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メンバーがジョッキを持ち、長テーブルにすいと近寄った。
声を掛けて仲良く話し始める。
敵パーティ全員と乾杯なぞして普通に仲が良さそうだ。
何人かはこちらに振り向きジョッキを掲げる。
総髪たちもにこやかにジョッキを掲げて返した。
そこでメンバーが背を屈め、声を潜めて何事かを話している。
外で鳴っていたバイオリンと合唱が曲が終わったらしく演奏を止めた。
メンバーの潜めた小声がこちらまで聞こえてくる。
「まさかお前らじゃないよな、、、」
パーティは全員が苦笑してひとりが何か言い返した。
それを聞いたメンバーが冷めた顔をしてパーティのひとりの顔にジョッキの飲み残しをぶっかけた。
パーティ全員が立ち上がってメンバーの胸ぐらを掴む。
そろそろ追い出せば良いのかなと動き出したロレンツォを飛び越して総髪がパーティの机に飛び込んだ。
そうなればもう大騒ぎである。
幸いな事にパーティが座っていたのは出入り口の近くだったので一人ずつ、あるいは二人まとめて外へ放り出していく。
外からは悲鳴。
バイオリン弾きも気持ちよく合唱してた客も散り散りになるかと思われたが、バイオリン弾きがより速く明るい曲を演奏し始め皆が合唱を始めた。
その歌詞も大変アホらしい。
“走れ走れ俺の馬 矢よりも速く 月まで飛んで行け あの娘のためだよ リンゴをやるからさ イーハ!”
知能指数が二くらいしかない。
店内も騒ぎになってるかなと振り返ると客だけではなく夜の蝶たちも戸口に押し寄せ思い思いに応援を始めた。
そしてイーハの箇所は全員で大合唱である。
それを聞きつけた通りの住人も出て来て押し寄せる。
衛兵が槍を横にして群衆を押し留めているが、兵隊のくせにめっちゃ嬉しそうに微笑んでいるので喧嘩のスペースを確保しているようにしか見えない。
そして戦況はというと、やはり四人対六人。
総髪たちが劣勢となった。
しかし目的は相手に取り調べを受けさせる事なので喧嘩自体に負けても勝負には勝っていると言える。
まあ、本望だろうと腕を組んで見ていると王子が耐えられなかったようで踊り込んだ。
総髪の胸ぐらを掴んで殴っていたリーダー格の男にいきなりドロップキックを決めた。
釣られたようにアウグストも参戦する。
もうぐちゃぐちゃの乱闘だ。
流石にもう止めた方が良いのではと思い、テンペストかデカめのウォーターボールでもぶち込もうかと構えるとロレンツォに止められた。
驚いて見上げるとロレンツォは無言で首を横に振るが目は喧嘩から離さない。
ひときわ大きな悲鳴ともとれる歓声があがり目を戻すと敵パーティのリーダー格がナイフを抜いていた。
怯む総髪。
しかしリーダー格が振りかぶったのに合わせてそのまま飛び込み、短い右ストレートを相手の顎に撃ち込んだ。
脳を揺らされ意識を刈り取られたリーダー格はナイフをそのまま後ろに落とし、膝から崩れ落ちた。
一斉に上がる歓声。
総髪たちが右手を揚げて歓声に応えた。
もちろん王子とアウグストも満面の笑みで拳を掲げていた。
なんだ、これ?
この物語は不良漫画か何かだったか?
王子は総髪とガシと握手をして他のメンバーに背中を叩かれて讃えられていた。
アウグストもだ。
「良い勝負でしたね」
背後でロレンツォがそう言うので振り返ると満足そうに頷いていた。
びっこをひいているメンバーを助けて肩を貸し、店に戻るとやはり暖かい歓声で迎えられた。
客は全員立っておりカウンターには人が群がっていた。
皆が思い思いに今の喧嘩の感想を言い合っている。
テーブルに戻ると勝手に新しいジョッキが届けられた。
楽しんでくれた客の奢りらしい。
やれやれと思いながらもテーブルでジョッキを打ち合わせて乾杯する。
ほんとこの世界の娯楽のなさはどうにかした方が良い。
大人の本気の喧嘩を娯楽にするなよ。
「今日は盛り上がったわね〜 助かるわぁ」
誰かと思えば美人女将である。
確かにカウンターの人混みはまだ捌き切れてない。
売り上げは普段より多くなるだろう。
「あたしからも一杯奢りたかったのに。まあ明日ね」
どういう事だろうかと振り向くと、戸口に大勢の衛兵が押し寄せていた。
「お呼びよ?」
ですよね。
衛兵から小突かれながら連行される。
その夜は産まれて初めて牢屋で寝たよ。
冷たい石の床で毛布も無しだよ。
ポリオリの裏門で捕まった時はあそこは仮にも取り調べ室って事で机と椅子があったし毛皮も貸してくれた。
まあ、仲間が一緒だしパンツ一丁じゃないだけ感謝するべきなのかもな。
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