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「軍政機関って何です?」
「ふむ、軍というものは大きく分けると軍令機関と軍政機関という二つの構造になっている」
「ほう」
「言葉の通り軍令機関とは軍事力をどう行使するかの作戦立案や軍事命令を所管している」
「はいはい、なるほど」
「軍政機関は予算編成権を持ち、物資調達を所管し、部隊編成権も持っている」
なるほど。
軍と聞いてイメージする実働部隊としての軍が軍令機関なのか。
しかし、実質的に権力を持っているのは軍政機関ぽいな。
予算編成と部隊編成を押さえてるのは強い。
日本の財務省なんて予算を握ってるだけで権力の象徴みたいになっているのに。
「なるほど、つまりウルズラ様は軍の権力者の家系の方なんですね」
「そういうことだ。軍はドワーフの作る優れた武具が必要だ。全国に散ったドワーフとの交渉にポリオリを抑える事が有利になると踏んだのだろう」
王子は自分の家族の事なのに随分冷静な目で見ているな。
まあ政略結婚が当たり前のこの世界では当たり前か。
「思惑は外れたんですか?」
「残念ながら。ドワーフ王は各国と自由に価格交渉することを求め、自由民として認めるよう王都に迫った」
じゃあ、ハズレか。
「しかしまあ、その代わり姉君が大量の魔石を掘り当てたので予想外の大当たりとなった訳だ」
「ラッキーでしたね」
「しかしその魔石を掘り当てた孫が軍に入ると、勝手に糧食のメインを麦から米に変えてしまった」
長官が自慢げにそう言ってたな。
「米というのはリンゼンデンではあまり採れぬ。あれは北方の方が質が良いのだ」
ああ、今まで物資調達に自国をメインに使えていたのに他領を頼らなくてはならなくなったのか。
それはプライドがめっちゃ傷つきそう。
てか単純にお金が儲からなくなったのか。
「それはヤバいですね」
「そうなのだ。しかも米の豊富な北方は軍令機関に強い家系が多くてな」
「うわ、最悪」
「祖父の感情的に母君とポリオリの立ち位置が微妙になってしまったのだ」
「しかしそれって長官が軍令機関側に利用されたって事ですよね」
「そうなのだろうな」
魔眼持ちとはいえ大した実績もない小娘の旗振りで軍のメイン食材が変更できる訳ないもんな。
なんか凄く柔軟な組織なのかと思ってたけどそういう事だったのか。
「つまり乾燥パスタが覇権を取れば王子の母方のおじいちゃんがまた最強に返り咲けるんですね」
「そういう事だ。もちろんポリオリの扱いも変わってくるだろう」
アーメリアでの政治力ね。
「ちなみに、お父様のアダルベルト様って立ち位置的には軍政機関寄りですか?」
「もちろんだ。時計だけでなく望遠鏡も軍に無くてはならない装備になりつつある。ポリオリが小国なのに発言力を高く維持できている所以だ」
そうだよな。
ポリオリめっちゃ小さいもんな。
こうしてバルベリーニと比べると蟻と象くらいサイズが違う。
まあでもバルベリーニは特別デカいって話だったし他の国と比べてみないとちょっと分からんか。
辺境伯って話だったもんな。
なんか辺境って言葉が付いてるからアレな感じがするけど独立国並みに経済力と軍事力を有してるって事なのでしょ?
前世で話題になってたので知ってる。
あるラノベの人気作が、途中で登場する田舎の弱小国の長を「辺境伯」と記述したら歴史ガチ勢に一斉に叩かれて訂正してたんだ。
ファンタジーなんだからそんなムキにならなくたっていいじゃんね?
でもあれか、中高生がそれを間違って覚えてしまうと歴史認識を間違う可能性があるか。
いやいや、そんな重責は担っちゃいないだろ。
だってラノベだぜ?
それはさておき王子が話を続ける。
「そんな政治力学により、リンゼンデンとポリオリに挟まれたバルベリーニもこちら側に付けてしまいたい。今や小麦といえばバルベリーニなのだから、折角の機会だ。巻き込んでしまおうという訳だ」
「バルベリーニ伯はこちら寄りではないのですか?」
「家系的には古典的南部の家柄だが、北方からの援助で国力を伸ばしてきたという経緯があってな」
ああ、それもあるあるだよね。
近隣諸国よりも、少し離れた国境を接してない所との方が仲良くやれるパターンね。
国境を接してるとどうしても領土問題が出てくるからなあ。
えーっと、、、
という事はつまりつまり、ポリオリとバルベリーニの結びつきを強固にするというのなら、やはりアレッシアちゃんをバルベリーニに嫁がすという方向に話は転がっていくのではないか。
うーん、、、
あのパーティでアレッシアちゃんが俺にダンスを誘わせたのは、何かヴィート氏を避ける為だった気がするんだよな。
ふたりに何かあったのかしら。
「あのー、こんな事を聞いて良いか分からないんですけど、、、、」
「何だ?」
「アレッシア姫はひょっとしてヴィート様の事を避けてたりしないかなぁ、なんて思って」
王子は少し苦い顔をした。
「その事か、、、」
「さっきの話だと姫はバルベリーニに嫁がせられる感じになるんじゃないかなと」
「母君はそう考えているだろうな」
「ですよね」
何かあるのかしら。
「実はアレッシアがヴィートを避けるのは我々兄弟の悪ふざけのせいかも知れんのだ」
「あら、一体何があったんです?」
王子が深いため息を吐いた。
「ヴィートが姉君に結婚を迫っていたのはお前も知っての通りだ」
「ええ」
かつてバルベリーニはポリオリを併合しようと目論んでいたから、ということだっけ?
そして今では長官個人の持つパワーが欲しいと。
「その求婚を姉君が何度も袖にしている、という逸話をアレッシアに度々、面白可笑しく話して聞かせていてな」
「ああ、、、」
「アレッシアは先日まで姉君と直接会った事はなかったのだが、姉君に対する憧れがたいそう強くて」
「はいはい」
「その姉君が嫌がっていた相手と結婚しろと言われてもこう、気持ち的に受け入れられないだろう?」
「なんか分かります」
我慢して結婚することはできるかも知れないけど、まあ嫌だよね。
「ヴィート様にはご兄弟は?」
「もちろん居るが、慣例通りに十歳を過ぎる頃には婚約者が決まっておる」
「え、じゃあヴィート様は?」
「姉君を娶ると決めて婚約者を作らなかったのだ」
「大きな賭けに出ましたね」
「当時は我が国はドワーフを失い、飢饉に見舞われ弱っておったからな。御し易しと思ったのだろう」
普通だったら断る筈もない話だもんな。
親が決めた会ったこともない相手も結婚するのが常識だものね。
でも長官はその常識がドワーフ仕込みだからなあ。
ヴィート氏も可哀想に。
常識の通じない相手を娶ろうとしたばかりに行き遅れ王子になってしまったのか。
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