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延々と続く石畳の道とそれを取り囲む麦畑の先に、こんもりとした小さな林が見えてきた。
まだ遠いので家々は見えないが、あれが今夜の宿泊地だろう。
新しい村という話だった。
ところで、石畳の道の脇には多種多様な雑草が生えている。
こんなのがあると畑に雑草が広がって面倒なのではと思っていたのだが、休憩のたびに馬が喜んで口にしているのでこれは意図的に植えられた馬のための燃料だったと気付いた。
年間を通して何かしらの雑草が生えてることによって長旅が可能になっているのだ。
もちろんある程度の飼い葉は持ってきてはいるが限界ってものがある。
道草あっての馬の旅なのだった。
今は初夏だから雑草も育ち盛りで豊富だ。
こうした知恵が各所に散りばめられているのだろうに現代人の俺はなかなか気づかないのが何だかもどかしい。
きっとこれまでも色々と見落としているに違いない。
惜しい事だ。
さて、見えていた林は近づいてくると思ったよりも規模が大きかった。
先ずは牛を飼っている大きな農園がお出迎え。
その農園の向こう側に林が広がっており、林の中央には岸壁で固められた溜池が鎮座しているのが見えた。
この林はあの溜池を守るために意図的に作られたものだと理解できた。
そうだよな。
近くに川がないなら溜池がなければ人は住めないよな。
人も家畜も水がなければ生きていけないのだ。
林を抜けた所には井戸も設えてあった。
周囲が石畳で屋根の付いた立派な井戸だった。
俺は周りを見渡して納得した。
なるほど、この村はこの井戸を中心に建てられているのだ。
俺たちの通ってきた道と交わる脇路があり、その横道がこの村のメインストリート。
舗装はされていない。
その道の奥まったところにさっきのとは別の農園が見えた。
脇道の入り口近くにも建物は立っているが人気のない荒屋だった。
かつて使っていた作業員小屋というのがこれらなのだろう。
一応家畜小屋らしきものも残っている。
「この小屋を借りましょう」
ロレンツォがそう言ったので馬を降りて家畜小屋に繋ぐ。
荒屋といっても一応手入れはされてはいるようだ。
奥に真新しい飼い葉が積んであり、床に敷くための麦藁も用意してあった。
なるほど、定期的に旅行者が利用するから宿ではないけど便利に使えるようになっているのか。
そうこうしていると、農園から馬に乗った村人がこちらに向かって来ていた。
粗末なシャツと粗末なズボン。
靴も簡易なモカシンで麦藁帽子を被っている。
馬も居るとなると聞いていたよりも豊かな村のようだ。
確かにあれだけ農地が有ればそれなりに儲かっているのだろう。
「やあ、旅のお方で?」
「王都に向かう途中なのだ。この小屋を一晩お借りしたいのだが、よろしいかな?」
「ええ、一応ウチが管理さしてもらってますんで最近は利用料としておひとりにつき銅貨一枚頂いてますが、よろしいですか?」
なるほど有料だったか。
しかしまあ一人千円なら安いもんだ。
「もちろんだ。飼い葉も敷き藁も用意してあって助かるよ」
「お帰りの際も敷き藁はそのままで結構です。井戸はあちらをお使いください」
「ちなみに、パンや肉を分けてもらうことはできないかな? もちろん代金はお支払いさせていただくが」
ロレンツォが宿泊代の銅貨四枚を馬上の男に渡しながらそう持ち掛けた。
「ウチのカカアが作った粗末なパンと、干し肉と野菜のスープでよろしければ」
「それでいい。四人分頼むよ」
「あい分かりました。後ほどお届けしますよ」
「助かる。ところで良い馬だな」
「ありがとうございます。この辺りには、たまーに主人を失った馬が迷い込んでくることがありましてな。持ち主が出てくるまで預かってるって訳でさ」
「狼か?」
「どうなんでしょうな。あ、でも今年は魔物狩りを春にやったばかりですから街道から離れなければ安全ですよ」
そう言うと男は農園に帰って行った。
王族が冬城から夏城に引越しするに当たって魔物狩りが行われたってことか。
なるほど治安の強化にも引越しが役立ってるのか。
てか、魔物って何?
何が出るの?
「ロレンツォさん、この辺りってどんな魔物が出るんです?」
「この辺りではまず見ないですな。魔物よりも狼や野犬ですね」
「あと野盗な」
王子が突っ込んだ。
「おそらくさっきの馬も、先日の野盗から買ったものだろう」
「でしょうな」
なるほどそうか。
奴らは冒険者なのだからこの村もよく利用していたに違いない。
村人が悪事に加担している、、、とは言えないか。
それが盗品とはいえ安ければ買うよな。
「あ、飯が来ましたね」
アウグストがそう言うので慌てて荷物から食器を出す。
見るとさっきの親父さんが片手に籠を持って馬に揺られていた。
「お待たせしました」
「助かる」
ロレンツォが銅貨を四枚渡す。
一食千円か。
ちょっと渡し過ぎじゃないか?
この立地だぞ?
まあ、ありがたい事に変わりないか。
籠には丸くて平たいパンと鍋が入っていた。
その場で取り分けて籠と鍋を返す。
「あ、くれぐれも火の扱いにご注意ください」
「あいわかった。火は使わぬ」
確かに小屋も畑も良く燃えそうだ。
火気厳禁だな。
俺たちは小屋の前に置かれた輪切りの丸太の椅子に腰掛けて飯にした。
小屋の中は暗いからな。
届けられたパンは黒パンではないが白くはない微妙な色合い。
全粒粉ってヤツかもしれないな。
それが丸いナンみたいな感じに焼かれている。
フライパンで焼いてるのかも知れない。
一人前がデカい。
スープは赤い豆とキャベツのスープ。
申し訳程度に干し肉の破片が沈んでいる。
味は悪くない。
何しろ具沢山で温かい汁物というのがありがたい。
俺たちは黙ってガツガツと飯を食い腹を満たした。
パンが少し多いかなと思ったがスープに浸しながら食ったら全然ちょうど良かった。
なんかもっと凄い貧しい何かを想像してたのだけどそんなこと無かったな。
今がちょうど刈り入れ時ってのもあるかもな。
農奴って聞くと本当に奴隷のような暮らしを想像してしまうけど、これだけ豊かな農地が広がってるんだから飯なんて食い放題なのかもな。
この時はそんな風に思ったのだが、次の村ではそんな甘い想像が打ち砕かれたのだった。
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