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ふたりはフロアへ向かい、改めて拍手が巻き起こった。
他の誰もフロアには入らない。
ふたりきりのダンスが始まった。
なんともはや美しい。
姫が回転するたびにそのドレスの裾が大きくたなびいて春風を具現化したかのようだ。
てか、最初のダンスがクラウディオ王子で良かったのだろうか?
長男のアルベルト王子からスタートが筋ではないか。
いや、それを言うならお父さんのアダルベルト氏は良いのだろうか?
俺がお父さんなら嫉妬しちゃう。
そんな事を考えていたら曲が終わり、ふたりはフロアの中央でお互いに頭を下げた。
盛大な拍手がフロアを包み、ふたりは手を取り合ってこちらへ戻って来た。
それを前に出てベネディクト王子が迎える。
「次は僕と。いいかな、アレッシア?」
「はい、喜んで」
ベネディクト王子を間近で見るのは今日が初めてだったと思うが、三兄弟で一番お父さん似かも。
髪を短く刈り込んでいるのが珍しい。
しょっちゅう散髪をしてるのかな。
俺の髪もだいぶんもっさりとして来たから耳上や襟足を切ったらあんな風になるかも知れない。
散髪屋を教えてくれないかな。
ふたりがフロアに入ると周囲で控えていた他のカップルもフロアに入り一緒に踊り出した。
クラウディオ王子と踊ったファーストダンスだけ特別だったみたいだな。
そりゃそうだよな、ファーストダンスだもの。
華やかなダンスフロアに見惚れているとジャケットの肘の辺りを軽く引かれて振り向くと長官だった。
「親父殿が呼んでいる。参るぞ」
長官に連れられてホールの更に奥に進む。
こちらにはまだ椅子やテーブルが並べられており、最奥の一段高くなった所には領主とその妻、あとヴィートなんかが座っていた。
アダルベルト領主の奥方、つまり長官のお母さんの髪はブロンドに近い明るい茶で目は青。
長官はお母さんの特徴を強く引き継いでいるのだと分かった。
段の前で長官が膝をついたのて俺も倣って膝をついて頭を下げた。
「久しいな、リサ」
「無沙汰をお詫びします」
「良いのだ。お前には長いこと無理をさせた」
「いえ。ポリオリの益々の繁栄、お慶び申し上げます」
「言うな。全てはお前の手柄だ」
領主は優しく語りかけるが長官の返事は硬い。
親子なんだからもっと親しげにしてあげなよ。
「やはり、戻る気はないか」
「はい。申し訳なく思います」
領主氏は静かに、しかし深く息をついた。
ヴィートは脚を組み替えた。
何か言おうとして飲み込んだのだろう。
「そうか、、、聞くが良い。お前がこのポリオリを故郷と思わなくとも此処は其方の故郷である。お前を守る壁だ。もしいつか助力が必要になる時があったらいつでも頼りなさい。全力で援助を与える。その約束は私や妻が死んだ後でも子らに守らせる」
領主は奥方に目をやり、話を振った。
「ウルズラ。何か言うことはあるか?」
奥方は軽く座り直して口を開いた。
「リサ、弟子を取ったそうね」
「は。海で拾いました」
なんじゃそりゃ。
海でぷかぷか浮かんでたんじゃないぞ。
「その弟子が今ポリオリで国史編纂に関わっているのは聞いていますか?」
「はい。ルカに聞きました。トンマーゾ先生やマットテオ先生の手伝いをしていると」
「ええ、それです。書き上がった箇所から目を通していますが中々良い出来です。その子にも褒美を取らせるから、そう伝えてくださる?」
その弟子ならここに居ますよ?
と思ったが、あれか。王妃ともなると貴族でもない下々と直接話しちゃいけないのかも。
淑女が紹介もされてない男性と口をきくなんてあり得ない、みたいの何かの映画で観た気がするし、そういうもんか。
「あと、貴方とはふたりきりで話をしたいから明日にでも宮まで来てちょうだい。いいわね、リサ?」
「はい。必ず」
奥方は満足げに頷いた。
それを見て領主氏は立ち上がった。
「では、参ろうか。そろそろだ」
奥方とヴィートが続いて立ち上がり、俺たちの横を通り抜けて行った。
頭を下げたままそれを見送ると長官も立ち上がった。
「我々も行くぞ。親父殿がアレッシアと踊られる」
ああ、兄弟の最後がお父さんなのか。
慌てて戻るとアルベルト王子と姫の踊りがちょうど終わったところだった。
領主氏が進み出て右手を前に出すとアルベルト王子が姫の手を領主氏の手に渡した。
フロアからまたもや人が捌け、ふたりのダンスが始まった。
アレッシアと領主氏が踊るとその身長の違いが際立った。
やはり大人と子供である。
なんとも可愛らしい。
曲の最後まで踊るのかなと思ったら奥方がフロアに入り、アレッシアと交代した。
今までなかったような盛大な拍手が巻き起こり、王と王妃のダンスを讃えた。
うーむ、姫と王子のダンスも良かったが、やはり大人のダンスはまた別の味わいがあって良いものだな。
なんつーか優雅さとエロさがある。
温かな拍手に包まれてアレッシアが戻ってくる。
顔が上気して頬が赤く染まっていた。
そりゃそうだ、四曲も続けて踊ったのだから。
レディメイドから飲み物を受け取り口に運ぶ。
俺は少し笑ってしまった。
一気に飲むのを我慢して少しずつ口に運んでいる感じが可愛らしかったからだ。
「おいオミ、我が妹に色目を使うとは何事だ」
長官に肩を小突かれた。
「色目だなんて。違いますよ!」
「まあよい。しかしダンスに誘うなら今だぞ?」
もちろん俺はダンスを知らない。
真似ごと程度ならできるかも知れないが気持ち的に無理だ。
小学生の頃の運動会か何かでマイムマイムを踊らされた経験ならあるが、あの時だって女子と手を繋ぐなんて初めての事で手汗が酷かった。
あの可憐な姫の手袋を俺の汗で汚すなんて、そんなハレンチな真似はできない。
俺は激しく首を振った。
「よいのか、既に列ができはじめてるぞ?」
見ると数多くの男子が次のダンスを申し込もうとアレッシアの近くににじり寄って来ていた。
一番近くまで来ているのはヴィート氏だった。
あの野郎はホントに、、、
長官が駄目ならその妹か。
でもまあ、アレッシアの旦那の座に一番近いのはヴィートか。
大切な隣国だものな。
欲求に忠実というより自分の責務を果たそうと必死という事なのかも知れない。
みんな頑張ってんだな。
俺と違って偉いな。
俺は勝手にそう感心してうんうんと頷いた。
ふと気づくとアレッシア姫がこちらを見ながらしきりに頷いている。
あれ?
俺を呼んでるのかな?
俺はキョロキョロと周りを見渡したが、姫と目が合っている他の者は居ないようだった。
騎士としての初仕事だろうか。
痴漢でも出たかな?
俺はすいと近づいて姫の隣に立とうとした。
が、姫はガッツリこちらに身体を向けた。
そして小さな声でこう言った。
「我が騎士オミクロン、わたしにダンスを申し込みなさい」
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