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 さて、ドワーフとの飲み会の当日になり、魔術兵との演習を終えた俺は城の裏手で他の兵たちと一緒に水浴びさせてもらっていた。


 今日は戦場で使う大規模魔術の撃ち合いという演習内容だったので頭から砂を沢山浴びたのだ。


 王子の部屋でまた残り湯をもらうのでも良かったが、水路で遠慮なくザブザブと水を頭から被った方が気分が良い。


 水はまだまだ冷たいが兵隊さんたちや魔術兵とワイワイとパンツ一丁の付き合いをするのは割と楽しい。


 普段あまり聞けない城内の噂話なんかが聞けるのも水浴びの醍醐味だ。


 今日の話題は兵の服の洗濯をしてくれるメイドさんの中で誰が好みかという、如何にもホモソーシャルな話題だった。


「オミ殿はどの子が好みですか?」

「僕の目で見るとみんなお綺麗でちょっと選べないですね」

「またまた、そんな当たり障りのないことを!」

「いやいや本当に。僕は貧しい漁村の生まれなんで、それと比べるとお城勤めしてる方々はみんな洗練されてて素敵ですって」

「しかしオミ殿は王家の子女の方々と謁見したそうではないですか?」

「いやもう綺麗過ぎて目が潰れるかと思いましたよ。あんなの真っ直ぐ見れないですよ」


 ドッと笑いが起きる。

 王女の騎士に名乗りを挙げてそのあとダンスまでした若者が俺だということは士官以下の連中には知られていない。

 貴族階級でない者が含まれている下士官連中が俺も俺もと押し寄せると面倒だという理由で口止めされている。


「一緒の空間に居るってだけで恐縮し過ぎて縮こまってましたよ」

「王子にはあんなに無頼な付き合い方してるのに!」

「だって王子は男じゃないですか!」

「オミ殿はリサ様ともご懇意にされてますよね?」

「リサ様ああいう方ですから、誰とも隔てなく接してくださいます」

「リサ様、良いよな、、、」

「良いよなあ。ご長女で有らせられるのに我々とも交流してくださって、、、」

「お綺麗だったな、、、」

「飲みっぷりも食べっぷりも良かったよな、、、」

「気さくな方だったな、、、」


 みんな遠い目をしている。

 これが王家のカリスマよな。


「こないだ着てらした軍服もエロくて良かったですよね? あれ?」


 みんなからゴツゴツと小突かれた。


「そんな目でリサ様を見るんじゃねえ!」

「なんて野郎だ、失明してしまえ!」

「上に報告して罷免してもらおう」

「そうだ、こんな奴はお近くに置いては危険だ」

「魔術兵の風上にもおけんな」


 長官をエロいと言ってはいけなかったらしい。

 そんなこと言ってみんな長官のウエストに目が釘付けだったクセに。


 俺のことを小突いてきた連中の数名は俺よりも階級が下になるので叱り飛ばすことも可能なのだが、こうしたざっくばらんな関係の方が心地よい。


 すいませんすいませんと頭を下げながら水から上がる。


 ゴワゴワのただの布のタオルで身体を拭きながらこっそり精霊にお願いし、水気を飛ばして洗濯された服を着たら非常にさっぱりした気分だ。


 水風呂であっても風呂は良いよな。

 疲れがリフレッシュされる。


 そのまま馬場の方に行くと馬車とドワーフへの手土産の酒樽が既に積んで用意してあった。

 樽には簀が被せられロープで固定してある。


 その様子からちょっとこないだ同じように運ばれたミカエルの死体のことが思い出される。

 流石にあの時とは別の馬車だと思いたい。


「オミくん、どうぞ」


 促されて御者台の助手席(?)に座る。

 馬車の御者台に座るのは初めてだ。

 想像よりも目線が高い。

 馬たちの背中を見下ろす感じになる。

 新鮮な光景だ。


「場所は聞いてますから」

「お願いします」


 御者は馴染みの馬子のリーダーさんだ。


「今日はドワーフと懇親ですか?」

「そうなんです。坑道も見せてもらおうかと思って」

「凄いお酒の量ですね」


 俺は振り返って荷台を見た。

 確かにいっぱい載っている。

 大樽は中樽にすると六樽ぶんだったので今この馬車には中樽が八樽載っている。


「ちょっとドワーフの皆さんにお願いしたいこともありまして」

「ほほう、それはまたポリオリの名物になるものですかな?」

「どうですかね、そうなるといいんですけど」


 お城の横を通り抜け門に向かう。

 門へは下り坂なのでどうするのかと思ったら御者台の横にブレーキレバーがあったようでそれを引きながらゆっくりと坂を下っていく。


 ゴリゴリとかなり後方から音がするので後ろの車輪に何か当てる仕組みなのだろう。

 この馬車は二頭引きの四輪の貨物用の馬車である


 相変わらず馬車は揺れが酷い。

 石畳の道を進めばゴツゴツと突き上げられ、ガツガツと揺さぶられる。

 オイルダンパー付きのスプリング式のサスペンションの開発はまだだろうか?

 この馬車にも板バネすら付いていないのだからまだまだ先の話かも知れない。


 お堀の橋を渡り、門をくぐり、広場を抜けて左に折れればオラヴィ親方のガラス工房だ。

 向かいの風車が目印になるから間違えることはなさそうだ。


 工房前の狭い庭では馬車の切り返しはできないので通りに馬車を待たせたまま工房に向かって歩く。


「あ、先生。よくお越しくださいました」


 イェネクト氏が出迎えてくれた。


「どうもお邪魔します。手土産に酒樽が七つほどあるんですが、、、」

「七樽?」


 見ると工房の入り口に小さな手押し車が準備してあった。

 あれでは中樽二つが限界であろう。


 慌ててイェネクト氏が工房に駆け込む。

 俺はリーダー氏にお伺いをたてる。


「あの、、、」

「大丈夫ですよ、領内でしたら何処でもお運びしますよ」

「ありがとうございます!」


 駆け出して来たオラヴィ親方に事情を話し奥さんにも荷台に乗ってもらう。


「道案内はお願いします」

「分かりやした。ひとまずこのまま真っ直ぐです」


 ガタゴトと馬車は進む。

 荷台から声が掛かった。


「先生、樽は八つありますが?」

「ああ、ひとつは馬子さんたちへのプレゼントなんです」

「なるほど」

「え、そんな。いただけません! 我々なんかにそんな!」

「いえいえ、馬の世話を教えていただいたお礼です。だって落ち葉はらいの時も来客の馬の受け入れで馬子さんたちめっちゃ忙しかったのに特別な差し入れは何も無かったそうじゃないですか」

「それが私らの当たり前ですから、、、」

「たまには良いじゃないですか」

「でも、、、」


 押し問答があってリーダー氏が折れてくれた。


「先生は領民思いですな」

「お世話になったらお礼したいじゃないですか」

「オミくんの感覚は庶民的過ぎますよ」

「ですから庶民なんですってば」


 俺の前世の地元では何かと米だの野菜だの酒だのと送り合うのが日常だった。

 ど田舎ではなかったが都会でもなかったからな。

 俺たちはそうでもなかったが少なくとも親たちはそうだった。


 最初に就職したブラック広告代理店にも親父は米を送ったらしく、クソ上司に揶揄われて恥ずかしかった。


 今となれば親父の気持ちもよく分かる。

 コンビニ店長になってからも、ごく稀にバイト君の親が息子がお世話になってますといって日本酒二本を届けてくれたりした。


 この二本という感覚が田舎臭くていいよな。


 俺はそんな経験があり、ご挨拶とか付け届けとかに抵抗感がない。


 これは賄賂とは違う。

 土着の人間社会の潤滑剤なのだ。


「そこのトンネルでございます」


 そんな懐かしいことを思い出してたら目的地に着いたらしい。

 

 そこは馬車が入れるほどの立派な坑道だった。


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