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王子に起こされて目覚めるともう朝食の時間だった。
幸い二日酔いではない。
王子はよく起きれたな。
普段から夜更かししてるのだろうか?
顔を洗い、身なりを整えるとメイドさんが朝食を持って来た。
メイドさんは俺たちを二度見した。
何事もなかったように会釈していたが、目には抑えきれない好奇心が溢れている。
違うよ。
キミが期待してるような事は何もないんだ。
「急で済まないがオミのぶんも頼めるか?」
メイドさんは直ぐに俺のぶんの食事も持ってきてくれた。
とっとと食べて護衛の守る扉を抜けて階段を降りる。
今日からいつも通り剣術の稽古だ。
護衛たちは昨日の夜と別の人だったけど俺のことは聞いていたようで無反応だった。
ご苦労さまです。
演習場に着くといつも通り、素振りと脚の運びの確認から始まり、寸止めで軽く打ち合って身体が温まってくる。
そして本格的にスパーリングが始まる。
今やすっかり春になり気温も少しづつ上がってきているので汗が出る。
汗で湿った前髪が目に掛かって鬱陶しい。
早く縛れるくらいに伸びて欲しい。
使い込んで表面がゴワゴワになった皮手袋で前髪を何度もかきあげるせいでオデコがヒリヒリと痛くなってきた。
高校の時に見た剣道部の連中のように手拭いを頭に巻くのが良いかも知れないな。
アイツらは防具の面の下に必ず手拭いを被っているのだ。
こちらの西洋甲冑のフルフェイスのヘルメットの下には分厚い布のヘッドギアを被っている。
なのでアニメとかである、ヘルメットを脱ぐと長い金髪がファサッとなるの、アレは嘘だ。
本当はメットを脱ぐと野暮ったいヘッドギアが出てきて、それを毟り取ると汗でべっとりとしたペタンコに張り付いた金髪が出てくるのが正解である。
あと余談だが、こちらに来て歴史を勉強してて驚いた事があるのでもうひとつ披露していいだろうか?
なんと、合戦は冬にしか行われないというのだ。
戦力の大多数を占める歩兵たちはそのほとんどが農家と兼業なので農繁期には本業が忙しくて戦争どころではないのだ。
仮にアホなトップが無理を押して夏場に戦争をするとその年の麦の収穫が激減して税収も半減する。
絶対に絶対に負けられない戦いになってしまうのだ。
そんなリスクは誰も取る事ができない。
そんな理由も併せて、甲冑の下はめっちゃ厚着である事が前提となっている。
さらに甲冑の都合もある。
薄着で甲冑を着ると鉄板の縁が当たってあちこち痛くて動けない。
俺はアホなので知らないんだけど日本もそうだったのかな?
ああ、ほんとにスマホが欲しい。
気になった事が何ひとつ調べられない。
ここポリオリでも先日の落ち葉はらいが年間通した軍事イベントの集大成で、明日から行われるバザール週間が終われば兵たちは本業に戻り本格的に農業に取り組む期間となる。
それに対して貴族たちはお茶をしたりパーティを開いたりするお遊び(外交)の期間となる。
貴族の中でも騎兵たちに限って言えば領内を巡回して危険な獣や魔獣を狩るのだそうだ。
王子の部屋から城下町を見下ろせば、忙しく立ち回るポリオリの住民の皆さんが見てとれた。
春のバザールは農閑期である冬に作った服や工芸品がメインの華やかなものだそうで俺は大変期待している。
秋のバザールは農作物や酒、調味料がメインになるのだそうだ。
収穫祭ってことだよな。
それも盛り上がりそう。
そんな少しうわついた風を感じながら王子と算数遊びをしているとルカが神妙な面持ちで部屋に入ってきた。
「王子、バルベリーニから早馬が戻りました。結論を申しますと、ノエは既に王都へ発っておったとのことです」
「どういうことだ、バルベリーニは身柄を拘束していなかったのか?」
「それが、身柄を保護して直ぐに王都からの使者が来て受け渡しを要求されたそうで」
「我々二国間の取り決めでは亡命者は一定期間移動させないことになっているのではないのか!」
「それがラヴァル家の使いの者で国王の御璽印入りの司令書だったこともあり、引き渡さざるを得なかったと」
「御璽印の鑑定はしたのだろうな?」
「もちろんそうなのでしょう」
王子は下唇を噛んで黙った。
「父君は何と?」
「ならば仕方あるまいと」
王子は腕を組んで拳を顎に付けてた。
「王都が相手では身柄引き渡し要求はするだけ無駄ということか」
「できる事と言えば、起きた事実を伝える事くらいしかないでしょうな。オーリーズが不審な死を遂げ、それが発覚する前にノエがバルベリーニにオーリーズと騙って亡命した、と」
王子は宙を睨みつけ暫く何か考えていた。
「ふむ、確かに。ならば仕方あるまい」
「では私は失礼します」
「うむ、ご苦労」
ルカは軽く頷くと部屋を辞した。
ちょっともう算数遊びを続ける気分ではない。
王子も腕を組んだまま宙を睨みつづけている。
「ねえ、王子。王都の王様が本当に関与してるんですかね?」
「それは分からぬな。少なくとも相当重用されている人物が関与しておるのだろうな」
王子は腕を解いて肘を机に乗せた。
「先日お主が推測した筋書きが正しいと仮定するとかなり問題のある状況だが、だからといって王都がこんな回りくどいやり方をしてきている以上、突然大きく状況が動くこともないだろう」
それはそうだな。
「それに目標は我々ではなくイリスの総本山なのだろう? 我が城で部外者による殺人があった事は受け入れ難いが既にミカエルは閑職にあったし、身内に被害はないのだ」
ふむふむ。
「下手をすれば兄が危なかったのだ。先ずはそれを避けれたことを喜ぶのが家族というものだ」
あ、そうだよね。
仮にベネディクト王子がミカエルを重用して王室内がコントロールされるような事態になってたらこんなもんじゃ済まないよね。
家族がバラバラにされてたかも。
バルゲリス家のみんなの仲が良いのはきっと、とても稀有なことなのだと俺は想像している。
だってほら、王族とか貴族とかって相続争いとかで兄弟が殺し合ったり、なんなら子殺しとか親殺しとかするイメージあるじゃん?
そういうギスギスな家だったら長官も俺を送り込まなかっただろう。
前世の話で申し訳ないが、俺は弟と仲が悪かった。
俺は王子のように弟の無事を喜べるだろうか?
弟は俺の無事を喜んでくれるだろうか?
前世に帰りたいとは思っていないが、もし帰るような事になったら弟との関係改善をしなければならない、するべきだ。
俺は強くそう思った。
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