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そんなこんなでその場は解散になって、部屋に帰ると既に晩飯が置いてあった。
ショッキングなことがあったので昼をスキップしてしまっていたので猛烈に腹が減っている。
晩飯はチーズを挟んだ雑穀パンにポトフだった。
精霊に頼んで温め直して掻っ込んだ。
全然足りない。
昼の分も片付けずに置いておいてくれれば良かったのに。
などと不満を言っても仕方がない。
連絡なしに部屋に戻らなかった俺が悪いのだ。
そこで俺はふと思い出した。
カイエンから持ち込んだ携帯食料の残りがまだ少しあるのではないか。
鞄を漁ると干し肉とナッツが出てきた。
堅パンは湿気って捨てたんだっけ。
あとサナのあちこちでもらった麦もあった。
これも濡れたから小袋から出して乾かしてひとつにまとめたのだった。
乾き過ぎてカリッカリになった干し肉をしゃぶりながらミカエルの事を考える。
嫌なヤツだったけど、こうして死んでしまうともうあまり悪く言う気持ちは無くなってしまった。
ミカエル殺しの犯人はやはり同居していたという書生のノエなのだろう。
こうなるとバルベリーニに届いた怪文書もどちらの仕業か分からない。
コウモリの件もどちらの仕業だか。
その辺りはひとまず二人の共犯として置いておいて、何故ミカエルは消されてしまったのだろうか。
バルベリーニに亡命したのもミカエルになりすましたノエ氏なのだろう。
他国の第二王子の教師なんて名前も年齢も知らないのだろうし、申告された事を信じるほかないもんな。
でもきっとバルベリーニの当局もアホではないだろうから身柄は押さえている筈だ。
こうした事態の可能性が無くなるまでは拘束してくれているに違いない。
ポリオリからはもう早馬が行っている筈だ。
犯罪者を匿っているとなるとバルベリーニにも危険が及ぶ。
早ければ明日にも身柄引き渡しがされるだろう。
やっぱ拷問とかするのかな。
拷問される前に可能なら尋問してみたいな。
いやいや、俺みたいな子供が尋問しても口割るわけないか。
まあ、足を突っ込んでしまった以上なんとなく興味はそそられるけど、本当に真相を知りたいかと問われれば実はそうでもない。
王都にはカイエンのイリス教会を邪魔だと思っている勢力というのは存在するのだろうし、だかと言ってその勢力の全員が一枚岩ってこともない。
純粋な信仰心から現在のイリス教に憤っているのも居れば、それに乗じて金儲けを考えている教会関係者や政府関係者も居るだろう。
大抵、こういう権力争いというのは真犯人だの巨悪だのが存在してる訳ではないのだ。
言うなれば時流の風とでも言うフワッとした何かが立場あるプレイヤーを突き動かすのだ。
無視できないのは人々の嫉妬心や猜疑心。
それが集まると時流の風ってのが吹き始める。
『あいつらは卑怯な手を使って俺たちよりもいい暮らしをしやがってズルい!』
そんな感じの思いというのは世界を動かす強いパワーを持っている。
元はポジティブな思い、例えば家族をもっと幸せにしたい、みたいな人として当たり前の思いが、手段を選ばないネガティブな行為に手を染めさせてしまう。
そう。
ネガティブな思いの根源はポジティブな思いだったりするからこの世は厄介なのだ。
世界に悪人は意外と少ないのだ。
もちろん、もっと小さな規模に限定すれば悪人というのは居る。
面白半分に振るわれる暴力なんかがそれに当たるだろう。
イリス教風に言うなら、人から何かを奪う行為がそれに当たる。
俺は干し肉を咥えたままベッドに横になった。
やはり俺は人の上に立つような人間にはなれないな。
王子も言っていたけど上に立つ人間は部下に死ねと命令できる割り切りと覚悟、そして細かいことに目を瞑る胆力が必要なのだ。
そんなこと俺には出来そうもない。
部下を死なせたりなんかしたら、いつまでもクヨクヨと自分の判断を後悔してしまいそうだ。
ヤバい。
このまま長官や王子と関わり続けたらいつか俺の魔術を戦争に使わなければいけなくなる時が来てしまいそうな気がしてきた。
俺の手で誰かを殺す?
さっき見たミカエルの遺体を思い出して口の中に広がっている干し肉の味が急に不快になった。
俺は立ち上がって食べかけの干し肉をゴミ箱に捨てると水で口をゆすいだ。
おかしいな。
前世で俺は『人を殺してクヨクヨ悩む系の主人公』は嫌いだったのに。
悩んでねえでとっとと仕事しろと思っていた。
俺はまだ誰も殺してないのにどうしたもんか。
この世界が平和であることを願うばかりだ。




