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 いつも通り野営をして目を覚ませばリンゼンデンの街が薄曇りの眼下に広がっていた。


 街を見下ろすロケーションだったので夜景が綺麗だったりするのかしらと思ったのだが、当然墨を塗ったように夜は真っ暗。

 雲のせいで月も出てないから何にも見えなかった。

 この世界の常識に早く慣れたい。

 少しでも期待した俺が馬鹿みたいだ。


 いつも通り準備して出発だ。


 旧街道から外れてからはずっと舗装されていない踏み固められた土の道である。


 馬車が通るせいなのか轍が残り、道の中央に草が残っている感じは軽トラが走る前世の日本の田舎道と全く同じである。


 馬車がすれ違う事などほとんどないのだろう。

 ずっと一車線だ。

 日本と違うのは田んぼじゃないから一段上がった畦道にはなっていないことだ。

 だから馬車がすれ違うときも別に苦労はしない。


 そして畑の区分けも割とはっきりしない。

 麦畑とはいえ、野原にやたらと麦が多い箇所がある感じと言えばいいのか、几帳面な日本人にはちょっと理解し難い雑然さだ。

 麦畑の中にも何やら花が咲いてたりしていることからして草取りもちゃんとやらないのだろう。


 ポリオリは農地が少ないからか、もう使える土地は目一杯使う感じだったし、バルベリーニは見渡す限りの麦一面だったから違和感がなかったのだけどな。

 しかしリンゼンデン、お前は駄目だ。

 もっとちゃんと働け。

 なんかムズムズする。


「あの、なんか畑がちょっと雑じゃありません?」


 俺の質問にロレンツォが振り返って返事をしてくれた。


「ご存知の通りリンゼンデンは歴史ある国です。領主も民も古い農法を好むのでしょう」


 焼畑をして収量が落ちたら放棄する、だっけ?

 そんなんでよくあの街が維持できるな。


「それにリンゼンデンは芋の産地です。その辺りは芋畑ですよ」


 あ、手入れしてない雑草モリモリの野原じゃなくて芋が植ってたのか、、、。

 ええ?

 本当?


 俺の疑惑の眼差しに気付いたのかロレンツォが解説を追加してくれた。


「ほら、ちゃんと列になっているでしょう? しっかりと耕してあります」


 うーん、俺が前世の整然とした農地しか知らないから変に見えるだけだろうか。

 確かに一番多く生えてるのは芋なのだろうが、それよりも背丈を伸ばした草やら花を付けているのが混じっている。

 そもそも俺は土が見えてないと畑と認識しないのかも。

 そう、ここの畑は土が見えないくらい雑草に覆われているのだ。


 でもまあ、なんか雑草を取らない方が土が乾かないから良いなんて話も聞いたことがあるようなないような。

 自然農法っていうの?


 灌漑もちゃんとせず、水を撒くシステムもないこの世界ではこうした方がいいのかも知れない。

 知らんけど。


「ご覧ください。あの辺は豆ですよ」


 ロレンツォが指差して教えてくれたがやはりよく分からなかった。



 長い長い緩い下り坂を降りていく。

 かなり街が近づいてきた。

 途中で小さな集落をふたつ通り過ぎた。


 見晴らしのいい場所で王子が街を指差した。


「見ろ、あの教会はイリスのシンボルの形になっているのだ」


 そう教えてくれたがよく分からない。

 確かに前方後円墳的な感じはする。

 カメラ付きのドローンが欲しい。


 イリスのシンボルは三角形の頂点に逆さにした雫型をくっつけたような形をしている。

 つまりお魚のカタチだ。

 これはイリスの教典の「私たちは神の愛の中を泳ぐ魚のようなもの」という一節から来ているのだそうで、天にまします神に向かって泳いでいる姿なのだそうだ。


 釣り上げられてるみたいとか言ってはいけないのだ。


 街を二分して教会を掠めて川が流れている。

 昨日渡った河とは別にエルフの作ったリンゼンデンドームの辺りから流れてくるものらしい。

 ふむふむ。



 あれ、街の外側に小さなテントが沢山並んでいるけど、あれは露店とかじゃなさそうな、、、


「少々危険ですので駈歩で抜けてしまいましょう」


 ロレンツォの指示で馬を走らせる。


 鼻をつく汚臭。

 そこここで上がる煙。

 リンゼンデンの街の周りにはスラム街が広がっていた。


 一応、兵が見回りをしてくれているようだけどモタモタしてたら物乞いに取り囲まれてしまいそうだ。


 街の入り口にはバリケードが築かれ、検問が敷かれていた。

 俺たちはバリケードは顔パス。

 奥の検問所では身元を確認され入国料を支払った。


 バルベリーニでは通行料、ここでは入国料。

 名前は違えど、まあ同じ事だ。


 ここは南門。

 秋城門と呼ばれているらしい。


 俺たちは明日は東門、つまり夏城門へと抜ける予定だ。


「さあ、宿に入ってしまいましょう」


 ロレンツォの先導で道を進む。

 教会に向かう道ではなくて湾曲した環状道だ。

 石畳ではなく踏み固められた土の道だ。


 馬や馬車が行き来しやすいように道幅は広い。

 露店とかは出ておらず、多くの店に馬を停めれるように馬繋ぎの柵が設えられて大抵そこには水桶もセットになっている。

 なんか西部劇のセットみたいだ。


 流石に街の中にはさっきのスラムにいたような難民は目に入らない。

 二人組の兵がひっきりなしに巡回をしていて少々物々しい雰囲気だ。


 宿の看板が出ている店が多い。

 この辺りは宿屋街のようだ。


 しかしなかなか宿が決まらない。

 ロレンツォが店先に佇む小僧さんに合図を出すのだが首を振られてしまうのだ。

 何処も満室らしい。


 ロレンツォが馬を止めた。


「宿に入るにはまだ時間が早かったかも知れません。先に食事にしてしまいしょう」


 そうか、まだ昼だもんな。

 チェックアウトと部屋の準備もあるよな。


 ロレンツォは近くの店の小僧に酒を飲むようなジェスチャーをしてみせると小僧は頷いた。


「この後は部屋に空きは出るか?」

「一人部屋と二人部屋に別れますがよろしいですか?」

「うむ、それでいい」

「では馬房が空いたらお呼びします。それまではこちらに繋いでください」


 水桶の奥の横木に手綱を巻き付けると馬たちは水をガブガブと飲み出した。

 今日はちょっと休憩が少なかったかもな。


 この宿は入ると直ぐに食堂だった。

 入り口がスイングドアだったら雰囲気があったのだけど普通に押して開けるドアだった。


いつもありがとうございます!

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