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 俺たちは平らで渇いた木の床をたっぷりと堪能して朝を迎えた。

 やはり屋根と壁があるのは素晴らしい。


 折角なので井戸の水で顔を洗う。


 馬たちも久しぶりにハミなしで飯が食えて満足そうだった。

 茶ブチはまたハミを付けられるのを嫌がった。

 まあ、そうだろうな。

 分かるよ。

 ブラシ掛けをしてやり鞍を乗せる。


 いつも通りの堅パンと干し肉とナッツの飯を食って出発だ。


 農園の親父は顔を出さなかった。

 それもそうか、農家は朝から仕事だよな。

 話が聞けなかったのは残念だが、井戸や溜池などしっかり時間をかけて計画的に開拓されているようなので俺の村のようなドタバタではない事は見て分かった。

 定期的に人の行き来ができる場所の開拓ってこういうものなのかもな。



 出発すればまたひたすらに移動。


 常足、速歩、ちょっと駈歩、休憩の繰り返し。

 風景にもこれと言った変化は無し。


 その夜は街道沿いに火を焚ける広場があったのでそこで野営。

 久しぶりに茶を沸かせた。


 王子と二人なら畑の真ん中だろうと何だろうと魔術で茶くらい沸かせるのだが、火を使わずにお湯を沸かすみたいな余りに特殊な魔術はいちおう自粛しているのだ。


 翌朝は雲がどんよりと広がり、下手すれば雨になるかも知れない雰囲気。

 ずっと天候には恵まれていたのだが、まあこればっかりは仕方ない。


「今日は夏城のある大きな街に入れますから、不幸中の幸いです」


 そうロレンツォに励まされる。


 午後にはいよいよポツリポツリと雨が降り始めた。


 麦刈りをしていた農家たちが急いで撤退している。

 乾いてないと駄目なのだろうか。

 どのみち何日間か干すのではなかったっけ。

 それは米の話かしら?


 次第に雨足は強くなり、土砂降りではないけどまあまあ雨といった感じになってきた。


 早く街に入ってしまおうという事で駈歩で長く走らせる。

 馬も雨が嫌なのか疲れた素振りは見せない。


 ふと、人影が目に入って麦畑を見ると、刈入れが終わった畑を親子が下を向いて歩いている。

 たまに何かを拾っているようだが草取りだろうか?


 いや、刈入れが終わって草取りはないよな。


 その後何人も同じように雨の中で何やら拾っている裸足の人たちを見た。


 王子かロレンツォに何をしているのか聞きたかったが雨だし駈歩だし、大声を出すのは面倒なのでそのままにした。


 その人数は街に近づくほど多くなった。



 夏城の街はとても大きかった。

 きっとここがバルベリーニの首都なのだろう。

 冬城はどっちかって言うと別荘的な感じなのかも。


 この街はいわゆる城郭都市ではない。

 夏城があるという山の斜面に張り付くような全体的に斜めな街だった。

 雨で見通しが悪く城は見えなかった。

 メインの通りには放射状の模様になるように石畳が敷かれていてなんだかお洒落だ。

 地面が剥き出しだった冬城の街とは対照的。


 しかし俺たちは市街には入らず、ぬかるんだ通り沿いの宿屋にチェックイン。

 こちらの方が冒険者ギルドに近いらしい。

 こんな場所にあるなんて、やっぱ冒険者って底辺職なんだな。


 馬房に馬を預けて鞍などの装備は全て部屋に持ち込む。

 最近、馬房荒らしが頻発しているとのこと。

 保険があるわけでもなし自衛しなければならない。


 ロレンツォとアウグストは先日成敗した馬泥棒の事を冒険者ギルドに報告しに雨の中出て行った。

 ご苦労な事である。

 俺も冒険者ギルドは見てみたかったが、雨の中ぬかるみの道を歩くのは御免被りたい。

 軟弱でごめんよ。


「ところで冒険者ギルドってあるんですね」

「どういう事だ?」

「僕の村にはギルドって一軒しかなくて、そこは塩蔵の魚の軍への納品とか、農具の貸し出しとかそういうのがメインだったんですよ」

「ああ」


 ちなみに俺たちは二人ともパンツ一丁で洗濯中である。

 フード付きのローブを着ていたとはいえ下着までジトジトである。

 着替えを入れた袋だって防水ではないのだから何もかもが湿っているのだ。

 なのでどうせなら洗濯をして魔術で乾かしてしまおうという考えだ。


「ここみたいな大きな街だと人口が多いから領主家と分業化が進んでいるのだ。お前の村のギルドも冒険者ギルドも公な機関ではあるのだが、こちらは冒険者の登録、依頼の受注と登録者への発注。金銭の授受。それで発生する税の徴収と納付のみを請け負ってる」


 俺の村のギルドでも冒険者登録はできる感じだったな。

 もっとも冒険者としての仕事なんかないのだろうが。


「ここバルベリーニでは農家の管理や街の治安維持なんかは領主家が担っているな。もっともそれはポリオリでもそうだが」


 そうか、農家は農奴だもんな。


「冒険者ギルド以外はどんなのがあるんです?」

「他にあるのは商業者ギルドだな」


 おお、これまた定番のギルド!

 俺も魔石屋になるのなら登録することになるのだろう。


「ところでオミはこの世で最初にできたギルドは商業者ギルドだって事は知っているか?」

「え、そうなんですか?」


 王子は頭を両手でしごいて髪から水分を落とした。


「農家の住む村というのは自然発生したり領主が作ったりするものだが、街というのは誰が作る?」

「王族じゃないんですか?」

「それが違うのだ。確かに最近では領主主導の街づくりというのもある。ここバルベリーニの夏城街も冬城街もそうだ」

「へえ」


 そうか、そういえばバルベリーニは新興国だと習ったな。


「元々、王とか領主というのは民は全員が農民であって麦で納税するものだと考えていた」


 まあ確かに農作物の取れ高イコール国力というのはそうだよな。

 食い物が無ければ兵隊さんも養えない。


「でもそれだと服とか武具とか作る職人が入ってませんよ?」

「王族や貴族というのは職人は抱え込み自分の管理下で働かせるものだ」

「なるほど」


 パトロンてやつね。

 俺の世界でも画家や音楽家は貴族に雇われて仕事していたと習った気がする。


「もちろん民の中にも、狩りをする者や鍛治をする者、布を織る者はいたのだが、基本それらは全て農民による兼業だった」


 ふむふむ、農閑期の副業か。


 俺たちは話しながら洗った服を絞って部屋に張った麻紐に掛けていく。


「そもそも商人というのはA地方で獲れるものをB地方で売る、という事を専門に行い始めた者たちだ」

「はいはい」

「かつては小さな村々を回っていた事だろう」

「はい」

「商人が生まれたことで職人という専門職が生まれた」

「ははあ。大量に高く商人が買ってくれるんですね」

「そうだ。そして商人というのはかつては家を持たず旅をしながら細々と商いをしていた」


 知ってる。

 アニメで見た。

 いや、あれも異世界系だから嘘かも知れないけど。


「ところがどうだ。城下町のような人の多い所に行くと商品が一気に捌ける。何故だ?」

「そりゃあそのまま、人が多いからでしょう」

「その通り。人の集まる場所に商人が集まり、商人の集まる場所には職人が生まれる」

「農民ではない民が集う、いわゆる街になりますね」

「だが、誰が仕切る? 道は馬車が通れるように広くした方が多く人が集まる。そして舗装されているほうが清潔に保てて買い物客が増える。誰かが仕切って計画的に街づくりをしなければ」


 都市計画や道路計画なぞ重要インフラなのだから国と地方自治体で仕切るものなのではないだろうか?

 上下水道もセットで考えねば都市計画とは言えない。


「国も王族も出費を可能な限り控えたい。金を持ってるのは誰か。そして街づくりをすると儲けるのは誰か」

「なるほど儲かるのは商人ですね」

「そうだ。だからその地区で商売をしたい商人が寄り集まって都市計画を立て、出資するようになった。街というのは商人のものなのだ」


 なるほどなー。

 その出資者の集まりが商業者ギルドの基か。


「そうすると商人が大きな権力を持ってしまうのではないですか?」

「もちろん力を削ぐ為にも国は商人に重税を課すことにした」


 それまで商人は税の仕組みからから外れていたのだろうな。

 それがいきなり重い課税か。

 そうなりゃ商人も黙ってないよな。

 王族や政治家に袖の下を渡して抱き込むのか。


「こないだ聞いた商人の準男爵もそうして生まれたんですね」

「そういう事だ。商人と王族はズブズブになっていく。そして王族も街を作ると儲かる事を理解して街を増やす」


 なるほどねえ。


「じゃあ、折角作ったのに上手くいってない街なんかもあるんですか?」

「冬城の街なんかは割と小さかっただろう?」


 そういえば。

 確かに。


「街道沿いにあった古代人の遺跡を改修して城とし、街を興したがそれほど人は集まってはいないな」

「街道の先がポリオリだと田舎過ぎましたかね」

「そうだな。ポリオリから出ていく商品は多いんだがポリオリは何しろ小国だから人の数がな」

「もっと沢山の城を持つ国とかもあるんですか?」

「ある。これから行くリンゼンデンなぞ春夏秋冬の四箇所の城を四季折々巡っているぞ」

「マジすか?」

 

 年四回も引越しするの?

 気が狂ってる。

 超金持ちなんだな。


「そんな国からよくウルズラさまはポリオリみたいな小国に輿入りしましたね」

「そうだな。母君は四女ということもあるが、それよりもポリオリがバルベリーニに吸収されては隣国として許せないと思ったのだろう」


 なるほど、ここでも政治力学か。

 確かに隣国があまりにもデカくなって力を付けるのはちょっと警戒してしまうのだろうな。


 世の中色々あるんだな。


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