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さて、バルベリーニへの街道だの入り口が、以前の印象と全然違う。
落ち葉はらいの時は、割と見通しの良い開けた感じがしたのだが、今は木々に新緑の葉がもっさりと繁り始めていてボリューム感が凄い。
長官を送った時だって葉を付けた木がなかった訳ではないのだが、初夏の木の本気というのは凄いもので、現在は緑のトンネルといった具合になっている。
緑のトンネルに踏み込めば中は明らかに暗い。
もちろん真っ暗な訳ではないけど、陽の光が直接地面まで届いている箇所が殆どない。
ポリオリに着くまでの道のり、色々な森の中を歩いて来たけど木漏れ日はもっとあった。
前はあまり気にしてなかった木をよく観察すれば一本一本の幹が太い。背が高い。
そして苔むした倒木が目につく。
同じく苔むした巨大な岩がそこら中に小山を作っている。
その隙間に木の根が這い回り、とてもじゃないが道がなければ踏破は難しそう。
原生林なのだろうか。
俺は日本の里山しか見た事がないからなんとも言えないが、ポリオリの裏手の森とは明らかに植生が違う。
あそこは幹が真っ直ぐな針葉樹が多かったから、やはり植林された里山だったのだろう。
「この道が敷かれたのっていつ頃なんです?」
「それは我々も知らないのだ。我々の祖先はあちらの稜線沿いに移動をして来たと言われている」
王子は森で見えない西の遠くを指差した。
この道は山間を通してあるのだもんな。
「この道は城下に畑を作らんと森を開墾している中に見つかったのだそうだ」
オーパーツじゃん。
いや、いつの時代かの遺跡かな。
「この道はどこまで続いてるんです?」
「王都までだ。バルベリーニを抜けてリンゼンデンを抜けてクスカも抜けて王都まで。その先は知らんな。だが北限のドームと言われているバーゼルまで続いておるのではないかな」
おお、歴史の授業で習った地名が出て来た。
「あれですか、ドーム同士が繋がれてるんですかね」
「そうかもな。埋もれたもの、川の流れが変わって辿れなくなったものもあるのだろうな。実際、我々もこの道を毎年掘り出さないと維持できん」
最初に掘り出した時は大変だったんだろうな。
「よく掘り出しましたね」
「冬も働けるのがポリオリの強みだからな」
「あ、そっか。農閑期にも雪がないから」
「それに他所と繋がる事が出来れば貿易が可能になる。攻め込まれる危険は増すが背に腹はかえられぬ」
「ですよね。お陰で今のポリオリの繁栄があるんですもんね」
俺たちはそんな感じにどうでも良い事をくっちゃべっているが、前衛はロレンツォ氏、後衛はアウグスト氏が務めてくれている。
小国とはいえ、王子は王子なので人質としての価値があるのだ。
比較的安全な旅とは言え、油断は禁物らしい。
護衛が少なすぎる?
うん、分かる。
俺もそう思った。
ロレンツォ氏に聞いた所、誘拐を狙う小悪党にしろ、追い剥ぎを狙う山賊にしろ、こちらを生かしておこうとするらしい。
対してこちらは相手を殺しても罪には問われないため遠慮なく攻撃ができるので人数差が不利にならないのだそうだ。
そして手に負えない魔物が出た折には人数が少ないからこそ逃げやすいらしい。
なるほど。
人が多いと渋滞しそうだもんな。
ちなみにこの旅のリーダーはロレンツォ氏である。
軍での階級は王子が上でも有事にはロレンツォ氏の指示に従うことになっている。
俺にも無闇に魔術をぶっ放さないように釘が刺された。
相手が何処の手の者かとか、町が近いか遠いかで戦略が違うのだそうで経験者に判断を任せて欲しいとの事だった。
うーん、頼もしい。
そんな訳で俺たちは子供らしく気楽におしゃべりを続ける。
「そういえばオミは姉君の魔眼について何か聞いてるか?」
「ああ、特に聞いてないですね。魔力とは何なのかみたいな方にばかり興味が向いちゃって。王子は聞いたんですか?」
「うむ。オミは色弱という目の病気を知っているか?」
「はい。色の見え方が普通と違うヤツですよね」
近年では色覚多様性と言わねばならないのではなかったっけ。
病気ではなく多様性なのだと。
「それの一種だと言っていたな。赤が見えなかったり緑が見えなかったりする色弱の目でも、別の色相の差は感じれたりするらしくてな」
「そうなんですか?」
「詳しくは知らんがな。姉君の場合は魔力が見えてしまうせいでそれ以外がよく分からなかったらしい」
「面白いですね」
「見えている魔力の後ろにある背景の方に注力すると普通の視界になるのだそうだ」
「へー」
その辺、幼少期に長官は苦労したのだっけ。
「そこから話が派生したんだが、たまに霊が見えるとか未来が見えるとか嘯く怪しげな連中が居るだろ?」
「はいはい。こちらにもそういうのが居るんですね」
「うむ、アレもその一種ではないかと言っていたな」
「幽霊の見える魔眼ですか」
「そう聞くとありえん話でもないのかなと思わされてな」
「降霊術とかやってみます?」
「その筋の有名な人とか居たらやってみるのも面白いかも知れんな」
え、王子って割とオカルト好きなのかしら。
それは危ういな。
仮にも第三王子なのだし、まじないに傾倒するのはよろしくない。
「えっと、霊能者に聞いてみたい事とかあるんですか?」
「そりゃキアラ王女との結婚が上手くいくかどうかだろ」
「え、そっち系ですか?」
「そういう場ではそういった相談をするものだろう?」
俺は脱力した。
全然信じてないじゃんか。
ちょっと心配して損したわ。
「だったらドワーフ通いを今後も続けたらキアラ王女とどうなるか聞いた方が早いんじゃないですか?」
「お、随分と攻撃的な物言いだな。というかオミも来れば良かったのに。ドワーフの女子はいいぞ? 特に積極的に楽しもうという姿勢が素晴らしい」
ぐぬ、、、
なんとも羨ましい。
「あ、オミはそっちはまだだったか?」
「ええまあ。それに僕には婚約者も居ますしね」
王子だって婚約者いるでしょうに。
「その気になったら早めに済ませておいた方が良いぞ。女は男に純潔を求めるクセに、いざそうした場面でおっかなびっくりだったりオドオドしたりする男には失望するそうだからな」
あー、ありそう。
結婚初夜に蛙化されたらもう立て直せないよな。
そうなったら尊敬される旦那さんという立場は生涯諦めるしかないな。
「ちょっと、だったら何で誘ってくれなかったんですか」
「城の外に抜け出すのに王族しか知らされぬ秘密の通路を使うのだ。こればっかりはオミにも教えることは許されん。済まなかったな」
「長官ともそこから?」
「そうだ。ポリオリ城は元々ドワーフのものだから繋げておいたのだろう」
そりゃそうか。
あんだけあちこち長々と迷宮を掘り進めてるんだもんな。
城とも繋がってたほうが便利に違いない。
「ああした鍾乳洞ってあそこだけなんですかね?」
「ポリオリ周辺に幾つかあるみたいだな。今でもドワーフが住んでるのはあそこともう一箇所だけらしいが」
そういやドワーフの人口ってどれくらいなんだ?
殆ど出て行ったって話しだったけど。
「ドワーフって何人くらい居るんです?」
「最も多かった時期で五万を超えてたらしい」
「今は?」
「千人に満たぬ程だそうだ」
「あ、でもそんなに居たんですね」
城下町ではチラホラ見る程度のイメージだったけど。
「炭鉱掘りを続けている連中は掘ってる先でバラバラに暮らしているからな」
そっか、いちいち戻るのが面倒なくらい遠くまで掘ってるのか。
ドワーフは暗いところでも目が見えるって言ってたけど、どんな感じに見えているんだろうか。
まさかこんなに明るく見えてる訳ではないんだろうな。
さっきは暗いと思った緑のトンネルを眺めながら俺はそんな風に思った。
みなさまのお陰で200話に到達しました!
この話を投稿し始めて大体ちょうど1年になります!
今後ともよろしくお願いします!




