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文書館の後片付けをしながら俺は王子にブーブーと文句を言っていた。
「この手の決まった振る舞いがあるような事は予め教えて下さいって言いましたよね?」
「これがちゃんとした式典なら教えておったさ。これくらいの規模なら変な振る舞いをしても別に問題にはならんさ」
「急だと緊張しちゃうんですってば!」
「父には相談したが、問題ないと承諾してもらったぞ?」
「僕の気持ちの問題ですよ! ポリオリに来てからビックリしてばっかりですよ。ヴィートさんには絡まれるし、長官には刺されそうになるし、アレッシアさんの騎士にさせられるし、、、」
「我のせいではないではないか。全てお主が自分で招いたことだ」
「僕は平民として安寧に暮らしたいんですよ!」
王子はファイリングしたロゴ案の束で自分を扇ぎながらこちらを見た。
「それなら大丈夫だ。準男爵は平民だぞ? お主の意向もちゃんと考慮しておる」
「そういうことじゃなくて、、、」
「でもアレだ。アカデミーで目を付けられると各領地からの勧誘が凄いからな」
「それが何です?」
俺は移動させた椅子を元の位置に戻しながら王子を睨んだ。
「ふう、、、お主がアレな奴だと分かっていても、話していて我々の常識が通用しないのには未だ慣れんな」
「アレとはなんです!」
「いやいや、つまりこうだ。オミくらい派手な魔術が使えると皆が欲しがるだろう?」
ヴィート氏がそうだったな。
「勧誘されて、おそらくお前は断るだろう。断るとどうなると思う?」
「疎まれますかね」
「甘い。他国に取られるくらいなら殺しておいた方が良い、と考える者が何名かは出る」
「え」
「断るなぞ無礼な、と怒る者もおる」
「まあそうかもしれませんけど、、、」
「貴族は平民を殺しても罪には問われんのは知っておるよな?」
「マジすか? 人権意識はどうなってるんです?」
「人権?」
「人には等しく生きる権利があるんです!」
「そんな権利は聞いた事がないな」
「ええ、、、?」
「準男爵は平民ではあるが、殺せば国家間の問題にはなるから簡単には殺せなくなる。それがお前に肩書きを与えた理由だよ」
「そうだったんですか?」
そういえば大臣のひとりが「保護を与える必要」って言ってたな。
それか。
「オミはよく『僕は貧しい漁村の生まれです』って自己紹介するが、アレはもう辞めた方が良いな。お主は相手よりも下に出る事を謙虚な美徳と考えておるのだろうが、相手によっては逆に良くない結果を産んでしまう」
そっか。
有力者としか関係を持ちたくない、みたいな人って意外と居るもんな。
そんなのに漁村の出身なんて言って下手に出たらムシケラ認定されるのだろうな。
「これからは名乗る時にポリオリ王に準男爵の位を賜っていることを先ず宣べるべきだろうな」
ええ〜、嫌だな。
地位とか肩書きとかでマウント取る人って嫌な奴が多いじゃん?
「オミはアカデミーで結構な数の“事故”が毎年起こるのを知っているか?」
「いえ。そうなんですか?」
「演習中に起こる不幸な事故だ」
ああ、戦死者の何割かは背後から撃たれてて、味方から殺されてるんじゃないかって話を聞いた事がある。
もちろん前世での現代戦の話だ。
「でもそれならアカデミーで嫌われたらそれでもう終わりって話じゃないですか」
「お主がポリオリの男爵である事が知られていればそれだけで殺され難いと言っておるのだ」
誘いを断ることがなければ相手のプライドを傷付けることも無いってことか。
「その代わり妙な嫌味を言ってくる輩は増えるとは思うが、そんなのは無視すれば良い話だ」
「え、何を言われるんです?」
「準男爵くらいだと金で買える身分だからな」
「そうなんですか?」
「大きな国の商人とかの準男爵の多くはそれだろうな」
「何でそんなに爵位とか地位とか欲しがるんです?」
「それに見合った恩恵があるからだ。誰だって信用と安全が買えるなら買うだろ」
なるほど。
確かに信用と安全が金で買えるなら買うか。
結構大変なものを頂いちゃったな。
「相場は幾らくらいなんです?」
「国にもよるのだろうが、年に四回金貨二枚とかいうのはよく聞く話だな」
えっと金貨一枚が百万円だったはず。
年間八百万円で準男爵か。
高い保険だな。
てか、そんな高価なモノを頂いちゃったの?
いただき女子じゃん。
「そんな価値のあるものだったんですね、、、王子、ありがとうございます」
王子は呆れたように鼻で笑った。
「やっと分かったか。爵位をやると言われて断るなぞ異常も異常。とんでもなく馬鹿か遠慮しいなのかと思ったが、お主がアレと分かればまあ仕方ないのかも知れんな」
さっきから俺をアレ呼ばわりするのはうっかり転生者だと誰かに聞かれぬ為か。
「常識知らずで王子にはご面倒お掛けして申し訳ありません、、、」
「まあよい。お主は我の下僕なのだ。これからは順を追って教えてやるから安心しろ」
上から目線に少しカチンときた。
「てゆうか、そもそも王子が前もってちゃんと教えてくれないのが悪いんじゃないですか!」
「なんだと? それを言うならお主が我に隠し事なぞするからあれこれ面倒が起きるのではないか!」
バン!!!
大きな音がして驚いて見ると、離れた机に座って書き物をしていたトンマーゾがこちらを睨んでいた。
分厚い本を机に叩きつけた音だったらしい。
「王子、、、申し訳ありませんが、片付けが済んでいらっしゃるのなら、そろそろご退館頂けませんか? 国史の執筆に集中させて頂きたいのであります、、、」
その声は怒りの為か少し震えていた。
会議から今まで、長々と文書館を占拠されて酷くストレスが溜まっていたらしい。
「すまぬな、、、すぐ出ていく、、、」
「ごごご、ごめんなさい、、、」
俺と王子はすごすごと文書館を後にした。
怒ったトンマーゾは中々に迫力があった。
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