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いよいよ冬至の日がやってきた。
数日前から沖に軍艦が停泊し、浜には篝火が焚かれた。
俺は緊張で眠れぬ夜を過ごし真っ赤な眼をショボショボさせていた。
いつも通りに漁があれば夜明けとともに身体を動かして気を紛らわすことが出来ただろうに、その日は漁は休みで早朝から時間を持て余してしまった。
大人の男たちは軍関係者を迎えるべく桟橋に行っている。
そう、考えるのは告白のこと。
何と言おうか。
どのタイミングで言えばいいのか。
本当に皆の前で言わねばならないのか。
断られたらどうリアクションすればいいのか。
考えすぎてハゲそうだ。
あるいは吐きそうだ。
「オミ、どうしたの? 具合悪い?」
かあさんがすぐに俺の異変に気づいて聞いてきた。
「大丈夫。ちょっと緊張しちゃって」
「まあ、バルゲリス長官に会うのが怖いのね。そんなに怖いなら会うの辞めて、なんなら塾も辞めていいのよ?」
「え? ああ、うん。そうじゃないんだ」
「あら違うの?」
「ああ、ええとほら。魔眼で見てもらって才能が無いと分かったら嫌じゃない。それで緊張してるんだ」
何故だか嘘をついてしまった。
別にイータに告白するのを隠さなきゃいけない事は無いんだけど。
どうせ後でみんなの前で言わねばならないんだから。
しかし本当にテンパっている時ほど、その心のうちを人には知られたく無いものだ。
思えば、女子に告白するなんて前世の32年と今世の10年のトータル42年の中で初めての事なのだ。
前世で俺に告ってくれた歯列矯正ニキビ眼鏡っ娘もこんな緊張を味わったのだろうか。
本当に申し訳ないことをした。
なんと未成熟でひとの気持ちの分からない駄目な人間だったのだろう。
ゴメン、本当にゴメン。
生まれて来なければ良かった。
気付いたら俺は家の柱に頭を打ち付けていた。
「オミ、やめて!!」
かあさんが俺を抱きしめていた。
俺が突然奇行に出てショックだったようだ。
いかんいかん。
落ち着かなければ。
そうだ、俺のかあさんは26歳だ。
大学出て4年めのOLだ。
仕事にちょっと余裕が出てきて婚期が気になってきたムラムラ女子だ。
それが涙目で俺に抱きついている。
さあ、どうだ?
、、、、よし、落ち着いてきた。
「かあさんありがとう、もう大丈夫」
そう言いながらそっとかあさんの腰に手を添える。
きゅうとくびれたウエストは子持ちと思えない程だ。
見下ろすとバストもイータの比にならないほど服を押し上げている。
俺は頭をブルブルと振って邪念を振り払った。
もう大丈夫。
完璧に大丈夫だ。
かあさんに欲情はしたくはない。
「もう大丈夫」
俺はもう一度そう言うと、しっかりかあさんの目を見て頷いた。
「さ、式典に行こう」
まだ時間はちょっと早いが会場で待つくらいでちょうどいいだろう。
俺は不安げなかあさんと連れ立って村の広場へ降りて行った。
広場に到着するとほとんどの村人が既に集まっていた。みんな家にいても手持ち無沙汰なのだろう。式典のために新しく作られたベンチに腰を掛けて今か今かと所在なげだ。
男たちには変化がある。
上着を着ているのだ。
国の正式な式典にハダカは不味かろうと、いつものズタ袋でベストを作ったのだ。
袋を真ん中で切って腕を通す穴を開けただけの簡素なベストだ。
ベンチの最前列にはジル夫妻が座り、続いて大人たちが後ろに続く。子供たちは親とは別に後列にまとめられていた。
子供たちには席順はない。当然のようにイータとイオタと同じ3人がけのベンチに座った。
「ねえ、、、緊張してるの?」
イータが俺の肩に触れて聞いてきた。
イータはいつも通りの服といつも通りの髪型だったがやけに綺麗に見えた。
なんだろう、嫁補正か?
待て。
まだ嫁じゃない。
嫁じゃないどころか断られる可能性すらあるのだ。
ジッタを牽制するために別に好きじゃないのに嘘で告白するだけのはずだったのだが、意識したせいですっかり好きになってしまっていたのだ。
俺は碌に返事もできないままイータを見つめた。
近い。
思えばいつもは机を挟んで座ったり、机がなくとも一定の距離を取って接していたのが今は直ぐ隣にいるのだ。
手が届くほどに。
いや、てか触れられてるし。
しかもなんだかすごくいい匂いがする。
なんだよこんないい匂いさせて。
これはローズマリーの匂いだ。
イータがつけているヘアオイルの匂いだ。
誰だこんないい匂いのオイル作ったの。
てか、イータって近くで見るとこんなに目がキラキラしててまつげが長くて吸い込まれそうだったんだ。
いつもは夕方の室内で見てたけど、明るい昼間に会うとこんなに魅力的な肌だったんだ。
ほっぺに透明な産毛が生えてたんだ、、、
その時、前列のほうから何やら声が聞こえてきた。
見るとジルが立ち上がってこちらを見ている。
ジルがそうしてるもんだから他の大人もこちらを振り返った。
ジルが力強く頷くと俺の口が勝手に開いた。
「イータ」
「な、何よ」
改めてイータの目を見て俺は言葉を続けた。
「俺と結婚してくれないか」
そんな言葉がまろび出た。
いきなりプロポーズである。
そんなつもりはなかったのだがこの世界にもお付き合いって概念があるのを不思議に思っていたせいかこんな言葉が出てしまった。
大きな声を出したつもりはなかったが村人全員に聞こえていたようで小さなどよめきが起きた。
イータは驚いたように眼を見開き沈黙している。
誰かがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。
イータは思い出したかのように瞬きをすると、俺から目をそらし自分の膝を見つめた。
周りの子供たちはこの異様な沈黙に呑まれてそわそわしている。
式典中はおしゃべりしちゃいけないって言われてたけど、これはまだ式典じゃないよね?
そう目を見交わす子供たち。
沈黙が長い。
これは駄目かな、もっと静かなところで二人きりの時に言うべきだったかな、みんなの前では返事しづらいかな、と思いを巡らせているとイータは顔をこちらに向けた。
「あたしは年上よ?」
「わかってる」
「とうさんを海で亡くした縁起の悪い家の子よ?」
「わかってる」
「イオタみたいに気の付く子じゃないわ」
「わかってる」
「タウやファイみたいに色白でもないわ」
「わかってる」
「ご両親は納得してるの?」
「まだ言ってないけど納得させるよ」
「本当に?」
「本当だ」
イータは俺から目をそらして不貞腐れるように言った。
「じゃあ、いいわよ」
するとそれを祝福するかのように高らかにファンファーレが鳴り響いた。
いや、本当に。
式典が始まったのだった。




