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王子のお気に入りの前髪三つ編み青馬が先陣を切って近づいてきた。
「よしよし、もう大丈夫なのだな?」
王子が鼻を撫でてやる。
馬は頭を下げて額を王子の胸に押し当てた。
王子の無事を案じていた事がよく分かる。
茶ブチといえば、少し離れた所から横目で俺を見て前脚で地面を叩いた。
何を怒ってるんだよ。
今の戦いが不甲斐なかったかしら。
まあ、確かに自分の影の中の黒狼を二度も見落としたからな。
酷いもんだ。
「悪かったよ。でも魔術を使いながら次の行動を考えてるんだ。集中力だって散漫になるよ」
俺は馬に向かって言い訳をする。
茶ブチは呆れたように鼻を鳴らすとそっぽを向いた。
それで死んだら元も子もないだろと言いたいのかも知れない。
反省しきりである。
もっと集中力を養わなければ。
「オミさんも馬と話すんですね」
「も?」
アウグストに笑われて振り返る。
「クラウディオ様も馬とよく話してらっしゃいますから」
そういえば何か見たことあるかも。
「クラウディオ様は馬を口説くんですよ。女性を口説くみたいに」
マジか。
ど変態野郎だな。
「人聞きの悪い事を言うな。それよりそっちは何があったんだ?」
王子にこちら側の顛末を話していると総髪ともう一人が小走りで暗闇から現れた。
「大丈夫か?」
「黒狼を二頭倒しました。馬が落ち着いているのでこれで終わりかと」
「そうか」
総髪が黒狼の死体を見下ろす。
「魔石だけでも抜いとくか」
「出来ますか?」
「ああ。本当は毛皮も値が付くんだが、明るくなるまで待ちたくはねえよな?」
「お任せします」
「血の匂いでコウモリまで来ると厄介だ。魔石と尻尾だけで我慢しよう」
「尻尾?」
「討伐証明だよ」
なるほど。
総髪が指示を出すと冒険者が黒狼を仰向けにして腹を裂き、腕捲りをして左手を突っ込んだ。
「肺と肺の間、心臓の辺りに魔石があるんだ」
訊いてないのに総髪が教えてくれた。
助かる。
そのうち自分で魔石を抜く事があるかも知れない。
もう一頭の魔石も抜くと尻尾を切り落として腰のベルトに挟んだ。
総髪が水袋の水で仲間の手と魔石を洗わせてやる。
「ほれ」
王子に渡された魔石はサイズは大きいが色が白く濁っていた。
「色が悪いな」
「抜き立てはそんなもんだ。キレイに洗って乾かすと濁りが取れて色が上がってくるんだよ」
「ほう。楽しみだな」
「ほれ、尻尾も」
「とっておけ、魔石を抜いた手間賃だ」
「いいのか?」
「もちろんだ」
「本当に気前が良いな。俺らもアンタに仕えてえな」
総髪は軽い口調でそう言ったが、眼差しは真剣だった。
「すまんな。ウチは貧乏貴族だ。しかも来月にはアカデミー入りだ」
「もし人手が要るならリンゼンデンの冒険者ギルドに当たってくれ。アルトマンは俺ひとりだ」
「アルトマン? 出身は何処だ」
「北の方さ」
「バーゼルか?」
「よく知ってんな。そこだよ」
「もしもの時は声を掛けるかも知れん。ポリオリのクラウディオだ」
「ポリオリ? 随分と南だな」
「田舎者なんだよ。ディーヌベルクまで道案内を頼む」
「そうだな。行こう」
ウォーターボールで馬糞の火を念入りに消して出発する。
火付は縛り首だからな。
打ち首だっけ?
俺たちは馬で、総髪達は小走りでキャラバンを追いかける。
キャラバンは俺たちを待つ為に歩みを遅くしてくれていたのか直ぐに追いついた。
「おお、、、アンタらか。どうだった?」
「黒狼を二匹追いやったぞ。馬も落ち着いてるし、もう大丈夫だ」
「そうか、アンタら腕が良いんだな」
「リンゼンデンはアルトマンのパーティだ。いつでもお気軽にご指名くださいよ」
「はっはっは、後ろの旦那方だろ?」
「ちっ、バレたか」
「そういう事なら、ちと馬を休ませよう。先頭にそう伝えてくれんか?」
「人使いが荒い商人だな、、、」
まもなくすると隊列が止まり休憩となった。
長く動いて疲れた訳ではないがありがたい。
馬にどうぞとまだ硬い桃を差し入れでもらった。
ひと口齧ってから茶ブチにやる。
皮が酸っぱく、実にもあまり水気がない。
日本の桃とはちょっと違う。
「味わって食えよ、茶ブチ。種があるから気をつけろ」
茶ブチじゃねえな、なんだっけ?
「ねえ主人、僕の馬の名前なんでしたっけ?」
王子は呆れたように目を回してため息を吐いた。
「お主はさっきフルミネにすると言っておったぞ」
「そうそう、フルミネ。お前は今日からフルミネだぞ?」
茶ブチ、もといフルミネは桃をボリボリと齧り名前については無反応だった。
まあ、反応がないって事は文句もないって事だろう。
桃の果汁とフルミネの涎が付いた手をローブの裾で拭こうとしてローブを着ていない事に気づいた。
そうだ、さっき燃やしちゃったんだ。
打ち出さないウォーターボールで手を洗いながら、急に夜風が冷たいような気持ちになっていた。
あのローブ、新品のいただきものだったのにな。
俺はもっとモノを大事にしないといけない。
何しろこの世界にはシマムラもワークマンもユニクロもないのだから。
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