216
翌朝には雨はやんでいた。
昨晩は雨音を聞きながら眠りに落ちたのだが夜中のうちにやんだらしい。
空は薄く雲に覆われているが昨日よりは随分明るい。
こんな飯の美味い宿なら停滞するのも悪くないと思っていたので少々残念ではある。
スクランブルエッグとチーズと黒パンの食事を摂って直ぐ出発だ。
西側にある夏城の方には向かわずポリオリからずっと続いてきた街道に戻る。
宿の壁に地図が貼ってあったので今日のルートは確認済みである。
ここから先は今までの単純な一本道とは違うのだ。
街道の長い長い登り坂を進み、丘を越えた向こう側には河が流れていた。
河の向こう側には小さな村がありその奥はまた森が続いている。
今まで歩んできた街道は更にその奥に続いているのだが、この街道を進むのはここで終わり。
右に逸れて川沿いを歩むことになる。
街道の先はかつてのリンゼンデン・ドームの廃墟に続き、そちらは魔物も多く治安も悪いとのことで迂回する必要があるのだ。
要するにダンジョンを中心とした冒険者の集う街だ。
さて、先ずは河を渡らねば。
崩壊した石造りの橋を無理矢理に木で補強した不格好な橋を馬を引いて渡る。
中央の土台部分の石組みだけが残り、そこに木材を繋ぎ嵩上げをして、束ねた丸太が敷いてある。
河幅は数十メートルでそれほど大きな川ではないが橋としては五百メートルくらいあるだろうか?
崩落部分はたった十数メートルだが、それでもこの世界の石工の技術的にでは復元出来なかったのだろう。
石橋の作り方みたいな動画を見たことがあるが、木組みで下支えを全部作ってから石を積んでいくのでめっちゃくちゃ難しそうなのだ。
やれと言われても無理だ。
足場が悪く怯える馬を半ば引きずるように渡る。
石組み部分もいつ崩落するか分からないのでそのまま歩いて渡った。
キャラバンの荷馬車が通れるくらいなのだから大丈夫なのだと思うが一応ね。
渡った先には露店が出ていて見たことのない果物を売っていた。
ロレンツォが買う。
日本のさくらんぼみたいな色なのだが小さなブドウのように房状に実を付けている。
聞けばスグリというらしい。
初めて見る。
お昼が楽しみだ。
河を背に結構進み、ようやく分岐が見えてきた。
河の氾濫を警戒して離れた場所に道を敷いたのかも知れない。
分岐にも小さな集落があり、ここにも露店。
小さな子供が店番をしている。
売り物はキノコの盛り合わせ。
ロレンツォは買わなかった。
理由を聞くと「危険です」としか答えなかった。
確かにキノコは毒のがめっちゃあるもんな。
地元民が食ってるものならまだしも、余所者に売ってるものは手を出さないのが正解なのだろう。
追い剥ぎの罠かも知れないもんな。
学びになる。
もうとっくに昼は過ぎているが、駈歩で更に集落から離れる。
治安の悪い地域には長居してはいけないのだそうで、お腹がグーグー鳴っているが安全には代えられない。
リンゼンデンの新市街の一端が遠くに見えてきてやっとお昼ごはんとなった。
しかもさっき買ったスグリだけ。
急いで安全圏に入ってしまいたいらしい。
馬たちにもスグリを分けてやる。
というかほとんどは馬たちが食った。
ちなみに馬泥棒から奪った二頭の馬はバルベリーニの冒険者ギルドに引き渡してきた。
報奨金が出たらしいがロレンツォは不満げだった。
「市場で売れば四倍にはなるでしょうね。鞍も別に売れたでしょう」
いちおう盗品なので持ち主に返還するということらしいが、冒険者ギルドがそこまでする訳がないとの事。
なるほど、ギルドもまあまあ腐敗してるんだね。
俺の村のギルドの人たちは善良で良かった。
バルドムたちがよく「この村ほど良い所はそうそう無い」と言っていたが、その辺も加味しての意見だったのかも知れない。
世の中、良い人ばかりではないのだ。
森を抜けて道の両側が畑になり、緩やかな丘をみっつよっつ越えた辺りから街の全貌が見えてきた。
中心にある教会から放射状に広がる巨大な街。
その東西南北に城が建てられていた。
そのうちひとつの城の周りにかつて城郭都市であった名残りの円形の壁が見て取れる。
あれが一番古い城なのだろう。
他のは街から地続きに見える。
広いとはいえ、まあまあ狭い範囲に四つも城とはね。
裕福とは聞いていたがこういう感じとは思わなかったな。
もっと領地のあちこちに城が点在してるのかと思ってた。
ひとつの都市にかよ。
もう結構日は傾いてきているのだが、暗くなる前に街に入れるといいのだが。
と思ったら今日はここで野営とのこと。
まあ、そうか。
街灯もないし馬にはヘッドライトも付いてないもんな。
今夜は見下ろす街の夜景でも楽しむとしよう。
いつもありがとうございます!
よろしければ応援もお願いします!




