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朝から朝食も無しで取り調べを受け、お咎め無しとの事で釈放された。
取り調べは総髪たちとの事前の口裏合わせで一切の嘘は無しでということだったので、あった事実を正直に話しただけである。
というか、衛兵たちも昨夜の喧嘩の事よりも黒狼の習性や対処法の方に興味があるらしく月明かりや光源をふたつキープする必要性についてしつこく聞かれた。
牢屋に入れられた時に武器や持ち物を取り上げられなかった所から察するに、はなから俺たちを罪人とは考えていなかったのだろう。
それでも牢屋である。
強固な石壁で小さな明かり取りの小窓が手の届かない高い位置にあるだけの部屋。
戸口も木材を何層にも組み合わされた頑強なもの。
鍵こそないが外側から扉の両側に掛かる長い閂を上下二本掛けられて閉じ込められた。
寒い夜ではなかったが、それでも石の床というのは寝るには冷たいのだ。
そしてトイレはもちろん壺が置いてあるだけである。
お咎め無しと言われたが、充分咎められた気分だ。
牢屋で一晩過ごしてもらうと言われた時はロレンツォとアウグストは衛兵に執拗に抗議をしていた。
小国の第三王子とはいえ王族なのだから即刻解放せよというのがその論旨だ。
夜が明け、釈放された後にも遺憾の意を表して国際問題にならない事を願うとか圧力を掛けていた。
当の王子は落ち着いたもので、何やら面白がっていたような節がある。
積極的に乱闘に参加してたしヤンキー気質なのかも知れない。
拘置所に入れられて箔が付いたぜくらいに思ってそう。
悪人扱いで牢屋に入れられた事は腹が立つが、それでもまあ敵パーティとは別の部屋にしてくれたのは感謝するべきかもな。
流石に喧嘩の相手と一緒では安眠は無理だろうから。
「いやあ、悪かったな。巻き込んじまって」
「あの衛兵らの態度は許せませんが、まあ致し方ありません。王子から率先して手を貸してしまいましたからな」
「てかマジで王族だったんだな。そうなんじゃねえかと思ってはいたけどよ」
「驚かせてすまんな。とはいえ小国の末席だ。今まで通りに接してくれ」
「悪いな。でもよマジで助かったぜ。ありがとうな」
「よい。遠慮なく人を殴る機会なぞ中々ないからな」
助走をつけてドロップキックしてたもんな。
それは中々機会がないわな。
「そっちのお前さんも王族か貴族なのかい?」
「あ、僕は王子の下僕で弟分みたいなもんです」
「へえ、それでも魔術がちゃんと使えるんだな」
「こやつはこう見えて東方統括本部長官その人の弟子なのだ」
「マジかよ! あの“魔眼のバルゲリス”の弟子かよ! あっ、そうかあの人も出身はポリオリか。てこたあ、、、」
「我の姉よ」
総髪が流石に呆気に取られて黙り込む。
「、、、マジか。小国とはいえ軍の大物の血族じゃねえか。よくこんな人数で旅してんな」
「民や国をよく知らんとならんからな」
王子はそこで言葉を切り、改めて真面目な口調で続けた。
「まあ、それは良いとしてお主らに頼みたい事がある。といっても我がアカデミーを出た後の話になるから五年後か六年後、もっと先になるかも知れんがバーゼルの案内が必要になる。その時に手を貸してもらいたい」
「良いのかよ。しがない冒険者だぜ?」
「腐った貴族よりも頼りになるだろうが。だがしかしそれまでの期間の手当も保証もする事はできん。黒狼の尾と翼竜の羽をその前金と捉えてくれると助かるのだがどうだ?」
総髪たちは顔を見合わせて頷きあった。
「その依頼、受けさせてもらうぜ。またとねえ機会だ」
「よし。とはいえ、その時にお主らが怠惰にも悪の道に足を踏み外していたら我とオミで殺してやるから覚悟しておけ」
「任せろ」
「もちろん他言は無用だ」
「分かってらあ。舐めんな」
王子と総髪はガシと握手をした。
きっと良いシーンなのだろうが俺の腹の虫がグーと鳴り、台無しにしてしまった。
昨夜は酒以外は半生の干し肉のような肉とチーズしか口にしていないのだ。
それで朝食抜きでもう昼近いのだからもう限界なのだ。
「飯にするか。何が食いたい?」
「ええと、肉ですかね」
「よしきた。美味いガチョウの肉を出す店があるんだ。ガチョウで良いか?」
俺は決めて良いものか王子の顔色を伺う。
「ガチョウか、初めてだな。美味いのか?」
「そりゃあもう。ガチョウを食ったら鶏じゃあ物足らなくなるぜ」
「それは楽しみだ。連れてってくれ」
「よしきた。こっちだ」
俺たち八人は連れ立ってガチョウレストランへと足を向けた。
飲み会もあったし一緒に牢屋に入れられた仲だ。
随分と打ち解けて和気藹々である。
こういう賑やかなのはなんだか久しぶりな気がする。
ポリオリの兵士の方々も馬子さんたちも仲良くなったけど遠慮されてる感じがあったのだなと今になって感じる。
アルトマン率いる冒険者たちはそもそも誰かを敬うみたいな感覚がないのでそれが逆に心地よい。
歩いていると、魔石を俺の代わりに売ってくれたメンバーに話しかけられた。
「お前よ、王子さんを何て呼ぶかちゃんと決めておいた方がいいぜ。俺たちが近くにいる時は主って呼んでたけどよ。俺たちが離れると王子って呼んでただろ?」
「あ、聞こえてました?」
「残念だけど聞こえてたな。とはいえ王子ってあだ名の可能性もあるから半信半疑だったんだけどよ」
あちゃー。
大失敗。
俺のその迂闊なミスで拉致とかされてたら死んでお詫びレベルだな。
その場で即王子に説明して相談する。
「確かにな。とはいえ我の名前は略して呼んだりはせぬしな、、、」
「となれば王子の人柄から想像される愛称となりますな」
「オミは我をどう見ている?」
「え、、、馬が好き?」
「それは確かにそうだが、、、」
「俺は砲弾みたいだと思ったね」
アルトマンがそう言った。
「俺がやられているときに横からスッ飛んできてよ、そしたらあの野郎が目の前から消えてよ、見たらもう乞食たちに頭から突っ込んでてよ、マジ大砲の弾みてえだったわ」
「ならクーゲルだな」
「クーゲル?」
「俺らの地方ではそう言うのよ。標準語だとプロイエッティレだろ? これじゃ締まらねえ」
「“クーゲル卿”で決まりだな」
アルトマンたちは笑い合った。
王子もまんざらでもなさそうなので決まったようだ。
俺はアルトマンに訊く。
「卿ってどういう地位の人に使う敬称なんです?」
「具体的に爵位とか地位がなくても役人の高官だったり偉い人全般に使う感じだな」
「ただ偉そうな嫌なヤツにもふざけて使うけどな。おっと、アンタが嫌なヤツって意味じゃないぜ? クーゲル卿」
「どうだかな」
皆で笑い合う。
アルトマンたちとの出会いは全くの偶然だったが、彼らのように弱者の味方を素でできるような冒険者と出会えたのは本当にラッキーだったよな。
王子が彼らを仲間に引き入れようとするのも頷ける。
この世界はとかく血筋を大事にするが、一緒に仕事をするなら“良い奴”かどうかが結局のところ一番大事な気がする。
欧米のトップ企業も採用の最終判断は、能力ではなく“良い奴”かどうかで決めるとか聞いた事がある。
でも本当のトップ・オブ・トップは大抵嫌な奴ってのが面白いよな。
知らんけど。
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