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挽肉器の試作品制作は難航した。
ドワーフたちは俺のイラスト通りに作れば上手くいくと思っていたらしいが、そうは行かなかったのだ。
第一の壁。
ハンドルを回しても肉が流れて行かない。
試作の実験で肉を使う訳にも行かないので肉の代わりに粘土で実験したそうなのだが、粘土が入れたその場でクルクルして先に進まなかったのだ。
これを解決するためにスクリューのサイズを変えてみたり、そもそも上手くいかないのではと懐疑論が出たりと喧々諤々の議論とスクリューの作り直しが試されたらしい。
これは粘土側の改良と挽肉器内部に油を塗る事、そしてスクリューの改良でなんとかクリア。
スクリューは肉の入り口側は幅広で、先に行くに従って幅が狭くなるように改良された。
この加工はかなり面倒らしい。
第二の壁。
肉が上手くカットされない。
スクリューと出口金具の接点で肉を切る仕組みなのだが、粘土だと上手く行くのに肉だと上手いこと切れないのだ。
これは俺が助言をした。
まず、出口金具とスクリューの接点をネジの締め込みで調整できるようにクリアランスを取る事。
それと金具とスクリューの擦り合わせ工程を入れること。
お互いをこすり合わせることで隙間が開かなくなるように現物合わせるをさせることで解消。
そこからスクリュー側は硬い鉄、出口金具は柔らかい真鍮という組み合わせが生まれた。
ドワーフからの提案で筐体自体は鉄からより錆びにくい青銅へと変更。
俺は青銅って黄色いガサガサの地金で直ぐ錆びるイメージがあったのだが、ドワーフの用意した青銅は銀色でツルツルだった。
銅像とかで見る黄色い青銅とは錫の含有量が違うらしい。
ちなみに青銅の錆は毒と聞いた事があるような気がしていたが毒性はないとのこと。
こればっかりはドワーフの言うことを信じるしかない。
第三の壁。
思うように細かくならない。
というより細かく切れるような出口金具を使うと少しづつしか出てこないので作業効率が悪いのだ。
これは俺が悪かった。
粗挽き→細挽きの過程が前世でもあったことを失念していたのだ。
金口を交換式にして粗挽き、中挽き、細挽きの三つの金口を標準オプションにする事で解決した。
第四の壁。
これは俺のいらん思いつきが原因で新たな論争の火種を産んでしまった。
ほぼ完成の試作品を見て、俺がメーカー名を入れようと言い出したのがきっかけだ。
だって現代では大体何にだってメーカー名は入ってるでしょ?
なんか見た目の収まりが悪くてさ。
だからせめて「メイド・イン・ポリオリ」くらいの何か刻印的なものを入れたくてそう提案したら様々な案が飛び交ってドワーフ同士の掴み合いの喧嘩となった。
領主のバルゲリス家の名を冠するべき案。
ドワーフが作ったものと冠するべき案。
ポリオリ案。
発明者のオミクロン案。
ポリオリの国旗案。
色々な案が出たが、ポリオリは全てのドワーフの故郷であるのだからこれは入れようと決まった。
かと言ってポリオリで作っているのはこれだけではないのだから「ポリオリ」とだけ入れるのは良くないとなった。
ここでまた俺が余計な事をしたのだが、ロゴを図案化して見せたのだ。
俺が書いたのはちからこぶを作った腕のイラスト。
ちからこぶの中に「ポリオリ」と書いて、腕の下に「ドワーフが作りました」と書いたのだが、これがまた論争の火種になってしまった。
要はみんなこれを気に入ってくれたのだが、時計にも入れようとか誰かが言い出して、それでは貴族が使うには品格がとか、だったら共通で使えるようにやっぱり国旗を入れるべきだとか、国旗だと色がないと意味がないだとか色々だ。
俺はドワーフがこんなに議論好きだとは思っていなかったのだ。
朝から晩まで、仕事中もずっと熱い議論が交わされた。
俺のちからこぶ案にも女性が入ってないとか、フェミニズムかポリコレかという批判が生まれ廃案にされた。
まあ実際、ガラス工房も時計工房も鍛冶屋だって女性も働いているのだから当然と言えば当然だ。
そんなこんなで激論が交わされ、最終的には領主に決めてもらうことになった。
今までに出た候補を図案として紙に書いて領に提出。
王家の面々と宰相らで議論が行われた。
もっと気楽に決めて良いと思うのだが、今後のポリオリとドワーフの製品の印象を形作る重大なイメージ戦略ということで結局、大臣やら王子たち、そしてその補佐官まで含めた大きな会議で話し合いされることになった。
もちろん俺も出席させられる事となった。
◇
場所は文書館。
広さがあって天井が光るので資料を見ながら会議する必要がある場合はここを使うらしい。
まさか暗くなっても会議を続けられるようにじゃないよな?
俺は長い会議とか嫌だぞ。
机の配置は授業に使うようになってからは大学の講義室のように黒板に向かう形となっている。
演題に立ったのは俺と王子。
どうしてこうなった?
ベンチャーだからか?
ちなみに司会進行は王子。
俺は挽肉器の実演を行う。
「重鎮の皆様。本日はお集まりいただきありがとうございます。これから来年以降に売り出すポリオリの新商品の紹介をさせていただきます。こちらをご覧ください」
机の布をサッと取り除くと現れたのは挽肉器。
「こちらはまだ試作品ですが、挽肉器でございます」
おお、と低い歓声が漏れ聞こえた。
「その名の通り、肉を細かく刻む機械です。実際に動く所をご覧になってください」
俺が机の下からボウルに盛られた肉を取り出して挽肉器にセットする。
これは予めひと口大にカットしておいたものだ。
ハンドルを回すと少しの間を置いてから金口からブリュブリュと細切れになった肉が出てくる。
出てきた肉を王子が皿で受け止め、スプーンで押し伸ばす。
「このようにあっという間に細切れになりました。この状態を荒微塵と言いまして、金口を交換してもう一度挽肉器に掛けますとこのくらい細かく刻まれます」
王子が用意してあった細挽きの生肉を皿で押し伸ばして見せる。
観客の反応は悪くない。
驚いて隣に座る補佐官と何やらヒソヒソと話をしている。
「こうして出来た細挽きの挽肉を丸めて蒸し焼きにしたものをご用意させていただきました。どうぞご試食ください」
裏手から入って来たのは料理長だった。
その手には蓋を被せられた大皿が乗った大きなトレーを持っていた。
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