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謎の儀式が終わり、俺はやっと周りに気をやることができた。
いつの間にか楽隊の演奏は止まり、ホール中の視線がこちらに集まっていた。
アレッシアがにこやかにクラウディオに語りかける。
「お兄さま、良い方をご紹介いただきありがとうございました。それにお姉さま、この方は姉さまのお弟子さまなのでしょう?」
「うむ、既に魔術の腕では抜かれてしまったかも知れぬがな」
「聞きましたわ、コウモリに襲われて血みどろになりながらも天を貫く巨大な火魔術を落として、全てのコウモリと落ち葉を一撃で焼き払い、尚且つ一切の延焼も起こさなかったと」
そんな風に噂されてるのか。
姫は続けた。
「そんな方が私の騎士になっていただけたのなら、どんな国に嫁ぐ事になっても安心ですわよね?」
「その通りだ。どんな大国でもお主を下には置かぬだろう」
「まあよかった。実は私、不安でしたの。嫁ぎ先の他所の国で虐められたらどうしようって。でも、もし何かあって嫌になったらオミクロンさまを呼べばきっと私を連れて逃げてくれるでしょう?」
長官もにこやかに肯首した。
「此奴ならきっとそうしてくれるだろう。こう見えてオミクロンはサナ語も堪能なのだ」
「まあ、サナまで逃げればどんな追手だって諦めるでしょうね。私もサナ語を習っておこうかしら?」
王子がお気軽に口を挟む。
「そういえばオミがサナ語の辞書を執筆していると聞いたな。それを写させてアレッシアにプレゼントするとしよう」
「まあ、お兄さま。それはなんて素敵なプレゼントでしょう。どんな宝石やドレスよりも嬉しいですわ!」
王子は軽やかに笑う。
「そうか、本当は仔馬を考えていたのだがな」
「仔馬ならきっとアルベルト兄さまかベネディクト兄さまがくださいますわ、ねえ?」
いつの間にかアルベルト王子とベネディクト王子が姫の後ろに控えていた。
「もちろんだとも、アレッシア。長旅でも疲れないよう特別に作られた馬車もセットでな」
アルベルト王子がアレッシアの持っていた剣をそっと受け取り自分の腰の鞘に戻した。
アルベルト王子が何処かに頷き掛けるとまた楽団が演奏を始めた。
ベネディクト王子がにこやかにアルベルト王子を咎める。
「兄様、それでは僕から妹にあげるものが無くなってしまう。馬車は僕からにさせてくれないか」
「そうか、では馬を其方に譲ろう。お主は女心が分からぬからチャリオットなぞを作らせてしまいそうだからな」
皆が声を上げて笑った。
何それ、ロイヤルギャグ?
俺は完全に置いてけぼりである。
しかしアレッシア姫の立ち位置は完全に理解した。
アレッシアはポリオリ唯一の王女。
外交の手札としての人生がこれから待っているのだ。
長官が姫の下に出たのは自分はその役割を放棄してしまったから妹に詫びたという事なのだろう。
なんつーか、悲しいな。
生まれ故郷を捨てて好きでもない男に嫁がなくてならないなんて。
こんな小さなうちからその覚悟をしなければならないなんて。
そう思っているとアルベルト王子から肩を乱暴に叩かれた。
「オミよ、お主には驚かされたな。妹に突然求婚なぞするからこの場で切り捨てようかと一瞬思ったが、なかなか粋な餞を考えたではないか」
え、何?
どういうこと?
そしてお願いだから切り捨てないで欲しい。
「お主はもっと野暮な男かと思っていたがな」
アレッシア姫が引き継いだ。
「本当に。『蘭の花のように可憐に見せながらその根に毒を待て』だなんてメッセージを求婚の体でいただくなんて思ってもみませんでしたわ」
あ、そういう風に受け止めてくれたのか!
ベネディクト王子がアレッシア姫を嗜める。
「おいおい、相手の国を滅ぼすことばかり考えるなよ? オミクロンは薬にもなると言っておったろう」
「そうですわね、お兄さま。でもわたしあの言葉で勇気をいただきましたの。自分にはそういう力があるのだと。いままで『良妻になるように』とばかり教わってきたから、国を滅ぼす悪鬼にもなれるだなんてちょっと痛快じゃない?」
「おいおい、そんなことを聞かれたら貰い手がいなくなるぞ?」
「それは困りますわね」
またみんな朗らかに笑った。
笑いに参加して良いものだろうか?
いやいや、俺にはちょっと際どすぎる。
ひとしきり笑った後に演奏が止まり、ダンスフロアではパートナーを替えるタイミングだったようで皆が飲み物を取りにテーブルへ戻ってきた。
それを見て姫は背筋を伸ばした。
アルベルト王子がすかさずグラスを手に取りフォークでグラスを軽く叩き皆の注意を引いた。
皆が黙ったことを確認して姫は口を開く。
「本日はバルベリーニとポリオリを繋ぐ道が、長い冬を越えて再び開かれた良き日。ヴィート様を筆頭にバルベリーニの方々を我が領へお迎えできた事を心より嬉しく思います」
大きな拍手が沸き起こった。
それが静まると姫は続ける。
「皆さま、お初にお目にかかります。わたくしは領主バルゲリスが長女、アレッシアと申します。この良き日にデビュタントを迎えることができました」
またもや拍手。
さっきは長官に次女と名乗っていたが今度は長女と名乗りをあげた。
長官が自分のことは叔父貴と思えとはこういうことだったか。
長官をちらりと見たがその表情はいつも通り、心の内までは見通すことはできなかった。
てか、姫は今日が初お目見えだったのか。
社交界デビューとはちょっと違うかも知れないが多分十歳になって世間にその存在を知ってもらう場だったのだ。
自分の行動を思い出して改めて冷や汗が浮き出してくる。
「まだ婚約者も決まっていない初心ですが、皆さま今後ともお見知りおきを」
姫が優雅に頭を下げると割れんばかりの拍手が巻き起こった。
拍手が鳴り止むのを待たずに楽団が少々テンポの速い曲を演奏し始めた。
するとクラウディオ王子が姫の前に出て膝を曲げて右手を差し出した。
「美しい我が妹よ。どうか私と一曲踊ってくれないか?」
アレッシアは花が咲くような微笑みを浮かべ、その手を取った。
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