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 食事が終わると王子がさっき言った「旦那の役に立つかも知れん」の内容について俺たちに小声で話し出した。


「オミは魔術で光が出せるのだったな。あれはどれくらい続けられる?」

「光の強さに寄りますが、どれくらい必要ですか?」

「弱くていい。宿から共同墓地までだから高々二十分程度だろう」

「弱くていいなら大丈夫だと思います」


 王子は頷いた。


「よし、では幽霊退治をするぞ」

「え?」

「死者の魂を慰める真似事をするだけだ。件の部屋から魔術の光を墓地まで運んで、そこで消せば街の連中は納得するだろう」

「信じる信じないは良いとして、イリス教的にそういうのって大丈夫なんですか?」

「微妙だな。しかし自殺で死ぬと魂が天の国へ迎え入れてもらえないと信じられているからこうした噂が立つのだ」


 イリスは自殺はご禁制だったか。

 そんなローカルルールは初めて聞いたぞ。


 ロレンツォが口を挟んだ。


「何故そこまでするのです?」

「偶然とはいえ困り事を聞いてしまっただろ? どうせ暇なのだ、やれる事はやっても恨まれる事はあるまい」


 ロレンツォは渋々といった感じで頷いた。

 暗くなってから町で出歩くなんて事は護衛としては避けて欲しいのだろう。


 王子は目配せで給仕を呼ぶとまたオーナーを呼ばせた。

 オーナーも直ぐに出てきた。


「お食事いかがでしたでしょう?」

「美味かった。ウチのシェフにも味見させたいところだ」

「それはありがとうございます」

「それで、ものは相談だがな。その幽霊とやらを墓地まで連れて行き、ここには戻らぬよう説得してやろうか?」

「そんな事が?」

「我が姉が魔眼持ちである事は知っておろう?」


 オーナーは目を見開いた。

 王子は口の前に指を立てる。


「他言は無用だ」

「もちろんでございます。しかしながら我が宿はお礼を差し上げる余裕なぞございませんが、、、」

「礼なぞよい。ここのような良い店にくだらぬ困り事があるのは隣国とはいえ友好国の王子として見過ごせん」


 オーナーは深々と頭を下げた。


「では主人、その部屋の鍵を貸してくれ。あと墓地までの案内に小僧か誰か付けてくれ」

「かしこまりました、ではこちらへ」


 フロントへ案内されてロレンツォが鍵を受け取る。


「三〇二号室でございます」

「うむ」


 ロレンツォを先頭に階段を登っていく。

 芝居だからこそ、実際に人死にがあった部屋に入って行くのはなんだか抵抗を感じる。


 振り返るとオーナーも一緒に来ていた。


 一切の躊躇なしにロレンツォは鍵穴に鍵を差し込んで回した。

 ここ暫く開け閉めがなかったであろう蝶番が不穏な音を立てて扉が開いた。


「真っ暗だな」


 もちろん窓も閉まっている。

 既に火が灯っていた廊下の燭台をオーナーが渡してよこした。


 ロレンツォが受け取り中に入る。

 俺が続き、窓に取り付く。

 かんぬきを外して観音開きの木窓を開いた。

 弱まりつつある西陽が差し込み部屋を照らす。


「その娘はどこで?」


 続いて部屋に入ってきた王子がオーナーに問う。


「その扉のノブで、、、」


 オーナーは部屋には入ってこない。

 反射的に言われたドア前の床を見てしまったが特にシミなどはなかった。


「よし、では始めるぞ」


 王子は目を瞑り手を合わせて祈るようなポーズを取る。

 俺も倣った方が良いだろうか?

 見るとロレンツォもアウグストも立ったまま王子を見守っているので俺もそうした。


 暫くそうしていると太陽が山の影に入ったのか西陽が切れた。

 部屋が急激に暗くなる。


「来た」


 王子がそう囁くとオーナーがびくりとした。

 

「オミ、頼むぞ」


 王子は手を合わせたままゆっくりと振り向くと俺にそう言った。

 俺は口の中でぶつぶつと精霊に語りかける。


「これまでの流れはきいてたな? 弱い青白い光をそれっぽく手の中に作ってくれ。俺の魔力で足りるように頼む」


 両の手を掲げるとその空間に煙のような不定形な光が集まり出した。

 めっちゃ雰囲気ある。

 精霊はマジ優秀だな。


 オーナーはそれを見て目を見開き、口を半開きにして茫然としていた。

 王子がオーナーに説明する。


「此奴はエルフの古の霊術を使えるのだ。さあ、墓地へ向かうぞ」

「お、おい。お連れしろ」


 オーナーは小僧さんを俺たちに押し付けると自分は我先にと階段を降りた。

 小僧さんは俺の手の中の光る煙を見てガクガクと震え出した。


 王子が優しく小僧さんに声を掛ける。


「安心せよ。悪い霊ではない。ただ少し悲しんでいるだけだ」


 小僧はギクシャクと頷くと俺たちを先導して階段を降り始めた。

 ロレンツォが続き、王子に目配せされたので次に俺が続いた。


 オーナーによって開けられた扉から外に出ると空に浮かぶ雲が夕陽でオレンジに縁取られていた。

 暮れ方の闇はそこまで来ている。


 小僧さんとロレンツォに先導されて街外れへと向かう。

 池の脇を抜け、ちょっとした林を抜けるとそこが墓地だった。

 墓地の一番奥にひときわ大きな墓石が置いてあり、そこが目的地のようだ。

 個人の墓を建てられない貧しい人たちの墓だ。


 もう辺りはかなり暗い。

 王子は小僧さんに問いかける。


「亡くなった少女の名は何という?」

「あ、、、えっと、ミリアです」


 王子が俺の手の中の光に語りかける。


「ミリアよ。ミリアの迷える魂よ。失われた幼き命よ。さぞかし辛かったであろう。その思い、我には察する事すらできぬ。しかしどうかその悲しみを我に慰めさせて欲しい」


 そして今度は宙に向かい語りかける。


「そして神よ、唯一絶対の我が主人よ。命を自ら絶ったこの無垢な魂を受け入れたまえ。この魂は穢れなき魂。どうか神の国へと向かい入れて欲しい」


 王子の辺りに小さな淡い光が飛び交い出した。

 羽音が聞こえるところをみると、蛍のようだ。


 俺は手ゆっくりとを掲げ、精霊に頼んで光を宙に霧散させた。


「願いは聞き入れられ、少女の魂は神の国へと受け入れられた。神に感謝」


 王子が頭を下げたので俺も倣う。


「さ、戻るぞ」


 振り返るとオーナーも着いてきていたようで、信じられないものを見たというような顔をしていた。


 うん、分かる。

 良いタイミングで蛍も飛んだし凄かったよね。


 小僧さんとオーナーに率いられ墓地を出ようと歩き出すと、墓地の入り口には十数名の野次馬が群がっていた。


 王子は落ち着き払って野次馬に向かって頷き、左手を挙げた。

 すると野次馬たちは跪く。


「其方たちの願いは聞き入れられ、ミリアの魂は神の国へ迎え入れられた。神に感謝」


 野次馬たちは深く頭を下げて、額、唇、胸と順に親指で触れた。

 あれがイリス式の十字を切るみたいな作法なのだろう。


 一人の女性が声を上げて泣き出した。

 隣に跪く男性も深く項垂れている。


 王子はその夫婦に向かって声を掛ける。


「ミリアの両親か?」


 ふたりは黙って頷いた。

 王子はふたりの頭に手を乗せた。


「悔い改めよ。そうすれば其方らの罪は赦される。日々の仕事に励み、神に感謝の祈りを捧げなさい」


 ふたりは深く深く頭を下げ、肩を震わせていた。


 そんな坊さんみたいな事を勝手にやって本当に大丈夫なのだろうか。


 野次馬を置いて歩き出したので少し離れたあたりで王子にそう尋ねた。


「ふむ、カイエンや王都でやったらお叱りを受けるかも知れんが、イリス教会もないこんな田舎じゃ咎められようもないだろ?」

「そっか」

「それに王家というのは神からの信任を受けて統治を任されているのだから、多少神の代弁をしても神はきっと許してくれるだろう」


 うーん、何かその傲慢さには引っ掛かりを感じるが、まあ良い事をする分には大丈夫か。


 見上げればもう星が出ていた。

 ふと、つんと袖を引かれたような気がして墓地を振り返る。

 同時に王子も振り返った。


 蛍の光に包まれてよく見えなかったが、立てないまま泣き続ける夫婦を皆が慰めているようだった。


「もうこのような悲しい事件は起きないで欲しいな」

「そうですね」


 蛍の淡い光の中、手を繋ぐ幼い男女が駆けていくのが微かに見えたような気がした。


この話、お盆期間中に出したかったんですけど間に合いませんでした、、、

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