな。庭のある家はほとんど全部飼ってるんじゃねえかな」
「ガチョウは番鳥になるのよ」
「番鳥ですか?」
「ガチョウは警戒心が強くて人見知りだから、知らねえ顔が庭に入ってくるとガアガアうるせえのよ」
「へえ」
「塀をよじ登って顔を覗かせただけで大騒ぎよ。しかも、それを聞きつけた衛兵が寄ってくるから空き巣や泥棒は溜まったもんじゃねえ」
「それで大きなスラムがあるのに意外と治安が良いのですね」
え、マジか。
治安が良いとは知らなかったな。
「そうなのよ。牢屋がガラ空きで驚いたろ。もちろんガチョウのお陰だけじゃなくてよ、何故だかディーヌベルクでは貴族文化があまり広まらなくてよ。戦後、軍隊を衛兵に切り替えてったからだとかマスターが言ってたぜ」
「確かに衛兵が多いですよね」
「そうだな。昨日の酒場の前に衛兵が居たのは驚いたな。あれは普段からああなのか?」
「ああ。遅くまでやってる店はあそこくらいだし、イリス教会からの寄付とかもあるんじゃねえかな。酒の差し入れとか」
「なるほど。さっき言ってた貴族文化が広まらなかったというのは?」
「大規模な麦畑を作る土地がねえから他所と張り合うのが無理なだけとかじゃねえかな」
なるほど。
石高の低い土地なのか。
つまり税収の低い貧しい国ってことか。
じゃあ貴族はやってらんないな。
アイツらは見栄っ張りだから。
「岩壁に囲まれてるんで農地は増やせねえし、民も農業を地道にやろうってのよりダンジョンでひと山当てようって奴が多いしな」
「家を建てるのにも森で木を切るのを面倒臭がってダンジョンを切り崩してそれを使おうって連中だよ」
ふーん。
国民性ってのがあるのかねえ。
「そう言いつつも、お主らは随分とディーヌベルクを気に入っているようだが何故拠点をリンゼンデンに置いているのだ?」
「単純に仕事がねえ」
「ダンジョンに潜るのは?」
「ここの連中はガキの頃から潜ってんだ。俺たちが潜ったところで奴らには敵わねえさ」
なるほど、そりゃそうか。
「しかも街と森が岩壁で隔てられてるせいで魔物討伐の依頼もねえ」
「ははあ、荒らされる田畑が無ければ依頼も無いか」
「そう。その点リンゼンデンは畑が山向こうまで広がってるから、ちょくちょく魔物被害が出る」
という割にアルトマンたちはあまり武闘派って感じがしないんだよな。
魔術使いとか居なくて魔物討伐とかできるんだろうか?
「その割にお主らは弱そうだが、どうやって討伐依頼をこなしておるのだ?」
「はっきり言うね、クーゲル卿。そりゃ罠よ、仕掛け罠」
そっか。
とかく俺たちは魔物ハンターとか聞くと武闘派を想像してしまうけど、本職の猟師も罠猟師の方が多いんだっけ?
「なるほど、では冒険者というより猟師なのですね?」
「そう。俺たちは北部の木こりで罠猟師よ」
「バーゼルでしたっけ。どんな所なんですか?」
アルトマンは少し遠い目をした。
「バーゼルか、、、雪が多い所でよ、、、」
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