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翌朝、俺は鶏の時の声で一旦目を覚ましたがそのまま惰眠を貪ることにした。
今日一日くらい馬子の皆さんも許してくれるだろう。
寝返りを打って枕を頭の下に折り込み横向きになって毛布を抱え込む。
そのまま眠りという泥濘に沈んでいく最中にドアが開く音で目を閉じたまま覚醒した。
俺の部屋には鍵なんで無い。
いつだって開けっ放しだ。
しかし誰なのか、、、?
アレッシア姫だったりしたらどうしよう。
そんな事を考えながらそっと目を開けるとメイド氏だった。
いつもの赤毛さん。
まさか俺がまだベッドに居ると思ってなかった感じで固まっている。
手には新しいシーツにタオル。
後ろにはワゴンが控え、おそらく俺のものと思われる食事が乗っている。
固まっているメイド氏よりも俺が口を開くのが早かった。
「あ、ごめん。今起きるよ」
「失礼しました! 後ほど出直します」
「いや大丈夫。そのまま仕事を済ませてしまって。邪魔にならないようにどくから」
「、、、、」
俺は急いでシャツを羽織るとズボンに足を通し靴下を履かないまま靴を引っ掛けて部屋を出た。
そうだよな、ホテルみたいに「起こさないでください」みたいなプレートはないのだから普段通りに掃除に来るよな。
朝寝坊を長く楽しみたいなら前日にメイドさんたちにその旨を伝える必要があるんだな。
俺は裏口に回り、歩兵の使う水路で顔を洗わせてもらい、いつも通りに果樹園のトイレに寄ってから厩舎に顔を出した。
「すみません、今朝は朝寝坊してしまいまして、、、あれ?」
厩舎脇の詰め所には、いつもなら馬子さん全員が集まって朝食を摂っている時間なのだが年嵩の数名だけが座っている。
お茶をすすっていた馬子のリーダー的な人が立ち上がって対応してくれた。
「やあ、オミくん」
「今日は皆さんどうしたんです?」
「何しろ馬の数が凄いからまだ終わってないんだ。落ち葉はらいの時はお互いに自分らの馬子は連れてこない慣わしなんだよ。庭にテントが立ちきらないから」
「あ、そうだったんですね。申し訳ないです。そんな忙しい日にお手伝いサボっちゃって」
「いいんだ、いいんだ。だってオミくんもう伍長でしょ? 馬の糞なんか集めてる所をお隣さんに見られたら私らが怒られちゃうよ」
そうなるか。
「じゃあ、バルベリーニの皆さんが帰ってからまた来ますね。奴らはいつまで居るんです?」
「今日の午後には出ると思うよ」
「じゃあ、また明日来ますね」
「いや、もう来ない方がいいんじゃないかな。昨日もオミくんを探しに来た人が居たけど多分あの人たち一等兵でしょ。自分らより上役が畜生の世話なんかしてたらアレだからさ」
アレなのか。
俺が好きでやってるんだから構わないと思うのだがダメなのだろうか。
せっかくそれぞれの馬たちの性格なんかが分かってきて面白くなってきたのに。
「やっぱ皆さんが叱られちゃいます?」
「いや、それはないと思うけど、馬子の手伝いすれば馬に乗せてもらえると勘違いされたりすると厄介なんだよね」
ああ、そういうことか。
平民出身である一般兵は基本、馬には触れることさえ許されてないからな。
馬に乗れれば昇進が早いとか勘違いされると確かに厄介そうだ。
しかも馬子の皆さんは被差別的な立ち位置だから差別意識のある兵士が出入りするだけで面倒なことになりそうな匂いがぷんぷんする。
「そういえば知ってる? オミくん謎の怪人として凄い噂になってるよ」
「怪人ですか?」
「うん。謎の怪人がポリオリ城を一撃で貫けるような大魔術を放ったって」
俺は振り返って巨大なポリオリ城を見上げた。
いや、あれは無理っしょ。
「偉い人たちはみんなオミくんを知ってるけど、下の方の人たちは知らないから。もう憶測が憶測を呼んでエルフだの魔族だの。終いにはコウモリを大発生させたのもオミくんてことになってたよ」
「んなアホな」
「何処からともなく現れた全身血まみれの大男が聞いたこともない凶々しい呪文を大声で唱えるとコウモリも落ち葉も全部吸い込んで一気に雷の炎で焼き切ったって」
大男か。
多分まだ150cmくらいしか無いんだけど。
噂の尾ひれがデカい。
「実際ここからでも音は聞こえたし光を見たのも何人か居たからね。竜族の末裔じゃないかとか、大災害の前兆じゃないかとか、兵士にも何人も被害が出たとかもう色々だよ」
「マジすか」
噂ってのは好き放題だな。
「私らもなんだか嬉しくってね」
「僕が怪人て言われるのが?」
「いや、そんな凄い噂になる程の有名人のことをよく知ってるなんてさ」
芸能人かい。
「馬に振り落とされて半ベソになってた子が脅威の怪人だなんてさ」
ベソなんてかいてないぞ。人聞きの悪い。
「そんな凄い魔術師が自分らみたいな馬子なんかを慕ってくれて、仕事を手伝ってくれてたなんて誰が信じる?」
見るとリーダー氏の目に熱いものが込み上げていた。
「いやいやいや。そんな、どうされました?」
「いやあ、お恥ずかしい。でも私ら普段は臭いだの汚いだの言われててさ」
そうか。
「そんな私らをオミくんは国で一番大事な仕事だって言ってくれたじゃないか」
「そうですね。今でもそう思ってますよ?」
「そう口で言うだけじゃなくて毎日来てくれてさ」
リーダー氏の目からいよいよ熱いものが流れ落ちた。
「私らどんだけ救われたか、、、」
何と声を掛けたもんか。
俺は前世で差別は良くないと教わって育ってきたから当たり前の感覚なんだが身分が固定されてるこの世界では珍しかったのか。
リーダー氏の様子を見かねた他の馬子さんたちも寄ってきて彼の肩を抱いた。
「ほれ、しっかりしろ。そんなだからワシら馬子は馬鹿にされるんだよ。オミさま聞いてください。こいつの言ったことは本当です。どうか国中に知られる偉い魔術師になってワシらに自慢させてください」
偉いとかそういうのには全く興味はないが、気持ちだけは期待に応えたい。
「ポリオリは、長官、、、僕の師匠のリサさまの故郷です。それはつまり僕の第二の故郷であるということです。そんな皆さんを下に置くような真似はしません。どうか僕がこの先、足を踏み外すことの無いよう見張っていてください。そして領主さまや王子たちを支えてあげて下さい。よろしくお願いします!」
俺は深々と頭を下げた。
馬子の皆さんにぺこぺこするなと言われたけどそんなの知ったことか。
俺は俺を信頼してくれる人にはいくらだって頭を下げるぞ。
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