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午後になり俺は城を出てバザール散策をすることにした。
無駄遣いはできないが見て回るだけでも面白そうじゃないか。
バザールは盛況だったがサナのバザールを知っている俺から見ると、とても小規模に感じた。
巨大アウトレットモールと小さな商店街くらいの違いがある。
場所は町の門の内すぐの広場と外側の両方。
門の内側はゴザを広げて商品を並べ、外側は馬車の荷台を陳列台に見立てて客を呼び込んでいる。
服などの布製品、靴や鞄などの革製品、木製や陶器の食器、あとは農具くらいか。
食品は野菜やキノコ、干し肉と少しばかりの酒。クッキーみたいな焼き菓子。
まあ質素なものだが、それでも村人たちは楽しそうに買い物を楽しんでいた。
広場には小さな舞台が作られ、のど自慢的な催しが行われている。
今現在、この地に伝わる古い歌を披露してるおばちゃんの歌は確かに上手いのだが、めっぽう陰鬱で暗いメロディで、お祭り気分のバザールとは全然雰囲気が合わない。
しかし真剣に頷きながら一緒に歌っている聴衆もいるのできっと人気の曲なのだろう。
バザールに買い物に来ているのは人族だけではなく半分くらいドワーフだった。
普段は炭坑に住んでいるドワーフたちが来ているのに違いない。
ドワーフには子供も年寄りも居るが、それでもなお全員同じに見える。
全てのドワーフがオラヴィかシリリャに見えて頭が混乱する。
違う人種というのはここまで見分けがつかないか。
「おや、先生さん。いらしてたんですか?」
声を掛けてきたのドワーフのガラス工房のおかみさんのシリリャだった。
大丈夫、見間違いじゃない。
「あ、どうも。親方は一緒じゃないんですか?」
「旦那たちはバルベリーニに売りに行く商品の積み込みで大忙しですよ」
「そっか、それは大変ですね。では来週はバルベリーニですか?」
「いえ、それは息子たちに任せてあります。ほら、若い子の方が他所に行ってみたがるでしょ?」
「なるほど」
「あの子たちはバルベリーニで売れる物は作ってないけど代わりに行ってくれるの」
「お子さんはレンズ屋さんでしたっけ?」
「そう。望遠鏡のレンズと時計の風防だからバルベリーニには出せないのよ」
「ポリオリ独占ですか」
「まあ結局、他所でも作ってますけどね」
縄張りとかあるのかな。
「そういえば、来週の三日ですけど本当に伺っていいんですか?」
「ええ、そりゃもう! 来てくれなきゃあの人、落ち込んじゃいますよ。あっちこっちで自慢してるんだから」
「良かったです。それなんですが人数があと二人増えても構いませんか?」
「もちろん。お友達?」
「はい。で、その片方がシュゴトヴォに知り合いがいるらしくて、、、」
俺は間違えないようにメモを見ながら慣れない単語を伝えた。
「あらそれ、ひょっとして、、、ロンド?」
バラしてもいいのかしら?
あんまり大声ではマズイだろうな。
俺はシリリャさんの耳元に口を寄せて小声で教えた。
「実はリサさまなんですけど、、、」
「え、あら! あらあらあら!」
シリリャさんは目をまん丸に見開いて驚いている。
そして涙を目の淵に溜めた。
「あ、あの、、、」
「ごめんなさいね、、、。じゃあちょっとここでは話せないわね。オラヴィにも言えないわ。あの人口が軽いから」
「秘密でお願いします。城内でも秘密なんです」
「そうよね。大丈夫よ、誰にも言わないわ」
「では当日、よろしくお願いします」
「ええ、分かったわ」
シリリャは懐からハンカチを出して目を押さえた。
「あ、そういえば今度はワインを樽でお持ちしようと思うんですが、どうするのがいいですかね?」
「ウチまで持って来てくれれば大丈夫よ。坑道までは仕事で使う手押し車があるから」
なるほど。
じゃあ店までは馬子さんに頼んで馬車を出してもらおう。
シリリャに手を振り別れると、俺は城に戻り執事長さんの部屋に向かった。
数日前にワインの購入を厨房の方に相談したら、備蓄の関係があるので執事長に許可を取るように言われてしまったのだ。
執事氏の部屋の戸枠を控えめにノックする。
この人はもの凄くちゃんとした人なので何だか緊張するのだ。
「あの、お邪魔でなければ少々相談したいことがありまして、、、」
「ご覧の通り勤務中です。邪魔なんて事はありえませんぞ。どうされました?」
城内で働く全員のスケジュール管理だけでなく食料品の在庫管理までやっているのなら忙しくない訳がないのでなるべく邪魔はしたくないのだが、遠慮するなと遠回しに嗜められてしまった。
逆に恐縮してしまう。
俺はもじもじと言う。
「お忙しい時にすみません。えっと、また今度ドワーフさんの方の所にお邪魔させていただける事になりまして、、、また手土産を用意したいなと」
執事氏は持っていたペンのペン先を布で拭い、ペン立てに立てた。
「オミ様こそ勤務時間外を使ってまでドワーフと友好関係を育んでいただけるとは我々としてはありがたい限りです。またガラス工房ですか?」
執事氏の言葉をそのまま受け取って今のかどうか判断に困る。
しかし皮肉って訳でもないのだとは思いたい。
「はい、今度は泊まり込みで坑道の中も見学させて頂けるらしくて。だから、その、なるべく沢山ワインをお持ちできればなあ、、、なんて思ってまして。あの、今度こそ代金は支払いますから!」
俺は有り金全部を見せた。
執事氏は座ったまま俺の金をチラリと見ると書いていた書類を広げたまま棚に仕舞い、別の紙を出して何かを確認した。
「前にも言いましたが、ご来賓からお代を頂くなんて真似は領主様が許しません。しかしながら先日の開通の儀でみなさま随分飲まれましたので些かワインの在庫が心許ありません」
そうだよね。
バルベリーニとの通商が始まったとはいえワインの入荷は秋なのだろうし、しかも長官と王子がやたらと盛り上げてみんなに飲ませてたからな。
厄介なお願いをしてしまったな。
「しかし下士官用の水で薄めたワインは大樽でひと樽残っていますね。あとはセルヴォワーズも中樽でふた樽。これだけ有れば充分ですかな?」
酒樽といっても幾つかサイズがある。
大樽というのはいわゆるドラム缶サイズのデカい奴だ。
中樽はそれよりは小さいがお立ち台に使えるくらいは大きい。
二十リットルくらいは入るのではないだろうか?
「ありがとうございます。充分だと思います」
「こちらこそありがとうございます。薄めたものは長持ちしないので有効な形で処分ができて我々としても助かります。届け先はガラス工房ですかな?」
「はい、オラヴィさんの工房で大丈夫だそうです」
「では運びやすいように中樽に移し替えておきますね」
そうか、大樽だと重すぎて移動がしにくいのか。
「何から何まですみません」
「オミ様は相変わらず謝ってばかりですね。前にも言いましたが謝る必要はありません。どうしても何か言いたいのなら感謝の方が好まれますよ」
そうだった。
しかし俺はどうしても謝ってしまうのだ。
「ああ、、、すみません」
また謝ってしまう。
それを聞いて執事氏が立ち上がった。
怒られちゃうかしら。
すると執事氏がいきなり深々と頭を下げた。
「申し訳ないというなら我々の方が申し訳ありません。ドワーフや馬子といった、我々が直接ケアしにくい方々を、お客様であるオミ様にご自分の時間を使って面倒見ていただいて本当に申し訳ありません」
「いやいやいや、、、、!」
俺は手を振って慌てふためいた。
その様子を見て執事氏は少しだけ口の端を上げる。
「どうです、謝られると困るでしょう?」
「揶揄ったんですか、、、確かに困りますね」
「感謝を述べるように心がけてください。ここはそういう世界なのです」
あれ、執事氏にも俺が転生者ってバレてるかな。
「分かりました。仰る通り心がけます」
執事氏は満足そうに笑みを浮かべた。
「お約束はいつですかな?」
「四月の三日の夕刻に伺うことになってます」
「承知致しました。馬車と手土産の準備をさせておきましょう」
「何から何までありがとうございます」
「そうそう、その調子でごさいます」
確かにお礼の方がやりとりがスムーズかも知れない。
日本語の「すみません」が万能過ぎて乱用してた感覚でこっちでも使ってたけど言葉だけじゃなく文化も違うのだから自分の常識に囚われてはいけないな。
俺は部屋に戻ってドワーフに発注をかけるべくとある製品の設計図に着手した。
時計のような精密機器が作れるのならこれくらいは簡単なはずだ。
しかしどのように描けば望む機構が伝わるだろうか?
ああ、ホントにスマホが恋しい!
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