210
森を抜けた。
暗がりを抜けた先は切り株だらけだったのでまだ森っちゃ森か?
少しずつ切り拓かれているのだろう。
木材だって必要だろうしな。
そしてついぞ狼の声は聞くことはなかった。
朝飯を食いながらロレンツォに訊くと、睡眠中に声が聞こえたら直ぐに起きて臨戦体制だったようだ。
声が聞こえたら彼らの足で数分の距離ということだったから二〜三キロだろうか。
森の中は音が通りにくいだろうから確かにヤバそう。
移動中に聞こえたならば直ぐさま襲歩で駆け出せば逃げれる可能性があるとの事。
馬の方が走るのは速いが、持久力で負けるので迎え撃った方が生存率は上がるらしい。
何しろこっちには魔術と剣がある。
と言っても狼の群れ全体を倒すのは簡単ではなく、何匹か仕留めてボスに諦めてもらうしかないのだそうだ。
「盗賊が居てくれて助かりましたよ。アイツらの死体で暫くは狼も満腹でしょうからな」
ロレンツォも中々怖い事を言う。
現実主義者ってそういうとこあるよな。
ちなみに、遠吠えの真似をするのは厳禁との事。
他所の狼に縄張りを荒らされたと思って全力で向かってくるので自殺行為らしい。
試しにやってみなくて本当によかった。
「まだ早いですが今日はここまでにしましょう。明日は村に入れます。宿屋はありませんがパンくらいなら買えるかも知れません」
マジか。
ありがたい。
堅パンと干し肉は飽きてきたところだ。
「肉が食いたいな」
「うまくすれば鶏かウサギなら。まあでも望みは薄いですな」
そんな貧しいのか。
「まだ新しい村ですし人も少ないですから」
なるほど。
この森を切り拓いてる人たちの村か。
開拓と開墾、共同施設の建設やらなんやらで大忙しなのだろうな。
前にギルドの日誌で読んだ。
初年度って事はないだろうが備蓄や余裕はまだないって事なのだろう。
「新しいって、いつくらいからある村なんです?」
「前は農繁期だけ寝泊まりする小屋があった所なんですが、少しずつ家が増えてきたのがここ数年ですな」
ふむ、小屋と家は違うのか。
そりゃ違うか。
南部とはいえ木の家だったら暖炉か囲炉裏がなくちゃ越冬は厳しそうだもんな。
「面白そうですね。村長さんの話とか聞きたいですね」
王子がまじまじと俺の顔を見た。
「オミは農村の話に興味があるのか?」
え、意外かしら?
「あの、僕が生まれた村のギルドに残されてた日誌を読んだんですが、ちょっとしたサバイバル記録で面白かったんですよ」
「例えばどんな?」
「畑に麦を植えたけど潮風のせいか育たないとか、魚が豊富って話だったのに貝しか獲れないとか」
「どうなったのだ?」
「麦は諦めて芋と野菜にしたらなんとか育ちました。魚は大型魚が秋に遡上して来る事が判明しまして季節ごとに漁のやり方を変えることで乗り切りました」
「へえ、そんな事があったのか」
「ええ、なのできっとその村も様々な苦労と工夫があるのではないかと」
「なるほどな。言われてみればそうか、民草にも色々と苦労があるのだな」
王子はしみじみとそう呟いた。
これは多分差別とかじゃなくて単純に意識したことがなかったのだろう。
「ポリオリのような歴史の長い国とはちょっと事情が違いますからね」
ポリオリの問題はドワーフが大量に出て行ってしまい、その後の経済をどう維持・存続するかだもんな。
農業国と工業国の違いでもある。
飢饉を乗り越えたばかりだし。
山ばかりで農地に使える土地が少ないから新たな農地を開墾みたいな施策は取りようがないもんな。
水は豊富なのに勿体無いものだ。
まあ、それで農地が増えて人が増えても住める場所がないから無理だよな。
だからこそポリオリは工業で生き残りを模索するしかない。
田舎すぎて位置も悪いので運搬費をペイできる高付加価値製品で勝負するしか生き残り戦術が思いつかないよな。
「ウサギが居ますね」
ロレンツォの声で物思いから意識を戻した。
「どこだ?」
「あの辺りです」
皆が息をひそめ集中する。
「あ、いた!」
確かに切り株の間を駆け抜けた何かを見た。
サイズや動きの感じで確かにウサギっぽい。
「捕まえられるか?」
「ウサギを獲るなら罠しかありませんな」
「作れるか?」
「やってみましょう。期待はしないでください」
ロレンツォが作ったのは括り罠というもので、麻紐で作った輪っかを枝で跳ね上げる仕組みだ。
「ウサギは決まったルートを通りますし変化があったら警戒して近づきません。一応手袋を付けて作業しましたが近くに我々の居る匂いがするでしょうから期待は厳禁です」
可能性は限りなく低いってことか。
サバイバルって難しいんだな。
ポリオリ近辺の山にも鹿が多いって話だったけど、ついぞ見かけなかったしな。
奈良みたいにいっぱい居れば掴み取りなんだけどな。
野生のは無理か。
そういえば鳩すら姿を見ないもんな。
やはり都会とは違うのだな。
「弓が上手ければ獲れたりします?」
「ううーん、、、弓でウサギは難しいのではないですかね、、、」
「まあ、無理だな。的が小さ過ぎる上に警戒心が高く動きが速い。鹿ですら中々当たらんのだ」
そういえば王子は鹿狩りをすると言っていたな。
「鹿でも難しいんですか?」
「難しい。地形を読んで勢子に追い立ててもらって待ち伏せしても難しい」
鹿狩りってそこまでするのか。
なんかハンターが独りで鹿を追うイメージがあったけど。
でも確かに、何百メートル先でも精密射撃ができるスナイパーライフルがないと無理か。
普通の銃よりも弾のデカいスナイパーでも一発で仕留められないから手負いの獲物を追いかけてる途中で見失うことが多いんだった。
ハンターのシミュレーションのゲームでやったわ。
忘れてた。
ちなみに俺は狙ったムースが逆に襲って来て、慌ててライフルで撃ってももちろん当たらずムースに踏み殺されてゲームオーバーになって萎えてそのゲーム辞めたんだった。
ある意味黒歴史だな。
そう思えば弓矢が当たっても全然逃げられそう。
「やっぱ矢が当たっても逃げられちゃいますか?」
「鹿はそうだな。ウサギはショックで動かなくなるらしいからとにかく当てれば勝ちだが、当たった試しがない」
経験者だったか。
「草原に住むアナウサギなんかが多い地方だと石を投げて獲る猛者も居るとか」
マジか。
本当に当てたもん勝ちなんだな。
「僕も弓矢を練習しとけば良かったですね。みんなで射れば誰かが当たりそうなもんじゃないですか」
王子が鼻で笑った。
「いやいや、弓矢は本当に違う。我は毎日毎日何年も的を射続けて研鑽を積んだが全く進歩がなかった。もう矢は諦めようかと思ってる」
そうだったのか。
それで剣に全振りしてたのか。
ロレンツォが慌てたように言う。
「王子、諦めるのはまだ早いです。もっと身体がしっかりしてきますと無理なく弓を引けるようになりますから。そこからが本番です」
ロレンツォは弓矢が得意なのか。
それであんなに背中がデカいのか。
なんか弓を引くのってめっちゃ広背筋使いそうだもんな。
「その辺の木を使って弓矢って作れないんですか? ロレンツォさん得意なら罠より早そうじゃないですか?」
王子がまた鼻で笑った。
「本当に弓矢はそんなんじゃないんだよ。矢のほんの少しの曲がり、引く手の位置のほんの少しのズレでてんで明後日の方に飛んで行くんだ、、、やはりオミにも弓を一度は触らせておくべきだったかもな」
そうかも。
そんなにデリケートな武器だって知らなかったわ。
だったら確かに剣の方が稽古の効果は出やすいか。
戦場で生き残るには絶対に必要だもんな。
乱戦になったら魔術なんて使ってる暇なんてなさそうだし、周りの敵だけを攻撃とかって難しそうだもんな。
敵味方を関係なしに全員皆殺しとかなら幾つか方法を思い付くんだけど、、、
いやいや、そういうのは良くない。
襲ってきた盗賊を数人斬っただけで落ち込んでるくらいなんだから、きっと俺には向かないよ。
謙虚に真面目に生きていこう。
人殺しは程々に!
いつもお読みいただきありがとうございます!
なんならついでに応援いただけると泣いて喜びます!




