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壮行会の食事メニューはハンバーグだった。
王子と俺がドワーフと開発して来年から売り出すポリオリの新商品ということで家族全員にお披露目ということだった。
皆さんの反応は上々。
トマトソースと合わせた煮込みハンバーグを重めの赤ワインと合わせれば納得の美味しさだった。
特にご兄弟の反応は素晴らしく、目を閉じてうっとりと味わっていた。
王子の語る開発秘話にはアレッシアちゃんも話に引き込まれ身を乗り出し、王都への運搬には長官が手を貸してくれるという話では目を輝かせていた。
和気藹々と食事は進み、兄たちからの励ましの言葉をいただき、アレッシアちゃんがさみしがってくれれば、もう宴もたけなわ。
また前室に戻って今度は食後酒にグラッパをいただけば大満足である。
夫人からのお説教や変な圧力もなかったので心の底から楽しめた。
そして俺はこのグラッパという酒がかなり気に入った。
ドライで強いのに香りが良いなんて、ストゼロの上位互換かよ。
てか、俺まだ十二歳なのにこんな酒飲んでて大丈夫?
背が伸びるのが止まったりしない?
この身体はまだまだ成長期なのだ。
そんな感じで食事会がお開きになり、一旦部屋に戻って部屋着に着替えてからウルズラ様の執務室へ向かう。
ちなみに部屋着って言ってもスウェットとかジャージじゃないぜ。
きっちりしたシャツとパンツで革靴だ。
いわゆる俺らの知ってるスーツって貴族の部屋着って知ってた?
ひとまず今夜は家族とのリラックスした場ということでジャケットもネクタイもなしだが、来客がある時はベストまで着用した三揃いが普通らしい。
堅苦しいよな。
さて、夫人との面会である。
「ようこそ。ブランデーでいいかしら?」
「いえ、今日はもう酒は結構です」
「オミクロンは?」
「僕ももう結構です」
「あら、私はいただくわよ」
本当はこの世界のブランデーを試してみたかったがちょっと控えた方がいいだろう。
前世でもブランデーなんて飲んだことないから比べられないし。
「さて、聞きましょうか?」
「はい、それでは。今回オミが発明したのは、、、正確には思い出したのは、麺を作る機械です」
「それがそんなに画期的なの?」
予め庶民的なものと知らせておいたからか、落胆の様子はない。
俺が答える。
「麺を作るには粉を混ぜて、こねて、伸ばして、切るという四段階の作業があります。このこねて伸ばすという作業がかなりの力仕事になります」
「続けて」
「この機械を使すと混ぜる以降の仕事に力が要らなくなります」
「そうなの。それで?」
王子が引き継ぐ。
「女性や子供でも大量に麺が作れます。しかも、この麺を乾燥させると長期保存が可能になり、五分ほど茹でれば直ぐ食べられるようになるというのです」
「それで軍に?」
「はい。米食は足萎え病になると言われています。オミがその原因は麦が足りないせいだと知らせて病人を何人も救ったのはご存知の通りです」
「そうだったわね」
「軍での運用を考えると、パンは製造に時間と手間が膨大に掛かり、しかも日持ちしない事が問題でした。乾燥麺もカビることはあるそうですが、それでもパンの比ではありません」
「どれくらい持つの?」
俺が答える。
「おそらく精米した米と同等かと。少なくとも堅パンやビスケットよりは持ちます」
「味はどうなの?」
「生麺よりも固く、腰が強くなります」
「作って見せて」
「え、今からですか?」
「できるでしょ?」
「麺を乾燥させるには少なくとも丸一日必要でして、、、」
「オミクロンはものを乾燥させる魔術が使えるのでしょう? そう聞いていますよ?」
あ、そういえばルカ氏の目の前で濡れた荷物を乾かしたんだっけ。
ウルズラ様はリサーチ力が高いな。
「麺はコックに作らせればいいわ。厨房へ向かうわよ」
「今からですか?」
「あなた方の言う通りバルベリーニや軍を相手にするなら冬小麦の刈り入れが終わる前に手を打つ必要があるでしょう?」
「コックはまだ居るのですか?」
「いる筈よ」
ウルズラ様は立ち上がった。
俺たちも後に倣う。
隣の部屋からお付きの女性が現れて燭台を手にした。
王子に目で合図され俺も持つ。
部屋を出て使った事のない階段を降りると割と直ぐに厨房に着いた。
相変わらずこの城の位置関係が理解できない。
厨房はというと、明るく火が灯り、まだバリバリに働いていた。
そっか、後片付けと明日の仕込みをしてたのか。
飲食業は過酷だな。
コックたちはウルズラ様の登場に驚いていたが、事情を説明されると快諾した。
「私らはこれから賄いですからちょうど良かったです。竈門の火もまだ落としておりません」
若手が小麦と卵を練り始め、大鍋が火に掛けられた。
パスタソースはどうしようかと思ったら彼らが賄いに食べようとしていたらしい煮込みハンバーグの残りを発見。
説明してソースの大半とハンバーグを二個もらう。
バーグをヘラで細かく潰せばミートソースの完成だ。
見ると練られた小麦粉は麺棒で伸ばされ包丁で切られ始めていた。
流石プロは手早いな。
パスタを短く切ろうとしたので止めて長いまま受け取る。
切られたパスタを受け取って、布巾を干す場所らしい紐に掛けていく。
結構量がある。
厨房職員全員がしっかり食べるつもりらしい。
ソースが足りるか心配になってきた。
十人くらいは居るからな。
干されたパスタを前に目を閉じ、嘘詠唱を口の中でぶつぶつと呟く。
多めに魔力を送ってカチカチになるまで乾くように精霊にお願いした。
「乾け、セッカ(乾燥)!」
嘘詠唱の仕上げだけしっかり声を出せばぶら下げられたパスタは乾麺に変わっていく。
沸騰したお湯に塩を一掴み入れて麺を投入。
手切りのせいか太いので茹で時間は八分程か。
その頃には作業を終えたコックたちが集まってきた。
サンプル用に残した乾燥パスタを手に取って硬さを確認して何やら話し合っている。
パスタを一本引き上げて前歯で噛み切って断面を見る。
断面に見える円が閉じれば引き上げのタイミングだ。
コックにそのまま渡してそれを説明する。
歯応えも覚えておいてくれと伝えれば皆で分け合って噛んでいた。
みんな好奇心旺盛だ。
もう一本引き上げて断面を見ればちょうど良さそう。
平ザルを借りて麺を引き上げソース鍋に移す。
よく混ぜ合わせればミートソーススパゲッティの完成だ。
皿に取り分けて食べてみれば悪くない。
ちょっとソースが少なかったがそんな事はどうでも良い。
乾麺が意外と美味いことが分かればよいのだ。
しかしこの世界のフォークはパスタが巻きづらい。
この世界のフォークは二叉なのだ。
基本、肉を刺すためだけなのでそれで良いらしい。
三叉のフォークの製造もドワーフに頼む必要があるな。
反応はまちまち。
パスタは柔らかいものという常識がある彼らにとって乾麺の歯応えは異質に感じるのだろう。
さっき聞いた所によると、そもそもこの世界では麺料理は短く切ったパスタをポトフの具とするのが普通らしいからな。
しかしミートソースとハンバーグへの反応は上々。
料理長にこれを教えておけたのは良い機会だったな。
さて、問題のウルズラ様の反応だが、表情に変化がないので分からない。
少なくとも不味そうではないのだが、、、
「母様、如何ですか?」
王子が聞いてくれたが返事がない。
ウルズラ様は料理長に目をやった。
「米は煮るのにはどれくらい掛かるのかしら?」
「十五分くらいから食べれますが、料理として出す場合は三十分から一時間ほど煮る事が多いですね」
米料理と言ったら重めのお粥だもんな。
「あなたはこの乾麺はどう思いますか?」
「食べにくい事を除外すれば非常に美味しいと思います」
他のコックから改善点が出される。
「スプーンで掬えるように短く切ればよいのでは?」
「それではザルで掬えないだろ?」
「目の細かいザルを用意すればいいのだ」
「長さがないと干す時に掛けられないだろう。何を見ていたんだ!」
「乾燥させてから切れば良いのだ」
「見ろ。包丁では切れんぞ」
「なら手で折ればいい」
「お前百人分それをやれるのか? 時間がかかり過ぎる」
喧々諤々である。
俺もひとこと言わせてもらう。
「フォークが三叉だと巻き付けやすくなるんですけど、、、」
コック全員が眉を顰めて首を振った。
駄目らしい。
確かに大人でもパスタ巻くのが下手な人って居るもんな。
そういえば俺も子供の頃はスパゲッティは苦手だったかも。
学校の給食で出た時に、箸で食うなとか音を立てて食うな、みたいな事を言うヤツが必ず居てちょっとした論争になってたっけ。
味が良くても食いにくいのはウケが悪いよな。
三叉フォークはパスタ料理が貴族まで行き渡ってから、お上品に食べるアイテムとして登場させるんで良いな。
ウルズラ様が口を開く。
「この料理が色々論じるだけの可能性のあるものだということは分かりました。米よりも調理時間が早いのは軍においては優位性があるでしょう」
そう総括した。
「料理長、時間がある時にこの乾麺の研究を進めてくださる?」
「かしこまりました。軍に売り込むので?」
「このオミクロンが麺を作る機械を考えました。既にドワーフの工房に発注済みだそうです」
おお、とどよめきか起きた。
俺が引き継ぐ。
「例の挽肉器と同じような感じのものです。ふたつのローラーの間に、混ぜて軽く延ばした粉を入れると薄く伸ばされます。それを厚みを調整しながら何度か繰り返すと練りが進み極薄にできます。ローラーの片方をカット専用のものに替えてもらってもう一度通すと細く切ることができます」
さっきパスタを打ってくれたコックは不満気だ。
俺はそのコックに向かって言う。
「貴方のような卓越した体力と技術がなくても作れるのがポイントです」
ああそうか、というようにコックは頷いた。
さっきパスタ練るとき汗かいてたもんな。
王子が引き継ぐ。
「我々はもうじき王都へ発たねばならん。諸君らにはドワーフから技術的な相談もあるかも知れん。ただでさえ忙しい諸君らの負担が増えてしまうのは心苦しいが、これが問題なく開発され、実用化されればポリオリの主力製品になると思われる。どうか手を貸してもらいたい」
皆が頷く。
料理長が応じた。
「お任せください。今この時にポリオリ城の厨房に勤めていたことが今後、世界に通用する箔になることは間違いないですからな」
その言葉は若手に響いたようで目がギラついてきた。
分かる。
転職に有利なのは魅力だよな。
「この計画の責任者は私が務めます。何かあれば私まで。それと、この乾いた麺は残しておいて、どれくらいでカビが生えるか観察してもらえるかしら?」
「かしこまりました」
俺たちは厨房を辞した。
ウルズラ様と王子はお付きの方と連れ立って宮へと向かい、俺はひとりで自室に向かった。
燭台は明日メイドさんに渡せば良いとのこと。
俺は部屋に戻ると王子に尋ねるべきこととしてウルズラ様と麦とバルベリーニの関係、とメモ書きをした。
それにしても王子が毎晩ドワーフハーレムに通っていたとは全く許せんな。
異世界転生者である俺よりも異世界生活を楽しんでるじゃないか。
俺はプンスカしながら眠りに落ちていった。
いつもありがとうございます!
最近はちょっと長めに書いているのですが読みにくくないでしょうか?
何か思うことあればご意見いただけると助かります!




