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店に入ると奥に中庭がありテラス席がある。
他の客はなし。
なるほど泊まり客のチェックアウトは済んでいるけど客室と馬房の掃除がまだ終わっていないのだな。
俺たちはテラス席に陣取った。
店内と違い明るくて助かる。
通りとも隔絶されているから埃っぽくもない。
観葉植物なんかもあってお洒落。
これは中々よい店だな。
ランチメニューはチーズと黒パン、具の少ないキャベツと豆のスープ。
こう書くと質素だが悪くない。
何しろこちらは堅パンと干し肉にすっかり飽きているのだ。
チーズやスープというのはとても良いものだ。
チーズはこってりしてるし柔らかくてパンと合う。
スープは味は薄いが温かいし、これまた味の濃い黒パンとよく合う。
俺たちは無言で黙々と食べた。
男の飯なぞそんなもんである。
まだ馬房に呼ばれないのでお茶も注文して食後のティータイムと洒落込む。
腹も落ち着いてやっと喋る余裕ができてきた。
俺はさっき感じた疑問を口にする。
「いや、しかし街の入り口のスラムは凄かったですね。あれも西からの難民なんですかね?」
「確かに前よりは増えているかも知れませんね。王子はどう思われました?」
「前に通った時は馬車だったからよく分からんな。しかし同じような感じだったと思うぞ」
「え、じゃあ前からあそこにはスラム街があったんですか?」
「うむ、そうだ。多かれ少なかれダンジョンが近くにある街はこのようなものらしい」
「へえ」
聞けばダンジョンで冒険者になるのは農場を逃げ出して来た脱走民がほとんどで、というのも脱走民は一年間逃げおおせれば自由民となれるという決まりがあるらしく、多くがああした場所に逃げ込むのだそうな。
農奴に逃げられた領主は一年のうちに発見し、裁判で自分の持ち物であることを証明しなければならず、多くの場合はその手間を惜しんで探すことすらしないみたい。
確かに結構な手間だよな。
しかしながら、その一年のスラム生活に耐えられず結局、別の農場に働き口を求める者もこれまた意外と多いのだとか。
だったらスラムは年々縮小してもよさそうなものだが、ダンジョンが近くにあるせいで、冒険者をやってみて脱落する者、怪我で引退する者、死ぬ者と残されたその家族たちというのが流れて来てスラムは無くならないのだそうな。
ちなみに、農奴の待遇は以前と比べれば良くなっているのだそう。
かつては結婚するにも領主の許可が必要で、結婚税を払わせられるとか、税が払えない場合には新婦の初夜権で支払うなんて事もあったとか。
何それ最低すぎる
ちなみに買い上げた初夜権はさらに領地を守る傭兵に転売されたりするらしく、まさしく人権が踏み躙られる状態だったのだそうだ。
胸糞が悪い。
極度のNTR耐性がないと生きていけない。
しかしそんな状況も長くは続かず、戦争と疫病で人口が減って労働力が貴重になったおかげで待遇改善がされたのだそうな。
いや、それもキツいだろ。
人口減少って聞くぶんにはアレだけどリアルに想像するとヤバい。
まあ、そんな流れもあって最近の農奴は自分らの事を農奴とは呼ばず、自らが選択したのだという意味を込めて「農民」と名乗っているらしい。
うん、それが良いよ。
農奴なんて、その言葉自体がなんか良くないよ。
価値観が貴族目線過ぎる。
奴隷制を廃止して新たな国を作って、でも農民だけは農奴のままってのが制度として歪が過ぎる。
改善を求める!
そんな農奴事情を聞いていたら馬房の準備ができたらしく小僧さんが呼びにきたので馬を移動させる。
そこでまた変なものを見た。
柵に結えておいた手綱を解いていたら馬が糞を落としたのだが、まあそれはいつものことなのだけど、それを見た小汚い少女が駆け寄って来て馬が道端に落とした糞を手掴みで袋に詰めて持ち去ったのだ。
そういえばこの街に入ってから割と通りが清潔だなとは思っていたのだ。
ちょうど目の前に小僧さんがいたので聞いてみる。
「今さ、馬の糞を拾っていった子が居たんだけど、あれは街の清掃の仕事か何かなのかしら?」
「ああ、アレは糞拾いだよ。お客さん」
いや、そのまんまやないかい。
「ええっと、、、?」
「この辺りは土地が痩せてて家畜の糞が高値で取り引きされるんだよ。ウチも馬房の糞は取っておいて税の支払いに使ってるよ」
「え、馬糞で納税?」
「うん、普通の事だよ。どこもやってるよ」
ええ、、、
ポリオリでもやってたのかしら?
馬房で馬の鞍を外しながら王子に聞いてみる。
「さっき小僧さんに聞いたんですけどこの辺は馬糞で納税ができるんですって。ポリオリでもそういうのあったりしましたか?」
王子は鞍の下に敷く毛布を広げながら頷く。
「国によっては領主の畑というのを所有していて、そうした国ではよくある事らしい。ポリオリではむしろ城の馬の糞を集めて農家に配っていたぞ」
「そっか、ポリオリは農場に家畜がほとんど居なかったですもんね」
「鋤を引くための牛と、卵を得るための鶏くらいしかおらぬからな」
国の規模が極端に小さいうえに、人口の半数を占めるドワーフは主食がキノコだもんな。
城の裏庭に畑はあったけどあの程度なら馬糞は余るよな。
「聞いた話だが、この街の糞拾いは冒険者に依頼せず、スラムに住む寡婦の家庭に優先的にやらせていた筈だ」
うーん、、、そう聞くと人道支援っぽいけど、どう見ても乞食の日銭の為の労働だよなー。
前世の日本でいうところの空き缶集めみたいな?
ふう。
この世界を知れば知るほど過酷で残酷な実態を突き付けられてたまに胸が苦しくなる。
剣と魔法の世界なのだからもっとファンタジックに暮らして欲しい。
街はスライムが綺麗にしてくれるとか、魔法の力で消臭滅菌するとか、そっち系の努力をもっとすべきだと思う。
ため息を吐きながらふと見ると王子が馬の真正面に立ち何やらやっている。
「あれ、王子。何やってるんですか?」
「立て髪が伸びて来ただろう。邪魔そうなので三つ編みにしてやっていたのだ」
見ると王子のお気にの黒馬の前髪がふたつに分けられ編み込まれていた。
黒人ラッパーみがある。
いや、黒いからって訳ではなく文化的にね?
これも文化の盗用になっちゃう?
ポリコレに配慮すると独り言もうっかりできないぜ、やれやれ。
俺の茶ブチもやって欲しいかしら、と目をやるとヤツは急いで目を逸らし鼻を鳴らした。
分かった分かった。
嫌なら無理にはやらないよ。
そう言って首筋を叩くと茶ブチは安心したように大きく二回頷いた。
いつもありがとうございます!




