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二人は口をあんぐりと開けた。
「いや、それはあるまい。イリスはアーメリアをひとつに繋げた国教だぞ?」
「イリスを潰すとどういう利が王都にあるのだ?」
食い付くように問が投げかけられた。
「いや、なんていうか、権力のトップにいる人が
自分を追い落とすかもしれない二番手を蹴落とそうとするのはこの世の理じゃないですか」
「それだけか?」
「それだけです」
二人はため息を吐いた。
俺の予想なんてこんなもんだ。
あんまりガッカリしないで欲しい。
「そこは良いとして、イリスを狙って何故ポリオリなのだ」
「そうだ。お前の理屈は肝心な所が抜けているぞ」
ちょっと待って。
今から考えるから。
「ええとですね。狙いはポリオリではなくバルベリーニではないかと思います」
「今度はバルベリーニか、どういう事だ」
順を追って説明せねば。
「今度は王都の気持ちになって考えてみましょう」
「うむ」
俺はまた指を立てた。
「バルベリーニに『ポリオリに攻め入るチャンスがあるよ』と伝えると攻め込むだろうと王都は考えました。実際バルベリーニは以前ポリオリを併合しようとしていましたから。ここまでは良いですね?」
ふたりは首肯する。
「そうすると王都にはバルベリーニを諌める口実ができます。ポリオリは魔石の採掘で王都を支え、懐中時計の開発で船の外海での航行を可能にした有力国です。そこに攻め入るとは何事かと」
ふたりの頭にハテナマークが浮かぶ。
「ポリオリを攻撃したバルベリーニは身勝手な事をしでかした。つまり叛逆の意思あり。国賊と認定されるのです」
「それが狙いか?」
「ええ、そういう罠なのです」
「罠か」
俺は続ける。
「そうしますとバルベリーニ軍は解体され、王都の指揮下に入ります。また、ポリオリには保護の名目で国軍の駐留とギルドの設置が進められます」
長官が手を打った。
「なるほどな。そうすればカイエンを完全に包囲できる」
「カイエン包囲ならばバルベリーニだけで充分ではありませんか? 何故ポリオリまで?」
ここにはちょっとした情報の齟齬があるのだ。
「王子、カイエン-ポリオリのルートが過酷であることは全国ではあまり知られていないのです」
「そうなのか?」
「アカデミーでもこの二国間は道が開かれていると教えられているようです」
「姉君、そうなのですか?」
「うむ。実際、行き来は可能であるし、そう思わせておいた方がポリオリを攻めにくくなろう?」
「ああ、、、」
安全保障のための方便てヤツである。
ポリオリに国軍やギルドが置かれたら直ぐにバレてしまう危ういウソだ。
国軍やギルドは定期連絡が必要になるからな。
俺はA4黒板に円を書いた。
カイエンである。
そこにルートを書き足す。
「カイエンに入るルートはジロの河畔基地からの 南東ルート、バルベリーニからの南西ルート、ポリオリからの北西ルートの3つです」
「それだけなのか?」
俺の代わりに長官が答える。
「それすらカルデラ越えをしなければならない不便な道だが基本はそのみっつだな。北側は山と森林が深く、獣族の土地と言われている」
「なるほど確かに。それならカイエンを孤立させる事ができるな」
だけど、だから何だ?
という顔を王子はこちらに向けた。
「カイエンとポリオリの両国が自然の要塞に囲まれた非常に攻めにくい土地であることはご存知の通りです。しかし難攻不落と言われたこの二国はアーメリア統一の動きの初期から同意していた」
「うむ。我らが王都を支持したから統一がスムーズに運んだのだ」
長官は何かに気づいたのか微かに微笑んだ。
「なるほどな、さっきもオミが言っていたがポリオリにもカイエンにもアーメリア軍の部隊が駐留していない。カイエンに関しては小さな司令部が置かれているだけだ。それは建国の立役者であるのだからという信頼を基礎にした特例だ」
王子は諦めたのか立ち上がって天を仰いだ。
「私にはふたりが何を話しているのか見当が付きません! 信頼されているなら何故狙われているのです! この愚かな頭に分かるように話してください!」
長官が王子の肩に手を置いた。
「慌てるな、次の話を聞けば直ぐに理解できる。しかし理解するには順を追う必要があったのだ」
俺は続けた。
「最近、アーメリアは大きなふたつの派閥に分かれているのだそうです」
「そうなのか?」
「はい。それはイリスの教義の解釈についてだそうで、王都の南側はイリスの水を飲めば天国に招かれるという教えを信じています」
「だって、それがイリスの教えだろう?」
「ええ、しかしイリスの水が手に入りにくく、しかも南部よりも高額で水が取引される北部ではイリス教への不満が高まっているそうです」
王子が目を見開いた。
「そんなことに?」
「イリス教がその教えや教会を全国に広げていった最初期は『エルフからの独立』というのを広めるのが目的だったそうです」
「うむ、そう教わったぞ」
「その後エルフの大移動があり、我々人族は急に捨てられて自活しなければならなくなりました」
「うむ」
「その頃に教会が行っていた主な活動は寄付を募っての弱者救済でした」
「そうだったのか」
「だそうです。そして教会では子どもたちに読み書きを教えていたそうです。子どもたちの知的レベルが上がれば生活水準も上がると」
王子が顔を顰めた。
「ちょっと待て。何故、読み書きができると生活水準が上がるのだ」
そこからか。
その説明は面倒臭いな。
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