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魔術兵の宴を盛り上げた後は、今度は庭に出て歩兵たちを労う番だった。
庭には多くの天幕が張り巡らされ、また多くの篝火が焚かれていた。
城に部屋を用意されない非貴族階級の皆さんはこっちで寝るらしい。
実際、戦争が起きて侵攻なり防衛なりするならやっぱテント暮らしなんだろうし予行演習として必要なのだろう。
庭の中央ら辺には多くの長机と椅子が並べられ、酒樽が置かれている。
料理はない。
各々が持ち寄った行軍食をツマミにしているらしい。
俺もお世話になった干し肉やナッツである。
酒もワインでなく少しトロみのある雑穀の粥のようなもの。
多分ビールの原型のような感じだと思う。
セルヴァワーズとかエールと呼ばれてた。
それをグラスではなく各自が持ち寄ったお椀やコップに汲んでもらい飲んでいた。
汲んであげるバーテンダー係は選び抜かれたであろうカラダの大きな兵士たちが数名でやっているところを見ると、奪い合いになったり飲みすぎたりするのを抑止する役割があるのだろう。
ご苦労さまです。
ちなみに、この辺りの階級の皆さんには長官はあまり知られていないようで、まず王子が歓迎されて、その後に王子に紹介されて長官に歓声が上がる感じだった。
うぉーとはなるがほっほは無し。
きっとみんな文化系なんだ。
隠キャ集団だな。
そしてまたもや演説で盛り上げる。
ふたりの演説を合わせてかいつまんで要約するとこうだ。
戦場で雌雄を決する戦力とは、騎兵でも魔術兵でもない。歩兵や工兵、そしてそれらを支える補給線や兵站があってこそ勝利の女神は微笑むのだ。
諸君の勝利こそが国の勝利なのだ。
国の価値とは、諸君らの価値に他ならぬ。
諸君らの働きは公に華々しく語られる事はないが、それは民が分かりやすい英雄を好むからであって、真の英雄とは特別な武具や才能を持たぬ諸君らなのだ!
大体こんな感じ。
もちろん多いに盛り上がって乾杯の嵐。
バーテンに粗末な木の椀を渡されて俺たちも飲む。
苦くて甘くて舌先に薄い炭酸を感じる不思議な酒。
甘酒と少し似ているがもっと繊維感が強い。
独特の臭みがあり、美味いかと聞かれれば返事に困る味だ。
「今年のセルヴォワーズは出来がいいな」
「ありがとうございます。これは林檎酒を加えてニガヨモギとショウガで風味漬けしてあります」
「おお、張り込んだではないか」
「去年、バルベリーニで出されたのが美味かったんでレシピを教えてもらい研究したんです」
長官がバーテンとそんな話をしていたからマシな方なのだろう。
俺なんかは一杯でお腹いっぱいである。
これは比喩ではない。溶けた穀物の粒が多く入っているのでお腹に溜まるのだ。
しかも胃の中で発酵が続くのか、ずっとげっぷが出る感じに胃が張る。
あまり何杯も飲めるものではない。
数の多い下級兵に振る舞うのに向いている酒という事だな。
悪酔いされても困るし、お腹がいっぱいになれば誰だって幸せになれる。
そしてほどほどのアルコールで盛り上がって憂さ晴らしになる。
そんな感じで何度も乾杯を繰り返しながらちびちびとセルヴォワーズを飲んでいく。
すると珍しく俺に声が掛けられた。
「おお、やっと見つけた。いやはや今日はあんたも酷い目にあったな」
「馬場で探したんだけど見当たらなくてな。どうりで、馬子じゃなくて兵士だったのかよ」
見ると俺と一緒に裸にひん剥かれてコウモリを引き寄せる撒き餌にされた歩兵のふたりだった。
「ああ! 本当にお疲れ様でした。おふたりはお怪我はありませんか?」
「大丈夫、大丈夫。コウモリに噛まれる前に切ってもらってたからな」
「でも怖かったなぁ。アイツら顔がアレだし爪は結構鋭いし」
「ホントですよね。僕も身体中傷だらけですよ」
そこまで話してふたりは俺の肩章に気づいた。
「え、お前伍長さまだったのかよ?」
「今日昇進したんですよ」
「俺たちも二等から一等に昇格したけどよ、お前それは狡くねえか、だって馬子だろ?」
「どうなんですかね、馬の世話もしてますけど魔術も使うんでその辺ですかね?」
「魔術使えるなら何で馬子なんかやってんだよ」
ふたりは不服そうだ。
もはや絡まれていると言っていいかも。
相当酔ってんな。
いちおう上官だぞ?
「俺たちだって伍長は無理でも軍曹くらいにはしてもらっていいんじゃねえか?」
「そうだそうだ」
「んじゃ、ちょうどクラウディオさまもいらっしゃるし直談判してみましょうよ」
「いや、それはいいわ」
「そりゃお前、失礼に当たらあ」
怖気付くふたり。
これが普通の反応か。
そこで王子がこちらに気づいた。
「おお、諸君ら今日はご苦労だった。勇気ある行為、誇りに思うぞ」
「あ、ありがとうございます!」
「我々なぞにお声掛け、勿体のうございます!」
俺とは随分と対応が違うじゃないか。
いや、当たり前か。
王子は皆に向けて声を張り上げた。
「ここに今日一番の英雄が居るぞ。その身を挺してコウモリを引き寄せ、皆を守ったふたりだ。彼らの勇気を讃えよう。彼らのような気概のある者が我が隊にいることが我々の誇りだ!」
「おお!!!」
「勇気ある行動に乾杯!」
「乾杯!!!」
これでまた大盛り上がりの大歓声。
ふたりは皆に揉みくちゃにされて嬉しそうだ。
部下を褒めるのは大事だよな。
あのふたりもこれだけ褒められればもう不満に思う事はないだろう。
金一封も出るのだろうし。
長官も、成長して兵たちに慕われている王子を見てとても満足そうだった。
こうして大盛り上がりで夜はふけてゆき、長い長い祭りの一日がようやく幕を閉じたのだった。
いや、ホント色々あったわ。
落ち葉はらい大会に、コウモリの襲来、長官がバルベリーニと現れてミカエルは逃亡し、長官に殺されそうになってお漏らしをし(漏らしてないってば)、アレッシア姫の騎士になってダンスをし、そのあとは乾杯の波状攻撃に、酔っ払いに絡まれての大忙しだ。
明日は休日で剣術の稽古も王子の授業もないのがせめてもの救いだ。
めっちゃ疲れたし酒も飲んだのにもかかわらず俺は目が冴えてしまってなかなか眠ることができなかった。
眠りに落ちたのはもう明け方近くだったように思う。
ふう、やれやれだ。
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