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 その日はいよいよ量産体制に入った挽肉器の完成品を見に、オラヴィ親方の工房とは別の工房に来ていた。

 ここは時計工房で、明るさを担保する為に屋根にも押し開きの窓が設置されていてかなり明るい。


 こないだの飲み会で長老的な扱いをされていた人たちが多い。

 時計作りはもの凄い精密な作業だろうから腕利きが集められているに違いない。

 研修生的な若者も多いからかガラス工房と比べて活気がある。


 作業場の手前に接客スペースがあるのもガラス工房との違いだ。

 その接客スペースの机に十台ほどの挽肉器が並べられていた。


 俺と王子で検品をする。

 見た目の美しさ、可動部のスムーズさ、固定部の安定性、調整部分のネジの回しやすさなど点検部分は多岐にわたる。


 長老格のひとりが腕組みをして発言した。


「こうして見てみるとやはり文字の部分はエングレービングか象嵌にするべきだったのではないかの?」


 エングレービングとは金属にする彫刻のようなものだ。


「いやいや、これは実用品ですから。可能な限り安価に作りたいんです」

「では各国の王族や有力貴族からそうした注文が入っても断るのか?」

「いやー、その辺は領主様にお任せします。なんか政治的な力関係もあるでしょうし」

「我は全面エングレービング加工のものも見てみたいな」

「それはさぞかし格好良いでしょうね。でもそれで作るのが挽肉って」


 老ドワーフが笑った。


「確かに。それに象嵌の隙間に肉の破片が入り込んで腐っても困るな。特別注文を受けるにしてもその辺の説明と同意が必要そうじゃな」

「ですね。王子、その辺を領主様に説明してもらっていいですか?」

「うむ、賜った」


 ひと通り見たが、製品としてはこれで大丈夫そうだ。

 俺としてはコイツを入れる箱とかにもこだわりたかったが、この世界では木工製品もかなり高価な事を失念していた。

 値段が倍になってしまう。


 一番安い粗末な箱に藁と詰めて売るしかないらしい。


 長老たちに声をかける。


「素晴らしい出来です。お忙しいでしょうに、僕の思いつきを形にして頂きまして本当にありがとうございました」

「ええんじゃ、ええんじゃ。時計の次の手を早めに打てて感謝しとるのはワシらのほうじゃ」

「そうなんですか?」


 時計事業は上手く行っているのではないだろうか。


「各地で懐中時計の生産が始まって、バハムトの髭が取り合いになってな。そうなるとやはり王都の貴族に競り負けるんじゃ」


 ああ、懐中時計の心臓とも言えるバネは鯨の髭を使うんだっけ。

 てか鯨も魔物扱いか。

 髭鯨は意味不明にデカいもんな。


「バハムト漁とかって盛んなんですか?」

「ガッハッハ! そんな訳あるか! バハムトの死骸が浜に流れ着くのをひたすら待つのよ」

「それじゃあ足りなくなりそうですね」

「前はコルセットやパニエにしか使わなかったからな。数年に一度でも見つかれば充分だったんだが時計に使い出してからは手に入りにくくなって値段が高騰してな」


 パニエって何だっけ。

 チーズみたいなヤツだっけ。

 いやいや、話の流れから言ってファッションアイテムっぽいな。

 スカートを膨らませる骨組みのことかも。

 きっとそうだ。


「バハムト一匹でどれくらい取れるんです?」

「我々も実物のバハムトは見たことがないから詳しくは知らんが一頭から五百本ほど収穫できるとか」


 うーん、多いのか少ないのかよく分からん。


「姉君が獲ってくれれば良いのだがな」

「いやいやいや、危なすぎますって。船より大きいんですよ?」

「え、そんなに大きいのか?」

「すみません言い過ぎました。セイレーン号と同じくらいだと思います」

「それでも大きいな」

「しかも海ではもっとヤバそうな魔物も見かけるんで、バハムトを仕留めても港まで曳航する間に別のが寄って来そうで怖すぎます」


 俺は超巨大なウツボのような海蛇を思い出して身震いした。


「そうか、簡単な話ではないな。バハムトを引き上げる事ができるくらい大きな船でないと無理か」


 引き上げる為には鉄骨のクレーンとか油圧の重機が必要だろうな。

 木造の柱と滑車では無理そう。


「まあ、その場で髭だけさっと収穫すれば可能かもしれませんけど、それも難しいですね。船員と言えど兵たちは海には入りたがらないですからね。実際怖いし」

「それもそうか」


 それに髭だけ取るのはもったいないよな。

 大量の脂が取れるから蝋燭は作り放題だし、肉も美味いのだ

 尾の身の刺身だけでも確保したい。


 そういえば、刺身といえば馬も刺身で食えるよな。

 タテガミという肉と脂の中間みたいな部位がこれまた旨いのだ。


 俺は戸口から見える工房の庭に繋がれた王子の馬をじっと見た。

 タテガミというのだからタテガミの下辺りなんだろうな。


「オミはなぜ急に我の馬を見ておるのだ?」

「何でもないです!」

「何か寒気がしたのだが?」

「王子のお気に入りを食べようなどと思っている訳ではありません」

「食うのか? 馬を?」

「食べないのですか?」

「、、、、骨折をした個体なんかを食料に回すことはあるにはあるが、、、」


 凄く嫌そうだ。

 王子は馬大好きだもんな。


「ふむ。オミが乗馬が苦手な理由が分かったぞ。自分を食おうと思っている奴になぞ、馬が身を任せて懐くものか!」


 そりゃそうだな。

 でも今の今まで馬を食い物と思った事は無かったんだけどな。

 見透かされてたか。

 挽肉器を使えばタルタルステーキが食える事は王子にも黙っておこう。


 馬は下手すりゃ俺より賢いもんな。


 まあそんな事はどうでもいい。

 俺は改めて老ドワーフたちに頭を下げた。


「しっかり検品させて頂きました。バッチリだと思います。今後もよろしくお願いします」

「うむ、任せろ。それに何か新しい製品を思いついたら知らせてくれ」

「いやあ、そうそう思い付くものでもないので余り期待しないで下さい、、、あ、、、!」


 ハンドルを回す道具をもうひとつ思い出した。

 パスタマシーン!


「おおお、王子! ちょっとこっちへ、、、!」

「なんだなんだ?」


 俺は王子の腕を取って外に出て小声で聞いた。


「この世界に麺料理はありますか?」

「麺? 小麦を練って細長く切ったものだろう?」

「そうです! あるのですね!」

「あるある。それがどうした?」

「麺を作る道具は?」

「聞いた事はないな。棒で伸ばして刃物で切るのだと思うぞ。麺を作る道具を思い出したのか?」

「はい。ちなみに麺を乾燥させたものは出回ってますか?」

「それも聞いた事はないな」

「長期保存ができて、五分ほど茹でれば食べられます」

「マジか、書け書け。どうする、アカデミーへの出立を数日延ばすか?」

「うーん、直接ドワーフに説明したほうが早いかも知れません」


 俺たちは工房へ取って返して思いつきを話す。

 A4黒板に簡単な図解をして身振り手振りで説明をする。


「ふむ、それなら挽肉器よりも簡単じゃな。厚み調整ネジの取り付け方と麺切り用のドラムの交換が少々厄介じゃが、時間をかければどうにかなるじゃろう」

「ありがとうございます! 形にこだわりはないので作りやすいように自由に変えて頂いて結構です」

「うむ」


 またもやビジネスチャンスを手にしてしまったな。

 これが転生者の無双モード、、、?


 いや、なんか只の食いしん坊って感じだな。


毎度ありがとうございます!

応援くださった方の魅力度が上がるまじないを掛けておきましたので宜しかったらどうぞ!

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― 新着の感想 ―
王子がマジかって言うのはちょっと違和感。 食べ物関係は強いね、オミ氏。
馬の毛も色んなものに使われたり馬油も使われたりと色々あるよなぁジー
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