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久しぶりに坑道に入ってテンションの上がった長官の後ろには両手に風呂敷き包みを持った王子が所在なさげに立っていた。
長官は即座に渡されるグラスを見ていきなり文句を言った。
「これはワインではないか、ユオマは無いのか?」
別のドワーフがすぐさまユオマを汲んだ椀を渡す。
「個々の挨拶は後でだ! 先ずはお主らドワーフの健康に! キップス!」
「キップス!!!!」
全員が唱和してグラスや椀をあおった。
長官の乾杯で、なし崩し的に始まった宴会はとても温かみのある、心和むものだった。
オラヴィからの皆への俺の紹介、俺からの挨拶と乾杯、手土産のワインやセルヴォワーズへのお礼。
ワインの味わい方講座やらなんやら。
「先生も粋な事をしなさる! リサ様を連れて来られるとは!」
オラヴィはご機嫌だ。
そしてドワーフ諸君はスクティが大好物らしく王子のところに押し寄せていた。
スクティってほら、ポリオリに来てすぐに牢屋にぶち込まれた時にこっそり差し入れで貰ったヤツ。
干し肉を揚げたものだっけ?
あれ美味いよな。
揚げ物は俺たちを裏切らないもんな。
途中でシリリャが女性陣を連れてやってきて焼いた干し魚や白キノコ、壺に入った発酵させた魚なんかがちゃぶ台に並んだ。
ドワーフは女系って聞いたから料理なんかは男がするものかと思っていたがそういう訳でも無いらしい。
ちゃぶ台に女性も座って更に賑やかになった。
もちろん女性ドワーフには若い子も居て、なかなかになかなかなのだ。
ほら、小柄な女子の良さってあるじゃん?
そんな感じで賑やかに酒を飲み、若いおんなこのに鼻の下を伸ばしていると誰かが訊いた。
「ところでリサさま、お連れになってる人はどなたなの?」
長官の横に座っている王子の事だった。
「よくぞ訊いてくれた! 此奴は何を隠そう、第三王子のクラウディオだ!」
ギョッとして全員が黙り込む。
みんな長官のお付きの小僧だと思っていたのだろう。
「じゃあ先生の生徒さんですか?」
オラヴィやめて?
間違ってはいないけど、そういう言い方をすると俺の方が立場が上みたいになっちゃうから、、、
王子がこちらを睨んで立ち上がった。
「オミ貴様、ドワーフにはそのように吹き込んでいるのか? 良い度胸だ!」
そう叫ぶと王子が飛び掛かって来た。
既に結構酔っているらしい。
「違います違います! ギャーやめて! 僕は王子の下僕ですって!」
「ならば何故そのように呼ばせておるのだ!」
「最初に通報されちゃった時に怪しまれないようにそう言っただけですよ。嘘ではないし、あの時王子も助けに来てくれたじゃないですか!」
「、、、そんな事もあったな」
俺の首から王子が手を離してくれた。
そして立ち上がりドワーフ達に挨拶をした。
「本日はお招き感謝する。我は第三王子のクラウディオである。姉に頼まれてオミを匿うことになり此奴に教師の座を与えた。しかし現実には我が此奴に剣術を教え、乗馬を教え、城内での立ち振る舞いを教えているのだ。なのでどちらかというと我の方が先生と言える。そこんとこ勘違いの無いように」
ドワーフ達は神妙に頷いた。
すると今度は長官が立ち上がり王子を座らせた。
「皆の衆、確かに我々は現ポリオリ王の血を引く者だ。しかし、この国を建国したお主らの宴会に参加させて貰っている以上、この場で我々に上下はない。盟約を交わす必要すらない友人同士だ」
長官はドワーフ達を見渡す。
「という訳で、ドワーフと人間の友情に! キップス!」
「キップス!!!!」
宴会は賑やかさを取り戻し、ドワーフの若い娘達は王子の元にお酌をしに集まり王子もまんざらでもなさそうだ。
ドワーフの貴族の誕生が近いのだろうか?
うーん、でも人間とドワーフの混血の王子や王女ってちょっと想像しにくいな。
そんな事を考えているとオラヴィが声を掛けてきた。
「先生、先生のことは先生って呼ばない方が良さそうですね」
「あ、そうですね。適当にオミとかオミクロンとか呼んでください」
「うーん、なんか人族の方々を呼び捨てにするのは何かねえ、、、」
かと言って「様」とか「殿」ではこんな小僧っ子の俺には変だろう。
「オミっちとかオミちゃんとか適当に呼んでくださいよ」
「オミちゃん?」
オラヴィは腹を抱えて笑い出した。
何かツボだっただろうか?
「先生、前から薄々思ってたけどアンタ相当にテキトーな人だねえ、、、うん分かった。じゃあこれからオミちゃんな?」
「はい。よろしくお願いします。キップス!」
俺たちは乾杯してユオマとワインを飲み干した。
「そういえば、親方に相談があって」
俺は懐から畳んだ紙を取り出した。
「鉄か何かの金属でこういう風な物って作れませんかね?」
書いてあるのは図面というよりはイラストである。
とある物の外観と解剖図が書いてある。
「これは何に使う物で?」
「肉を細かく刻む機械なんですけど」
「ああ、ここから肉を入れてハンドルを回すとスクリューでこっちに流されて、この穴とスクリューの接点で刻まれて、穴から出てくるんですな」
「はい、この脚は机か何かに固定できる感じにしたいんですよね」
「はいはいはいはい、、、このハンドルは?」
「出来れば空回りする木の取手を付けたいですけど、別に布を巻いて使うんでもいいです」
「なるほど、、、ちょっとお待ちを?」
オラヴィは席を外すと少し離れたちゃぶ台の集団に紙を見せた。
そのちゃぶ台のドワーフたちは眼鏡を掛けていたりゴーグルを首に下げていたりとちょっと他とは様子が違う。
時計職人だろうか?
その一団に他のちゃぶ台に別のメンバーが呼ばれ話し合う。
干し魚を齧りながら見ていると俺も呼ばれた。
眼鏡の老ドワーフが口を開く。
「作れるか作れないかで言えば作れますじゃ。しかしこれひとつで両手剣一本ぶんくらいの鉄を使うことになりますな。だったら普通に包丁で手で刻んだほうが安上がりではないかと?」
なるほどコストの問題か。
「あの、これは僕個人が使うものではなくて肉屋に売れないかと思ってるんですよ。そうすると筋が多くて人気のない前脚の肉とかを売りやすくなると思うんですよね」
また別のドワーフが呼ばれ、今度は女性だった。
話を聞いて女性は深く頷いた。
そして断定した。
「肉屋で刻んだ肉を売らせるのね。これは売れるね! 世界中の肉屋がこれを買うよ。これを持ってない肉屋は競争で負けて潰れるようになるだろうね!」
声にならない呻き声のような声が皆から上がり、場が熱くなった。
「では、領主さまにもっと鉄を買って貰わねば」
「生産はどこでやる? 時計工房も鍛冶屋も片手間にはできんぞ?」
「ウチの息子にやらせたい。ここで剣を作っても、もう余り先がないからの」
「それは良いかも知れん、決まりじゃな」
「販売はどうするんじゃ?」
「他の物と同じように領主さまにお任せするしかあるまい」
「こんな簡単な仕組みじゃ。あっという間に真似されるぞ?」
「大量にストックしてひと夏で売り抜くのが良いだろうな」
「ならばカイエンのキャラバンに頼めば、、、」
「手間賃を取られるぞ」
「重いと断られそうだな」
みんなやる気になってる。
これでこの世界でハンバーグやソーセージが食えるようになるな。
ホクホクと皆の話し合いを聞いていたらオラヴィが話し合いを止めさせて発言した。
「発明者のオミちゃんの取り分も考えねばならんぞ?」
皆が一斉にこちらを見る。
そして爆笑した。
「オミちゃんって、、、オミクロンは男だろう?」
「お主はなんと呼ばせておるのだ、オラちゃんか?」
そしてまたもや爆笑。
ひっくり返って腹を抱えているのも居る。
うーん、慣れないなあ。
この世界の沸点の低さ。
そんなに娯楽が少ないんだろうか。
「なんだなんだ、何を盛り上がっておるのだ。我も混ぜろ」
そこに参加してきたのは長官だった。
老ドワーフが返事をする。
「おお、リサさま。此奴、、、オミちゃんが面白い発明を持って来ましてな、、、ぷっ!」
ああもう、またこのパターンか。
沸点が低い連中と話すとなかなか話が進まないのだ。
俺はユオマの椀に氷を浮かべて飲んでみた。
この酒は冷たくしても美味いな。
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