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その日、俺はまたオラヴィ親方の工房に居た。
今日はお料理教室である。
挽肉器が出来たら作る料理を予め研究しておくのだ。
そんな訳で先ずは手に入れた豚の前足の肉を挽肉にする。
参加者はシリリャさんと挽肉器を作る鍛冶屋の奥さんとその娘さん。
あと王子もどうしても見たいと付いてきた。
鍛冶屋の面々は旦那も息子も含めて長官と一緒に王都に行って料理の伝播と販売した挽肉器のアフターメンテナンスに勤しむのだそうな。
なんかもっと気楽に提案したつもりだったんだけど、この事業にポリオリの未来が掛かってるみたいな大事になってしまった。
俺を含めた五人でひたすらに肉を刻む。
先ずは筋を切るように薄切りにしてそれを細切りにしてさらに刻む。
そのままだとかなり大粒の荒微塵なので包丁で叩く。
チタタプ、チタタプ、、、
今日作るのはハンバーグと肉団子だ。
ソーセージはこの世界にあるはあるが血のソーセージが定番メニューとしてあるので腸は余らないらしい。
そんな話を教えてくれたのは馬子の皆さん。
何を隠そう、この豚も俺が参加してみんなと捌いたものである。
◇
あれは昨日、馬子さんに肉やらソーセージやらについて聞きに行ったらちょうどこれから豚を潰すと言う事だったのだ。
あまり思い出したくはない。
思ったよりもグロかったからだ。
馬子さんに着いて河原まで行くと、木に豚が繋いであった。
数日前から繋いでおき、その間は何も食べさせないのだそうな。
腹の中を空っぽにしておかないと大変な事になるらしい。
言わずもがなである。
男手が総出で豚が暴れないように縛り付けて固定し、首の脇から長い刃物を差し込んで心臓を貫く。
これが最も豚を苦しませずに殺す方法らしいが、実際には豚は酷く苦しんでいた。
そりゃそうだ。
想像してご覧?
俺は想像するのはやめておくけど。
息絶えた豚は急いで仰向けに寝転がされ、顎の両脇から腹に向かって切られ、下顎を引っ張って腹を開かれる。
こうする事で血が腹部に溜まり無駄にならない。
内臓は引きずり出され部位ごとにカットされると川へ洗濯に。
中身を絞り出して裏返してキレイにキレイに掃除される。
その間、腹に溜まった血はコップで掬い出されバケツに汲み出す。
血はバケツの中で木の棒でずっと攪拌し続ける。こうすると血が固まらずに保持されるのだそうだ。
血小板ちゃんを木の棒に絡みつかせて取り除くって事だな。
ちなみに馬子さん達は女子供も総出で、全員で四十名ほども居ただろうか?
皆が忙しく働き、全ての仕事は同時進行させていく。
肉を腐らせない為にはスピードが大事なのだ。
さて、作業に戻る。
頭を落として皮を剥ぎ、四肢をバラバラにして胴体の背中の脂肪を削ぎ落とす。
皮からも脂肪を削ぎ落として灰を揉み込み木の枠に伸ばして張られる。
背中から削ぎ落とされた脂肪は包丁で刻まれバケツの血と混ぜて塩とハーブとニンニクで味付けされ、小腸や大腸に詰められる。
これが血のソーセージ。
顔とかの細かい部位の皮も剥がされ、焚き火で炙られ毛を焼き、そのまま調理され、みんなのおやつになった。
調理といっても串にさして茹でてから焚き火で炙るだけ。
俺ももらったけど悪くない。
豚足を炙って食べるのが好きな人なら好きだと思う。
豚の皮は馬子の子供達の大人気オヤツらしい。
そうこうしているうちに胴体からどんどん肉が外されていく。
肋骨の外側からバラ肉、内側からヒレ肉、前足の付け根は肩ロースだろうか。
後ろ脚やバラ肉など大きい部位は塩漬けにするらしく、すぐさま城に運ばれていった。
塩漬けにするのは厨房の仕事のようだ。
血のソーセージはというと程よい長さに捻られていわゆるソーセージの見た目になると木の棒にぶら下げられて、大鍋で茹でられたのちに燻製小屋へ運ばれていった。
ヒレも縦に細長く切られ塩で揉まれ燻製小屋へ。
見た目から想像するにアレがスクティになるのかも知れない。
ちなみに豚足と尻尾と血のソーセージは町の食堂に納品され豆と煮込まれたシチューになるらしい。
なにそれ美味そう。
脂肪はその場で鍋にかけられ不純物と固形部分を掬い取ってラードになった。
これは主に蝋燭に使われるのだそうだ。
膀胱はボールにして子供たちのおもちゃになるらしい。
残った内臓が馬子さんたちの口に入るものらしく、一口大に切られ金属の串で打っていく。
内容は胃袋、いわゆるガツだ。
後は肝臓。レバー。
腎臓。キドニーだね。
心臓。ハツ。
舌。タン。
味付けは塩のみ。
馬子さんたちは美味しそうに食べていたけど、正直味はイマイチ。
全部同じように血の匂いがする部位ばかり。
下処理も水で洗うだけだからな。
かろうじて美味いと感じたのはタンだけだった。
焼肉のタレと胡麻油が恋しい。
しかしワインの樽も開けられ賑やかなパーティにはなった。
いやあ、豚を一匹潰すだけでこんなに沢山の工程があるのだな。
そして残ったのは生殖器系の内臓、あとは頭と背骨くらい。
俺からすると頭と背骨はお宝なのだが、、、。
だって豚骨スープが作れるじゃないか。
脳ごと炊いて作った濃厚な豚骨スープは日本の誇り。
そう馬子さんたちに力説したが、一晩中炊くなんて薪代がかかり過ぎて無駄だと言われてしまった。
一口飲めばぶっ飛んで、燃料費がなんぼのもんじゃいとなると思うのだがな。
しかし、俺はカエシの作り方も知らないし再現はできそうもない。
醤油も味醂も無いしな。
塩味だけで美味しくなるのかどうか、そのうち研究したい。
◇
そんな風に豚の屠殺から解体を経験して手に入れた豚の前足は城の冷蔵室で保管してもらい今日に至る。
冷蔵室はこうした生肉を保存する時だけ使われる城の地下室で、数時間毎に魔術兵がフロストの魔術を掛けて低温を保つのだそうな。
手間がかかる。
それはさておき。
肉はチタタプしたのでお料理タイムだ。
先ずは、ただ挽肉を丸めて潰して平たくしてフライパンで焼いたもの。
焼き上がってから塩を軽く振っただけ。
これだけでも皆の反応は好感触。
試食はオラヴィとイェネクトも参加したが初めての食感だったらしく目を見開いていた。
鍛冶屋の二人も柔らかくて食べやすいと喜んでいた。
こんなのはまだまだ序の口だぞ。
次は塩を混ぜこみよく練ってから、玉ねぎの微塵切りとすり下ろしたパンと少々の水分も足して混ぜ込む。
リンのおばあちゃんから貰ったスパイスを入れたらもっと美味くなるのは分かっていたが、そういうのは後々にその土地の人が好みに合わせてやれば良いかと今回はカット。
小麦粉も用意できれば餃子にチャレンジしても良かったがそれも見送り。
詳しくは聞いてないがこの町では麦を碾く風車小屋に関する利権問題があるらしく、小麦の扱いは多少ピリつくものがあるのだとか。
そういえば風車小屋を見てるだけで通報されたしな。
手に水を付け、丸い肉団子とハンバーグに成形して鍋で焼く。
味は同じだが形状のバリエーションを知ってもらいたい。
フライパンで焼かなかったのはフライパンには蓋がないとの事だったからた。
焼き目を付けてひっくり返し、水を差して蓋をして蒸し焼きにする。
豚の生焼けは危ないからな。
焼き上がった豚ハンバーグを切り分けて食べれば余りの美味さに皆が黙り込んだ。
香ばしく焼けた表面に柔らかな中身。
流れ出る甘い脂が口中に広がって噛まずとも肉がホロホロと崩れて喉を滑り落ちていく。
「これがワインと合うんですよね」
俺がそう言うと皆が目を閉じた。
先日の飲み会のワインの味を思い出しているのだろう。
牛だったらもっと美味いのだろうが、牛は畑の労働力でもあるし、育てるのに大量の餌が必要になるから滅多なことでは庶民の口には入らないらしい。
ひとまず今は黙っておこう。
ハンバーグを堪能して飲み下し、鍛冶屋の奥さんが声を上げた。
「これは柔らかくて味が良くて、最高級料理の味だよ、、、それにあっという間に焼けたじゃないか。これは凄い事だよ?」
シリリャがうんうんと頷く。
「前足みたいな筋が多い肉は普通は長〜く煮ないと美味しく食べれないんだから」
俺は皆に肉団子も配る。
「こっちも食べてみましょう。味は同じですけどね」
親方とイェネクト氏は戸棚をチラチラと見ている。
酒を出すかどうか悩んでいるのだろう。
「今日は酒はやめておきましょう。宴会じゃないんで」
二人だけでなくドワーフ全員が肩を落とした。
俺はため息を吐く。
「少しだけですよ?」
「流石はオミちゃん、そう来なくっちゃ!」
即座に椀が配られユオマで満たされた。
まあ確かに美味いツマミが有れば酒も飲みたいわな。
「では、、、」
肉団子を指でつまんで一口齧れば、ハンバーグよりも表面がカリッとして、肉がよく焼けた香ばしさが際立つ。
じっくりと噛み締めながらユオマを流し込めば穏やかな酸味の奥に肉の旨みがしっかりと感じられて実に美味い。
王子がため息を吐いた。
「これは、、、ヤバイな」
「ですね、、、」
皆が同意する。
肉団子の残りを口に放り込み、椀を傾ければ全員の視線は鍋に向かう。
残りは三個。
「残りの肉を焼いてしまいましょうか」
「それがいい!」
「バーグと肉団子どっちがいいですか?」
「肉団子で!」
確かに。
豚だからか、肉厚で柔らかなハンバーグよりもカリッと焼いた肉団子の方が美味かった。
全員で肉団子を丸めれば残りの肉もあっという間だった。
火をかけた鍋の中で、自らの脂で半ば揚げられるようになっている肉団子を見つめながら王子が済まなそうに口を開く。
「父上と母上、あと料理長に幾つか持って行って良いだろうか?」
「え、ええ。もちろんです、、、」
「多分これを食べさせたほうが父も乗り気になると思うのだ」
「もちろんですとも。どうぞどうぞ、、、」
そう言いながらも皆少し肩を落とす。
「済まんな、、、」
「いえいえいえ、、、」
もう、仕方ないな。
俺は提案をする。
「白キノコはあります? この鍋に溜まった油でキノコを焼いたら美味いんじゃないですかね?」
「おお、、、! ありますあります!」
「あ、切るのは包丁とまな板をしっかり洗ってからにしましょうね? 腹を壊します」
「そうしよう、そうしよう。おい湯を持って来な」
「へい!」
肉団子が焼き上がる前に片付けを終わらせてキノコをスライス。
「ええと、厚みは?」
「多少厚くても美味そうですよね」
「そうしましょう、そうしましょう」
肉団子を蒸し焼きにする匂いだけでユオマが進むのは俺だけではなかった。
焼き上がった肉団子を皿に移して、鍋がまだ熱いうちにキノコを全て投入。
塩をして脂を行き渡らせるように混ぜながら焼いていく。
「クラウディオ様、器はこちらをお使いください」
シリリャが蓋の付いたガラスの器に肉団子を五〜六個入れて王子を渡した。
王子はうむとか言って普通に受け取っているけど、そのガラス容器は相当高価な品だと思うぞ?
シリリャはマジで気が回るな。
お偉いさんを立てつつ自分の工房を売り込む戦略なのだろう。
そういう気遣い、見習わなけば。
俺なら多分そこら辺の葉っぱに包んで領主氏に持ってっちゃう。
キノコに焼き目が付き、尚且つ水分が出て来て良い匂いが立ち込め、口に唾が溢れる。
キノコを大皿に移せば料理はふた品だけだが立派な宴会の様相だ。
そこに鍛冶屋の旦那も合流して乾杯が交わされる。
一杯だけ飲んで、俺と王子は後ろ髪を引かれる思いでその場を辞した。
領主氏に傷んだ肉団子を食わせる訳にはいかんからな。
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