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料理長が恭しく頭を下げて挨拶をする。
「塩と香辛料、細かく刻んだタマネギと練り合わせまして焼き目を付けてから蒸し焼きにしました。肉の味が分かりやすいようソースは無しでお召し上がりください」
料理長と一緒に入ってきたメイド達が肉団子を取り分け、参加者に配っていく。
王が躊躇なく口に入れると皆が続く。
すかさず料理長が口を開く。
「こうした料理が無かった訳でありません。しかしこの量をお出しするとなると肉を刻むのに料理人四人がかりで一時間はかかるでしょう。しかしあの機械を使えばひとりで、ものの十五分で刻み終える事ができます。これなら来客がある際の晩餐会などでもお出しする事が可能です。そして驚くべきことに、今お食べ頂いている肉は豚の前脚なのです!」
数名が目を見開いた。
残りの数名はポカンとしている。
前脚が硬くて安い肉である事を知らないのだろう。
「ご存知の通り、前脚というのは筋が多く硬いので主に庶民に払い下げられる部位です。まともな料理にするには長く煮込む必要があります。それがこのように簡単に子供や老人でも食べられる様になります。これは全国の肉屋がこぞって買い求める商品となる事は間違いごさいません!」
料理長は役者のように優雅に頭を下げて後ろに下がった。
王子がすかさず引き継ぐ。
「今年は先ず挽肉器の生産を進めます。来年の春から王都まで船で運び、宣伝を開始します。先ずは幾つかの料理店と有力貴族の厨房で使ってもらい、挽肉料理を広めてもらいます。ご存知の通り貴族達は新しいものに飢えていますから自分の城の厨房に挽肉器を置きたがるでしょう。噂が充分に広がってから商会での販売を開始します。可能であれば秋の到来に合わせて販売を開始したいと思っています」
そこまで話すと大臣たちが勝手に質問をし出した。
「その貴族は何家にするかは決まっておるのか?」
「商会はどこにするのだ?」
「販売を秋にするのはどうした理由があるのだ?」
王子は微笑んで答えた。
「何家に卸すかはまだ決めておりません。商会も決めておりません。秋にする理由は、冬に備えて塩漬け肉を作り出すのが秋だからです。肉屋に大量に余った前脚が流れます。あとは涼しくなってからの方が肉が痛みにくく食中毒が起きにくい為です。挽肉は腹を壊すなどとケチを付けられたくは有りませんからね」
大臣たちが深く何度も頷いた。
何処に卸すかでポリオリにどう有利に働くのか頭で計算し始めているのだろう。
良い食い付きだ。
メイド達が空いた皿を下げ、挽肉器やプレゼンに使った肉を片付けた。
ちなみに今日の城の晩飯メニューはミートボール入りのポトフだ。
肉を無駄にはしない。
全員には行き渡らないと思うけどね。
王子が改めて口を開く。
「さて、本日の本題はこれからです。先ほど見ていただいた挽肉器に、これがポリオリ産であることを明記したいと考えています」
参加者にデザイン案が回される。
この世界にはコピー機がないので資料は回覧するしかない。
「ご存知の通り懐中時計は現在、見た目だけ似せた粗悪な模倣品が各地で作られ出回っております。挽肉器はより簡単な機構ですからより多くの模倣品が出回るのは避けられません」
王子は用意してあった焼きごてを手にした。
「そこで我々は牛に入れる焼き印のように識別を可能にすると同時に、品質の証となる印を入れようと思いついた訳です。焼き印というよりも金貨の打ち印に近いかも知れません」
この世界の貨幣にはもちろん図柄が付いているが、それは先端に彫り物が入ったハンマーを叩きつけて入れているのだそうだ。
もちろん偽金も出回っている。
鑑定士も居る。
偽金作りは当然死罪。
使った者にも重い罪が課せられるので取り扱いは慎重らしい。
大きな買い物をする際は鑑定代をどちらが負担するかでよく揉めるとのこと。
「図案が決まりましたら時計にも同じ図案を入れればポリオリ製品といえばこの印といったイメージが定着するかと思います」
回覧が終わった紙は集められて黒板の前の長机に並べられた。
「考慮したいことが幾つかあります。ひとつは偽造されにくいようにある程度複雑であること。ふたつ目が鋳造型に予め刻印を入れて製造したいのでシンプルであること。みっつ目は皆が憧れるような優れた意匠であることです」
参加者の反応は様々だ。
腕を組んで俯く者、頭を抱える者、補佐官と相談を始める者。
反応は様々だが言いたい事は分かる。
「そんなの無理だろ!」と叫びたい筈だ。
「今一度、意匠案をご覧になりたいかと思いますのでよろしければこちらでご覧ください」
そう言って王子は長机の後ろに回り込んだ。
すると領主と宰相以外の全員が出てきて長机を取り囲んだ。
「これは今日中に決めねばならんのか?」
「今日中である必要はありません。しかしこれが決まらないとドワーフが製造に入れません」
「この中から選ばねばならんのか?」
「そんなことはございません。何か良い案があれば紙に書いて頂ければ候補に入れさせていただきます」
「ドワーフ達はどう言っているのだ?」
「これらは全てドワーフ達の出した案を紙に書き写したものです」
「図案や文字はここにしか入れられないのか?」
「鋳造部品であれば何処でも入れられるそうです。胴体以外ですとハンドルと、ここの蓋ですね」
王子が質問のひとつひとつに答えていく。
皆の動きを見ているとやはり人気がなさそうなのが幾つかある。
俺は王子を呼び寄せて耳打ちした。
「人気がなさそうなのから間引いていきましょう。きっとこのまま話し合わせても決まりません」
「多数決を取ろうと言っていたではないか」
「数を減らしてからやりましょう。早く終わりにしたいです」
「それもそうだな」
王子は机に近づいて皆があまり立ち止まらない案を手に取って掲げた。
「これが良いとお考えの方はいらっしゃいますか?」
皆がそちらをチラリと見て首を振った。
うん。あれは廃案。
そうして少しづつ候補を減らしていくと、残りたったふたつに絞られた。
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