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宿に戻るとロビーで総髪たちが俺らの帰りを待っていた。
「この街には修道女がやってる酒場があるんだが興味はあるか?」
「修道女が酒場?」
「そうさ、出す酒はセルヴォワースだけだが、なんと布で漉してから樽詰めしてそこから更に熟成を進めるんだ。口当たりが良くて味は滑らか、酒精が高い。どうだ?」
「いいですね」
聞いていた女主人が溜息を吐く。
「ウチで食べて飲んでも良いんだよ?」
「冗談はよせよ。女将さんも呑むなら酒場に行くだろ?」
「まあね」
「じゃあ行ってくらあ」
「酔っ払って部屋の鍵を失くすんじゃないよ。あとへべれけになって帰って部屋を汚したらその分も請求するからね?」
「へいへい」
「ま、アンタらじゃへべれけになるほど払えないと思うけど」
総髪たちは黙ったままニヤリと笑った。
「なんだいアンタたち、良い稼ぎがあったのかい? それなら私に小さい樽ひとつくらいのお土産があっても良いんだよ?!
「ま、気が向いたらな」
「えーっと、そっちの旦那方? 明日の朝に米のポリッジを煮てやろうか?」
女将さんは俺たちに言った。
「あー、それはもう大丈夫ですね」
「ですね」
「なんだい!」
女将さんはプイとそっぽを向いた。
「お土産、買って帰りましょうか?」
「そうだな」
俺たちは囁きあった。
外に出ると、そこかしこにゴザを敷いて商いしていた露天商たちが店じまいしておりやけに通りが広く感じられた。
陽の傾いた街を歩きながら修道院の話を総髪から聞く。
なんでも修道院というのはその特性上、巡礼者やキャラバンを泊めることが多く、それ専用の別棟を持った方が何かと便利ということで宿屋を始め、一般客もそれを利用するようになったという。
そして寄付を受け取るだけでは運営が厳しかったので有料で酒を出し始めたらしい。
そしていつしか宿屋の体で酒場となって行ったのだそうな。
酒というのもかつては各家庭で作られていたのが、専門で作る修道院の方が味が良いという事で酒場で飲む事が当たり前になったのだとさ。
ふむふむ。
なんか宗教施設で酒なんていうと、なまぐさ坊主とか言われてしまいそうだけど、それはあくまで仏教的な感覚なのかもな。
あ、イスラム教も酒は禁止か。
ポリオリには教会も修道院もないから俺たちにとってはかなり新鮮なカルチャーだ。
そういえはカイエンのイリス教会も予約すれば泊まれるみたいな事を言ってたな。
庶民が使うような所ではないとも聞いた。
準男爵となった今の俺なら泊まれるだろうか?
いやー、多分だけど領主とか旧国王とかそういうレベルな気がするな。
仮に泊まってもいいと言われてもリロ氏の家か、その友達のリルケ氏の家の方が良いわ。
リルケん家の鶏さんのシチューめっちゃ美味かったしな。
歩いているとやけに賑やかな通りに出た。
大道芸人らしき人物が派手な衣装に身を包みジャグリングを披露している。
その横には明るくテンポの速い曲を奏でるバイオリン弾きがステップを踏み、ジョッキを片手にした男女が伴奏に合わせて合唱している。
そしてやはりジョッキ片手に笑いながら大声で話し合う男女。
二十名ほど居るだろうか。
そしてそれを見守る槍を持った兵士が二人。
兵士の後ろの壁沿いには物乞いらしきボロを纏った者たちが大人しく座り込み、更には犬が酔っ払いの顔を伺いながらウロついている。
カオスだ。
こうした場所はこの世界では今まで目にしたことがない。
「祭りか?」
「いやいや、あそこが酒場だよ」
マジか。
修道院がやってるって話だったから、なんとなく静かで厳かに酒を嗜む場所のような気がしていたのに。
「さ、入ろうぜ」
開けっ放しの扉をくぐって店内に入ると、思ったよりも広かった。
そして賑やかだった。
広さは学校の教室二つを繋げたくらい。
真ん中ら辺に長卓が二本、それを長いベンチが挟み込んでいる。
ホグワーツの食堂の小型版を想像してもらえば良い。
壁沿いには四角い四人席テーブルと、立ち飲み用の丸テーブルが用意してある。
奥には酒を提供するカウンターがあり、そこが厨房を兼ねているようで燭台が多く置かれていてとても明るい。
カウンターの上は中二階で両側は階段。
テラスのようになった中二階には物憂げな女性たちが階下を見下ろしている。
異世界感がとてもあって素晴らしい。
しかし客席には灯りがところどころに置かれた蝋燭だけなので暗めなのが残念だ。
「椅子が埋まってるな。立ち飲みでいいか?」
「もちろんだ」
といっても立ち飲みの丸テーブルは歯抜けに開いている。
ふたグループに別れて飲むかと思ったら総髪が客に声を掛けた。
「悪いがそっちに移ってもらえるか? ポリオリからの客人なんだよ」
「へえ、ポリオリ? 初めて見るね。遠くからようこそ」
「みんなクスカに取られちまうからよ」
「ポリオリってドワーフが居るんだろう?」
皿とジョッキを移動させながらもそれぞれが気ままに話しかけてくる。
受け答えしながら握手をしたり肩を抱かれたりでやはり賑やかだ。
旅人にフレンドリーなのはありがたい。
ふたつの丸テーブルを寄せて場所を作ると総髪たちが酒を買いに行った。
注文を取りにも来ないし届けてもくれないみたいだ。
戻って来るとそれぞれがジョッキをふたつ、つまみの皿をふたつ手にしている。
「ありがとうございます。あのお代は、、、?」
「良いって、良いって。奢らせてくれ」
「良いのですか?」
「魔物退治を全部やってもらって手柄と素材をほとんど全部譲ってもらったんだ。これくらいしないと俺たちの沽券に関わらあ」
「ではありがたくいただきます」
「そうそう。じゃ、プロースト!」
「プロースト!」
ジョッキを打ち合わせて口を付ければ泡の下から苦い微炭酸の滑らかな液体が喉を通る。
うん、冷たくはないけどこれはビールだ。
イギリスの黒ビールと似てるけどもっと色が薄くて優しい味だ。
ポリオリで飲んだセルヴォワーズと比べると遥かに洗練されている。
これが修道院のパワーか。
「ようこそいらっしゃいませ。あら可愛いお客さん」
振り向くと妖艶な美女が腕に入った蝋燭を両手にしていた。
「珍しいわね。灯りも頼むなんて」
「上客なんだ。ポリオリからだってよ」
「あら、珍しい! 何しにいらしたの?」
「王都に向かうんですよ。魔物が出たとかでリンゼンデンの東門が通れなかったんです」
「あらぁ、それはご災難。でもお陰でウチに来れたわね」
美女は灯りをテーブルに置くと、そっと指先でロレンツォの肩に触れた。
羨ましい。
アウグストは完全に鼻の下を伸ばしている。
「ごゆっくり」
しゃなりしゃなりと卓を離れるその後ろ姿を全員で見送った。
「今の方が女将ですか?」
「そりゃそうよ、修道院がやってるんだから主も女よ」
「え、では今の方も修道女ということですか?」
ありえん。
あんなエロい修道女なんて成人向けコンテンツだろ。
「もちろん。肌も髪も見せてなかっただろ?」
確かに露出は極端に少なかった。
地味な色のハイカラーのシャツにロングスカート。
髪も単色のスカーフのようなもので包まれて見えなかった。
マジか。
確かに肌は見えなかったがそのご尊顔と体のアウトラインの説得力が凄まじくて服なんて目に入ってなかった。
「本気で口説いて気に入られれば上の部屋に連れてってくれるかも知れねえぞ」
「え?!」
改めて中二階を見上げれば物憂げな女性たちが。
確かに露出は少ないが、そういう雰囲気が伝わってくる。
修道院てそういうサービスとかして問題ないの?
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